第028話:Deep Merge ――完全同期と生殺与奪の権――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
教会の残酷な仕様「死者蘇生」の真実を全世界へ一斉送信した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』。
しかし、教会は「逆らえば蘇生した家族の魔力供給を絶つ」という冷酷な声明で火消しを行い、
世界は民衆同士が愛を人質にリソースを削り合う最悪の分断へと突入してしまった。
一方、狂気のシステム管理者・教皇グレゴリオは、空に浮かぶ本拠地『空中聖堂』の最深部にて、囚われたセレスを生体バッテリーとして基幹サーバーへ接続。
人間の自由意志こそが悲劇を生むとし、全人類を「意志なき幸福」へ強制アップデートする最終プロトコルの準備を進めていた。
すべての元凶を絶つため、零たちは密かに魔改造された漆黒の強襲揚陸艦で雲海の彼方へと出撃。
そして基幹サーバー【聖母の骸】の前に立ち塞がる絶対の防壁を、
アッシュの「鍵開け(物理ハッキング)」と零の「論理ハッキング(ブルートフォース)」を掛け合わせた泥臭い『ハイブリッド・ペネトレーション』で強行突破した。
内部へ踏み込んだ彼らを待ち受けていたのは、教会のシステムによって感情と痛覚を奪われ、
魔法で極限まで過剰強化されたかつての同胞「近衛聖騎士」たちと、自動迎撃魔法による防衛機構だった。
アルフレッドが最強の「物理ファイアウォール」として大盾で前衛に立ち、
デバッガーズの完璧な連携プレイで凶悪な防衛網を突破。
ついに最深部の基幹サーバールームへと辿り着いた零たちの前には、魔力炉に繋がれたセレスと、
静かに微笑む狂気のシステム管理者・教皇グレゴリオが待ち受けていた――!
「待ちわびていましたよ。……この完璧な世界を乱す、哀れで忌まわしき異物たちよ」
凍てつくように冷たい基幹サーバールーム。 豪奢な法衣を纏った教皇グレゴリオは、空中に展開された無数の水晶モニターを見上げたまま、静かに微笑んでいた。
「セレスを返しやがれッ!!」
零が激昂して前へ飛び出そうとした瞬間、教皇はモニターから目を離さず、わずかに指先を動かした。
「あっ……あぁぁッ!!」 魔力炉に繋がれたセレスが、悲鳴を上げて身をよじった。
彼女の背中や四肢に食い込んだ数十本の水晶の管が禍々しく明滅し、彼女の細い体から一気に生気を奪い取っていく。
「セレス!!」
「……おや。その野蛮な足を止めていただかないと、彼女の魔力回路が焼き切れてしまいますよ」
教皇の底冷えするような静かな声に、零の足が床に縫い付けられたようにピタリと止まる。
大盾を構えて突進しようとしていたアルフレッドも、ピッキングナイフを握り直したアッシュも、歯軋りをして動きを止めるしかなかった。
「ナビ! セレスの接続状況をスキャンしろ!」 零は震える手でMark 2をかざし、仮想キーボードを叩く。
『警告。対象の生体魔力回路は、基幹サーバーの制御核と完全に同期しています。
……現在、管理者権限によって生体側の安全保護が解除された状態です。マスターが物理的に管を引き抜く、あるいは強制的に切断した場合、生体側の回路が致死的なショートを起こし、生命活動が即座に停止します』
「……クソッ! 正規の取り外し手順を踏まないと、セレスが死ぬってことか……ッ!」
零がギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締める。 手元の物理ケーブルを繋ごうにも、
コンソールに近づく前に教皇がセレスの命を終わらせてしまう。
完全なタスクキル権限(生殺与奪の権)を、システム管理者である教皇が握りしめていた。
「理解が早くて助かりますよ、異邦人。……さて、地上の有様は見ましたか?」
教皇は優雅な仕草で、空中に浮かぶモニターを零たちへと向けた。
そこに映し出されていたのは、教会のシステムに依存する者と反逆する者が、
互いの愛と正義を理由に石を投げ合い、泥にまみれて殺し合う、醜悪な同士討ちの地獄絵図だった。
「愛を人質に取られたと知ってもなお、彼らはこうして互いを傷つけ合っている。……なぜだか分かりますか?」
教皇の瞳に、底知れない暗い狂気が宿る。
「それが、『人間の自由意志』の限界だからです」
凍てつく部屋の空気が、さらに温度を下げたように感じられた。
「欲し、妬み、憎み、そして愛する。その不完全な『心』があるからこそ、人間は自らの手で悲劇を生み出し続ける。……だからこそ、私がすべてを正す」
教皇は両手を大きく広げ、背後にそびえる巨大な聖母の骸を仰ぎ見た。
「あまねくすべての民からその不完全な意志を奪い、莫大な魔力をこの『聖母の骸』に直結させる。個の感情を消し去り、争いも悲しみもない『意志なき幸福』へと彼らを導くのです。それこそが、この不完全な世界をあるべき姿へと『再構築』する、私に与えられた使命」
狂気に満ちた、だが彼の中では一寸の狂いもない完璧なロジック。 圧倒的な寒気と絶望が部屋を支配しようとした、その時。
カツン、と。 静かな、だが力強い杖の音が響いた。
「……かつてのコンクラーベで私を破ったお前の真の目的は、強欲な集金システムですらなく、これだったというのか……! グレゴリオ!!」
デバッガーズの最後列から、元枢機卿ヨハネスが静かに、だがかつてない激しい怒りを帯びて進み出た。
彼は水晶の床を睨みつけ、システム設計者(元最高幹部)としての矜持を込めて、教皇の狂ったアーキテクチャの根本を激しく非難する。
「人が思考する尊さ……人間は弱い存在だが、思考し自由意志を持つからこそ尊い『考える葦』であると説いた! 開祖パスカルの理念への、最悪の冒涜じゃ!」
ヨハネスの怒号が、凍てつくサーバールームにビリビリと反響した。
かつて次期教皇の座を争い、思想の戦いで敗れた二人のシステム設計者が、今再び、世界の根幹を巡って真正面から衝突する。
ヨハネスの痛烈な非難に対し、教皇は表情をピクリとも動かすことなく、ただひどく冷酷に、嘲るように唇を歪めた。
「……開祖の理念? 思考する尊さ?」 教皇の口から、氷のように冷たい吐息が漏れる。
「無意味ですね。人間の自由意志などという『欠陥』が、どれほど残酷な悲劇を生み出すか……。温室育ちの理想主義者には、決して分からないでしょう」
凍てつくような基幹サーバールームの空気が、教皇から放たれる底知れない狂気によってさらに重く沈み込む。
部屋の中央で地鳴りのように脈動する巨大な魔力炉が、セレスから吸い上げた命で禍々しく明滅を繰り返し、
空中に浮かぶ無数のモニター群は、民衆同士が殺し合う暴動の地獄絵図を冷ややかに映し出し続けていた。
零は、セレスの生殺与奪の権(タスクキル権限)を握られているため一歩も動くことができず、ギリッと血が滲むほどに奥歯を噛み締め、両の拳を震わせている。
前衛で大盾を構えるアルフレッドは、教会の最高位に立つ男から放たれる「信仰すらも完全に切り捨てた」異様な冷たさに息を呑み、顔を強張らせていた。
常に飄々としていたアッシュでさえも、システム管理者である教皇が纏う一寸の隙もない『冷徹な論理の壁』を前に、油まみれの額に冷たい汗を滲ませている。
ハディージャの妖艶な笑みも既に消え失せ、ザインが冷気に震えながら主を庇うように短剣を握り直した。
教皇の瞳には、一切の迷いがない。
愛も、情も、信仰すらも排除し、彼自身が不完全な人間たちを正しく管理するための「完璧なシステム」そのものに成り果てていた。
なぜ、教会の頂点に立つ男がここまで人間の「自由意志(心)」を憎み、冷酷な管理者へと変貌したのか。
その絶対的な正当性の裏側に隠された、教団のシステムが生み出した最悪の不具合の歴史――彼自身の残酷な過去が、今、静かに語られようとしていた。
そしてその冷徹な矛先は、やがて零自身が目を背け続けてきた『原罪』のログへと向けられることになる。




