第027話:Inner Defense ――聖堂内部の攻防――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
教会の残酷な仕様「死者蘇生」の真実を全世界へ一斉送信した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』。しかし、教会は「逆らえば蘇生した家族の魔力供給を絶つ」という冷酷な声明で火消しを行い、世界は民衆同士が愛を人質にリソースを削り合う最悪の分断へと突入してしまった。
一方、狂気のシステム管理者・教皇グレゴリオは、空に浮かぶ本拠地『空中聖堂』の最深部にて、囚われたセレスを生体バッテリーとして基幹サーバーへ接続。人間の自由意志こそが悲劇を生むとし、全人類を「意志なき幸福」へ強制アップデートする最終プロトコルの準備を進めていた。
すべての元凶を絶つため、零たちは密かに魔改造された漆黒の強襲揚陸艦で雲海の彼方へと出撃する。
そして基幹サーバー【聖母の骸】の前に立ち塞がる絶対の防壁を、
アッシュの「鍵開け(物理ハッキング)」と零の「論理ハッキング(ブルートフォース)」を掛け合わせた泥臭い『ハイブリッド・ペネトレーション』で強行突破した。
だが、内部へ踏み込んだ彼らを待ち受けていたのは、教会のシステムによって感情と痛覚を奪われ、魔法で極限まで過剰強化されたかつての同胞、「近衛聖騎士」たちだった。
哀しき防衛機構に対し、元聖騎士団長アルフレッドが最強の「物理ファイアウォール」として大盾を構え前衛に立ち、いよいよラストダンジョンでの苛烈な攻防戦が幕を開ける――!
「……我らの聖母を穢す異物ども。直ちに浄化する」
血のような警告色に染まった通路。
大理石の床を重く踏み鳴らし、感情と痛覚を完全に奪われた大柄な近衛聖騎士たちが、無機質な瞳で一斉に法執行の槍を突き出してきた。
「ナビ、奴らの装甲に編み込まれた強化魔法の論理構造に割り込め! 強制終了して動きを止めるぞ!」
零が火傷の痛みが残る指で実行キーを叩こうとした、その瞬間。 分厚く無骨な金属の籠手が、ナビの画面をそっと、だが力強く覆い隠した。
「……待て、零。それはやめてやってくれ」 「アルフレッド? なんでだ! このままだと串刺しに――」
「ナビ殿の分析通り、彼らの肉体は魔法によって限界を超えて酷使されている。
今、君の魔法で強制的にその強化を遮断すれば……抑え込まれていた負荷が爆発し、彼らの肉体はショックで崩壊してしまうだろう」
零がハッと息を呑む。エンジニアとしての最も効率的な「バグの排除」が、結果的に彼らを殺してしまうという物理的な矛盾。
アルフレッドは赤錆の魔導鎧を軋ませ、巨大な鋼鉄の大盾を構えて一歩前へと進み出た。
「それに……彼らはただの防衛のからくりではない。かつて共に国を護るために汗を流した、誇り高き私の同胞なのだ。
抗う術すら奪い、強制的に命を終わらせるなどという残酷な真似はさせない。……私が正面から、彼らの刃をすべて受け止める」
それは、かつて部下たちを救えなかった元団長としての、血を吐くような贖罪だった。
「浄化」 「浄化」 「浄化」 機械のように呟きながら、近衛聖騎士たちが限界を超えた速度で一斉に跳躍し、白銀の槍を脳天へと突き下ろしてくる。
「来い、我が同胞たちよ!」 アルフレッドが自らの大盾に極限の魔力を流し込む。
ズンッ! と赤錆の試練が閾値を超え、彼の大盾が「数トンの超質量」へと変貌した。
ガキィィィィンッ!!! 鼓膜を破るような金属の衝突音。数トンもの面制圧を受けた聖騎士たちの槍がひしゃげ、
彼らの巨体が次々と後方へ弾き飛ばされていく。 アルフレッドは決して彼らを殺さない。
大盾の腹で受け、峰打ちのように叩き伏せる。彼一人で通路を完全に塞ぐ、絶対の『物理ファイアウォール』として機能していた。
「すげえ……本当に全部弾き返しやがった」
零がその背中に圧倒されていた時、通路の壁面に埋め込まれた無数の水晶が、突如として不気味な紫色の光を放ち始めた。
『警告。自動迎撃魔法の起動を確認。……全方位からの高出力魔力レーザー。物理的な回避は極めて困難です』
水晶から、侵入者を自動追尾する無数の光線が網の目のように射出される。
「零よ、気をつけろ! これは『聖域防衛プロトコル』じゃ!」
後方から、元枢機卿ヨハネスが鋭い声を上げた。彼は壁の水晶の明滅パターンを一瞥しただけで、
かつて自らも構築に関わったシステムの仕様を完全に読み解いていた。
「この迎撃魔法は、照準(座標演算)を一つの魔石ではなく、壁に並んだ水晶群で分散処理しておる! 故に、どれか一つでも物理的に黙らせれば、ネットワーク全体に必ず『同期のズレ(遅延)』が生じるはずじゃ!」
「サンキュー、じいさん! 最っ高のデバッグ情報だ!」
零が不敵に笑い、ナビの仮想キーボードを猛烈な速度で叩く。
「ナビ、ヨハネスの言った通りだ! 水晶群の同期タイミングに干渉しろ!
レーザーの当たり判定を0.2秒だけオフにして空間に『ラグ』を作るぞ!」
光線が彼らの身体を貫く寸前、魔法の座標データがバグを起こし、光線がホログラムのようにすり抜けていく。
「……その0.2秒、僕には長すぎますね」
コンマ数秒のラグの隙間を縫って、油まみれの鍵師アッシュが床を滑るように駆け抜けた。
彼はヨハネスが指摘した壁面の水晶の根本にピッキングツールを突き立て、魔力供給の物理ポート(配線)を正確に抉り出して破壊する。
「パチン」という乾いた音と共に、同期を乱された通路半分の迎撃魔法が完全に沈黙した。
「ザイン、アッシュの射線を確保しなさい!」
「御意!」 ハディージャの冷徹な指示に即応し、褐色の美少年ザインが残った防衛機構の死角から音もなく跳躍する。
彼は気絶から立ち上がろうとした近衛聖騎士の首筋へ手刀を叩き込み、次々と無力化していく。
教皇が張り巡らせた凶悪な防衛網を、デバッガーズは次々と突破していった。
苛烈な攻防を抜け、ついに彼らは最深部へと辿り着いた。
そこは、周囲の白亜の通路とは空気が全く違う、凍てつくように冷たい巨大な水晶の扉の前だった。
扉の向こうから、ドクン、ドクンと、鼓動のような凄まじい魔力の脈動が伝わってくる。
『マスター。内部で巨大な魔力炉の稼働と、莫大な生体リソースの強制接収を確認』
「……間違いない。セレスだ」
零がギリッと唇を噛み、震える手で扉の物理コンソールにナビを接続した。
彼女が既にサーバーと同期されていると直感し、焦燥感が胸を焼き焦がす。
「開け……ッ!」
解除コードを叩き込むと、重厚な水晶の扉が、氷が割れるような音を立てて静かに開いた。
そこに広がっていたのは、地上の熱気や血の匂いとは無縁の、凍てつくように冷たく無機質な巨大な水晶の部屋(基幹サーバールーム)だった。
「セレス!!」
零が部屋へ飛び込み、その光景に息を呑んで絶句した。
「っ……あぁ……れい、さま……っ……」
部屋の中枢を成す巨大な魔力炉の中で、セレスは数十本もの太い水晶の管に四肢や背中を深く繋がれていた。
彼女の細い身体は青白く発光し、その心音と魔力炉の明滅が完全にリンクしている。
今この瞬間も、彼女の命(魔力)が、全人類を強制アップデートするための莫大な電源として吸い上げられ続けていた。
「てめぇ……! よくもセレスを『部品』にしやがったな!!」
零が怒りに任せて吠えた視線の先。
巨大な魔力炉の前に立ち、空中に展開された無数のモニター(地上の惨状ログ)を見上げていた男が、ゆっくりと振り返った。
「……ようこそ、美しき神の座へ」
豪奢な法衣を纏ったシステム管理者、教皇グレゴリオ。
彼は、管に繋がれて苦しむセレスを一瞥することすらなく、零たちに向けて静かに、そして底知れない狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
「待ちわびていましたよ。……この完璧な世界を乱す、哀れで忌まわしき異物たちよ」




