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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第3幕:Grand Patch ――世界再構築プロトコル――』
25/35

第025話:Network Partition ――分断される世界と空への座標――

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

教会の監視網が届かない中立地帯「自由学術都市アル・バザール」にて、元聖騎士団長アルフレッド、元枢機卿ヨハネス、豪商ハディージャ、そして物理ハッカー(シーフ)のアッシュと合流を果たした創薬エンジニア・ひらめき れい

反逆のチーム「デバッガーズ」を結成した彼らは、空間の魔力を直接吸い上げる『ダイレクト・マナ・インテーク』を搭載し、相棒のデバイス・ナビを圧倒的な処理能力を持つ【Mark 2】へと魔改造する。

そこへ、教会の追撃軍である新聖騎士団長バルカス率いる一万の軍勢が襲来。

しかし、零の圧倒的な論理ハッキング(パケット・ジャック)と、呪い(デバフ)を超質量兵器へと書き換えられたアルフレッドの物理的無双により、一万の教会軍は完全に蹂躙される。

追い詰められたバルカスは、部下たちの家族の命(死者蘇生の魔力供給)を人質に取るという、

悪魔のような精神攻撃ソーシャル・エンジニアリングを展開した。

だが零たちは、ヨハネスの持つ権限を利用し、教会の「ゾンビ・サブスク」の残酷な仕様書(真実)を、巨大なホログラムとして全世界へ一斉送信ブロードキャストするという最大の大反撃に出る。

全世界の信者が教会の嘘を知り大混乱に陥る中、アルフレッドの誇り高き拳がバルカスを打ち砕き、デバッガーズはアル・バザール防衛戦で完全勝利を収めた。

そして数日後――。「真実」という特大のパケットを浴びた世界は、狂気のシステム管理者・教皇グレゴリオの思惑通り、最悪の分断ネットワーク・パーティションへと突入しようとしていた。

夕闇の空を覆い尽くした「真実の一斉送信ブロードキャスト」から数日後。


教会経済圏の巨大都市は、土埃と血の匂い、そして悲痛な怒号に包まれていた。


「金返せ! 俺たちの魔力を吸い上げて、家族を人質にしてたのか!」 「教会の嘘っぱちシステムをぶっ壊せ!」


広場に押し寄せた数万の群衆(反教会派)が、石を投げ、教会の分厚い鉄格子を激しく揺らす。


ステンドグラスが割れる鋭い破砕音が響き渡り、暴動の熱気が街を焼き尽くさんばかりに膨れ上がっていた。


だが、その熱気を冷や水で打ち消すように、広場にそびえ立つ教会の巨大な水晶板モニターが突如として眩い光を放った。

数日間遮断されていた通信が復旧し、教会の上層部による「公式発表」が街中に響き渡る。


『迷える子羊たちよ、悪魔の囁きに惑わされてはなりません』


厳かな、しかし感情の籠もらない高位祭司の声だった。


『先日、空を覆ったあの忌まわしき映像は、悪魔に魅入られた異端者たちが作り出した悪質な捏造ディープフェイクです。

我らが教会の奇跡は、疑いようのない神の恩寵。もしも捏造を信じ、教会への祈りを止めれば……あなたたちの愛する家族は、

たちまち泥へと還ってしまうでしょう』


それは、信者たちの「愛」を人質に取った、極めて冷酷な脅迫(火消し)だった。


『教会の恩寵を破壊しようとする異端者を排除しなさい。さすれば、愛する者は守られます』


この悪魔のような公式発表により、群衆の足並みが決定的に乱れる。


暴徒たちの前に立ち塞がったのは、武装した聖騎士ではなかった。


同じようにボロボロの服を着た、町人たち(親教会派)だった。


彼らは背後に、青白い顔をした「蘇生された家族」を庇うようにして、必死に両手を広げていた。


「やめてくれ! 教会を壊さないでくれ! 供給が止まったら、この子が泥に戻っちまう!」

「あの空の映像は悪魔の捏造ディープフェイクだ! 異端者たちに騙されるな!」


真実だと心のどこかで気づいていながらも、仮初めの温もりを失う恐怖から、彼らは教会の「公式発表(火消し)」にすがりつくしかなかった。


「目を覚ませ! そいつは生きてない、教会の操り人形だ!」

「うるさい! 息をして、笑ってくれる! 泥じゃない、生きているんだ!」


説得は通じない。やがて反教会派の男が無理やり前に進もうとし、


親教会派の男がそれを力ずくで突き飛ばした。


それがトリガーとなり、数万の群衆が互いに殴り合いを始める。


石が飛び交い、額を割り、血の匂いが充満する。同じ貧しい民同士が、それぞれの「正義と愛」を理由に、


互いのリソースを削り合う最悪の同士討ちが始まってしまった。


その地獄絵図を見下ろす教会のバルコニーで、高位祭司が無造作に手元の魔石端末を操作した。


「哀れな子羊たちよ。……これ以上の暴動は、奇跡の繋がりに『揺らぎ』を招きますよ」


祭司が冷酷に指を弾いた瞬間。


「――あっ? あああああっ!?」


親教会派の女が絶叫した。彼女が抱きしめていた『蘇生された子供』の足先が、突如としてパラパラと乾いた泥に変わり、崩れ落ちたのだ。


教会の魔力供給が意図的に絞られた結果だった。


「嫌だ、待って、死なないで! 泥にならないで!」 泣き叫ぶ女を見下ろし、祭司は無機質な声で宣告する。


「信仰(魔力)と供養料を示しなさい。教会の恩寵を破壊しようとする異端者を排除しなさい。さすれば、光は復旧します」


その瞬間、子供を抱えた女の顔から涙が消え、狂鬼のような憎悪が宿った。


彼女は、そして同じように家族を庇う民衆たちは、手にしていた鍬や石を、反教会派の同胞たちへ向けて一斉に振り上げた。


「出て行けェッ! 教会に逆らうな!! 私の子供を、殺すなァァッ!!」


『愛』という人間の最も強い感情が、教会のシステムを守るための最強のセキュリティとして完全に機能した瞬間だった。



* * *



――地上から遥か上空、雲に隠された教会の本拠地。


その中心にそびえ立つ超巨大な基幹構造物――全人類の魔力を管理・貯蔵するサーバーラックの塔の最深部。


そこは地上の熱気や血の匂いとは無縁の、凍てつくように冷たく無機質な巨大な水晶の部屋(基幹サーバールーム)だった。


「っ……あぁ……っ……」


その中枢を成す巨大な魔力炉の中で、セレスは数十本もの太い水晶のケーブルに四肢や背中を繋がれていた。


彼女の心音と、魔力炉の明滅が完全にリンクしている。


魔力回路が基幹サーバーと完全同期ディープ・マージしており、絶え間なく魔力を吸い上げられる熱と、


強制アクセスによる頭痛が彼女の思考を焼き切ろうとしていた。


正しい手順アンマウントを踏まずに管を引き抜けば、彼女は命を落とす。


「……聞きなさい。真実(自由意志)など与えれば、人間は己の利己主義エゴと愛のためにこうして争い、互いを傷つけ合う」


足音もなく現れた教皇グレゴリオは、空中に展開された無数のモニター(地上の暴動の惨状ログ)を見上げながら、静かに微笑んだ。


「だからこそ、私があまねくすべての民の自由意志を奪い、『悲劇の起きない、意志なき幸福』へと導かねば。


君の莫大な魔力は、その最後の儀式プロトコルを実行するための、この”聖母の骸”の素晴らしい糧となるのだ」


教皇の冷たい指がセレスの顎を持ち上げる。


だが、セレスは痛みに喘ぎながらも、その大きな瞳で教皇を強く睨み返した。


「……零様が、必ず……あなたを、止めに、来ます……!」


「ふふ。……あの忌まわしき異物がここへ辿り着くのが先か、世界が完全に塗り替えられるのが先か。見物ですね」


* * *



――アル・バザールの隠し工房。



「ふざけやがって……末端のノード(信者)同士でリソースを削り合わせるなんて、最悪のク〇運営だ!」


暴動の音声ログを傍受していた零は、ギリッと奥歯を噛み締め、怒りに任せて近くの壁を激しく叩いた。


信者の同士討ちを止めるには、元凶である基幹サーバー(教皇)を物理的に叩き潰すしかない。


「だが、その元凶である『基幹サーバー』の正確な場所は隠蔽されている。どうやって探す……?」


焦る零の横へ、元枢機卿ヨハネスが進み出た。


「……教皇の直通回線には、古い教典にのみ記された特殊な暗号化(パケット偽装)が施されておる。


私がその『鍵』を教えよう。そして、その基幹サーバーが物理的に存在する本拠地を、教会の上層部では【空中聖堂】と呼んでおる」


「空中聖堂……? 文字通り、空に浮いてるのか?」


「いかにも。下界の穢れから完全に切り離された、雲の彼方に隠蔽された神の座じゃ。

さらにその中心には、全人類の魂を管理する超巨大な基幹塔……【聖母のマザー・フレーム】がそびえ立っておる」


ヨハネスの内部知識(暗号キー)と、ナビの大気から直接魔力を吸い上げる「ダイレクト・マナ・インテーク」の圧倒的な演算力が結合する。


ナビの筐体が熱を帯び、排熱の風が工房内に吹き荒れる中、


数日前のブロードキャスト発信時に残っていた微細な『逆探知ログ(Traceback)』を強行突破ブルートフォースでデコードしていく。


『解析完了。……空中聖堂:基幹中枢【聖母のマザー・フレーム】のXYZ座標を特定』


画面上に表示されたのは、アル・バザールから数千キロ離れた遥か上空、雲海の彼方だった。


「場所は分かったが……空の上じゃ歩いてはいけないな」


零が忌々しげに息を吐いた時。豪商ハディージャが妖艶に笑い、油まみれの顔をしたアッシュが最高に誇らしげなドヤ顔を浮かべた。


「世界中がパニックになってるこの数日間、私たちがただ指をくわえて見ていたとでも思ったかしら?」


ハディージャに案内され、地下の秘密ドックへ降りた零とアルフレッドは言葉を失った。


むせ返るような機械油と魔力溶接の匂いが充満するドックの奥。


そこには、かつてアルフレッドを砂漠に投下した教会の『浮遊教区船』が鎮座していた。


ハディージャの商隊が砂漠で密かに回収サルベージし、運び込んでいたのだ。


「物理構造の限界までチューニング(魔改造)してやりましたよ。

教会のどんくさい船が、最高に美しい強襲揚陸艦に生まれ変わりました」


アッシュが徹夜明けの充血した目で船体を叩く。外装はステルス性を高める黒に塗られ、推力エンジンは元の数倍に拡張されていた。


完璧に仕上がった船を前に、零は「最高だ、お前ら」と不敵に笑う。


タラップを登るアルフレッドの足取りは重厚だった。


かつて自分を絶望の砂漠へ突き落とした因縁の船に、今度は世界を救う反逆者として乗り込む。


「……因果か」という彼の静かな呟きが、冷たい金属の床に響いた。


零が操縦席のコンソールにナビを物理接続し、重力演算(浮力プロトコル)を上書きする。


「――デバッガーズ、(空へ)飛ぶぞ!」


ズガァァァンッ!! と魔導エンジンが爆音を響かせ、強烈な重力加速度が乗員を座席に押し付ける。


地下ドックの天井が開き、黒く塗られた魔改造船が夜空へ向けて垂直に急浮上した。


雲の彼方に潜む最終決戦の地、聖母のマザー・フレームへと向けて、デバッガーズの乗る反逆の刃が一直線に飛び立っていく――。



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