第024話:ソーシャル・エンジニアリングの崩壊 ――白銀の虚栄と赤錆の誇り――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
豪商ハディージャの莫大な投資と隠し工房にて、アッシュとヨハネスの協力を得て砕け散った相棒の再構築が行われた。
ヨハネスの『古代のサブプロセッサ』を組み込み、大気から直接魔力を吸い上げる「ダイレクト・マナ・インテーク」を実装したナビは、限界を超えた処理能力を持つ『ナビ・Mark 2』として見事に復活を遂げる。
しかし直後、因縁の男・新聖騎士団長バルカス率いる一万の追撃軍がアル・バザールに到達し、都市の防壁へ向けて数千規模の広域殲滅魔法(DDoS攻撃)を放つ。
逃げ隠れする迷子を卒業した零は、Mark 2の力で敵の魔法を空中でパケットジャックし、同士討ちさせて完全に無効化。
激昂したバルカスが重装歩兵による物理的な突撃を命じると、今度は元聖騎士団長アルフレッドが前に出る。 零は彼を縛る「魔法を使えば重くなる赤錆の鎧の呪い」を削除しようとするが、アルフレッドはそれを「共に死線を越えた相棒であり、神の試練だ」として拒否。
逆にその重力演算の仕様を利用して自身に『超加重』をかけ、数トンクラスの超質量兵器となって敵陣へと飛び込む。
一万の軍勢を前に、最強の『物理ファイアウォール(盾)』が圧倒的な絶望として立ち塞がった――!
戦場は、たった一人の男によって完全に蹂躙されていた。
「ひぃぃっ! なんだこの重さは!」
「盾が、盾が紙みたいにっ!」
城壁から飛び降りたアルフレッドが、大盾と籠手を振り抜くたびに、魔法による「超加重」が上乗せされ、
教会の重装歩兵たちが数十メートル後方へとボロ屑のように吹き飛ばされていく。
自らの軍勢が成す術もなく粉砕されていく光景に、後方で指揮を執っていた新聖騎士団長バルカスは、
ギリッと歯から血が出るほど奥歯を噛み締めた。
「ええい、役立たずどもが! ……どけ! 俺が直々にあの赤錆の亡霊を解体してやる!」
バルカスは『白銀の魔導甲冑』を眩く輝かせ、自ら聖剣を抜いてアルフレッドの前に躍り出た。
かつて同じ団のトップとして背中を預け合った二人が、白銀と赤錆に分かれて激突する。
ガキィィィィンッ!!
「ハァッ! 落ちぶれたな、前団長殿! 貴様のその見下すような目が、昔からずっと気に入らなかったんだ!」
「……見下したことなど、ただの一度もない」
刃を交えながら、バルカスは一太刀ごとに自らのドロドロとした本音を、憎悪と共にアルフレッドにぶつけ始めた。
「嘘をつけ! 俺がどれだけ泥水をすすって、裏の汚れ仕事もこなして!努力したと思っている!
なのにお前はいつも涼しい顔で!」
キィィィンッ!
「剣技も!」
キィィィンッ!
「実績も!」
ガキィンッ!
「全てが俺の遥か頭上に立っていた!」
ガキィィィィンッ!!
「……ッ」
「権力も欲さず、地位にも固執せず! あまつさえ女の肌すら知らずに、ただ愚直に神に純潔を誓い続ける……!」
ガンッ!
「そんな男が聖騎士団長だと?」
激しい剣戟の音が戦場に響く。 バルカスの顔は、嫉妬とコンプレックスに醜く歪んでいた。
「その非の打ち所のない完璧さが、俺にとってどれほどの絶望だったか分かるか!
お前が眩しくて、反吐が出るほど妬ましかった!!」
「バルカス、お前は…!」 自分を陥れたのは単なる教会の権力闘争だと思っていた。
しかし、最も信頼していた副長が、実は自分に強烈な「憧れの裏返しの嫉妬」を抱き、狂うほどに苦しんでいたという真実。
アルフレッドの心が激しく動揺し、大盾の構えにほんの僅かな『スキ』が生まれた。
「隙ありぃッ!」
バルカスの白銀の刃が、無慈悲にアルフレッドの赤錆の鎧の隙間に深く突き刺さった。
「――っ、ぐあッ!」
ブシュッ、と熱い鮮血が空中に舞う。 アルフレッドは片膝を突き、荒い息を吐いた。
「ハァッ……ハァッ……ッ……」
「ハハハッ! 見たか、俺がついにお前を超えたぞ!」
深く斬り裂かれた肩口から、ボタボタと、赤錆の装甲を伝って生温かい血が砂の大地へと滴り落ちていく。 血の匂いと、痛みに引きつる肺の収縮。 だが、膝をつき、血を流しながらも、アルフレッドの瞳にはバルカスへの怒りではなく、深い哀れみと揺るぎない光が宿っていた。
「……私は完璧などではない。権力にも欲にも鈍い、ただの不器用な男だ。人の上に立つ器用さは、お前の方がよほど持っていた」
「負け惜しみを……!」
「だが、バルカス。お前が本当に斬り伏せたかったのは、『私』ではないはずだ」
ボタ、ボタと血をこぼしながら、アルフレッドは静かに言い放つ。
「お前はただ……私という鏡に映った、お前自身の『弱さ』から目を逸らしたかっただけだろう」
図星を突かれ、「ち、違う! 俺は……!」と激しく動揺して足が止まるバルカス。
その時だった。
『――【教会の仕様書(真実)】を、全ノードにブロードキャストします』
空から、無機質な、しかし絶対的なナビの合成音声が響き渡った。
学術都市の通信塔を中継器とし、ヨハネスの管理者権限を用いて放たれた「真実の一斉送信」。
夕闇が迫る戦場の遥か上空に、幾何学的な光のノイズが走り、やがて空を覆い尽くすほどの『巨大なAR(拡張現実)のホログラム映像』が投影された。
さらにそれはこの戦場だけではない。
世界中の各教会に備え付けられた巨大な水晶画面の映像が強制的にジャックされ、全く同じ映像が全世界へ同時中継されていた。
空中の巨大スクリーンに映し出されたのは、教会の深部で祭司たちが淡々と『魔力供給』を停止し、
蘇生されたはずの人間がただの泥に戻って崩れ落ちていく残酷な記録映像と、その裏付けとなる最高機密ログだった。
『死者蘇生は奇跡ではなく、魔力供給に依存したサブスクリプション。
支払いが滞れば肉体はデリートされる』という残酷な事実。
「な、なんだあの映像は……!?」 「母さんが、生き返ったんじゃない……? 金を払えなくなれば、ただの泥に戻る死体だって言うのか!?」
上空の巨大なAR投影を見上げ、教皇の嘘を知らされた兵士たちが絶望と混乱に武器を取り落す。
アルフレッドは静かに立ち上がった。これで、バルカスが彼らを脅していた「人質」の効力は消えるはずだ。
「……ッ、ふざけるなァッ!!」
だが、バルカスは狂ったように咆哮し、動揺する部下たちを怒鳴りつけた。
「それがどうした! 死体だろうが、俺たちが魔力を供給している間は、飯も食うし笑いもする! 『生きているのと変わらない』だろうが!!」
「なっ……! バルカス、貴様ッ!!」
「真実を知ってどうする! 供養料を払えなくなれば、お前たちの愛する家族は今度こそ完全に消滅するんだぞ! 俺に逆らえば、今すぐ供給を絶ってやる!
さあ、その大盾の男を殺せ!!」
それは、ユーザーの最も弱い感情につけ込んだ、悪魔のようなソーシャル・エンジニアリングの極致。
兵士たちの顔が、さらに深い絶望に染まる。
偽物だと分かっても、仮初めの命だとしても、目の前で笑う家族を失いたくない。
システムの奴隷になるしか、彼らに道は残されていなかった。
「う、うああああああッ!! 許して、許してくれ、団長ォォォォッ!!」
かつての部下たちが、血の涙を流しながら、アルフレッドに向かって一斉に槍を突き出してくる。
「……己を責めるな。家族を想うその心が、間違いなはずがない」
アルフレッドは悲痛な決意と共に目を閉じ、自らの大盾に極限の魔力を流し込んだ。
赤錆の試練が閾値を超え、大盾が「数トンの超質量」へと変貌する。
「だが、お前たちの愛を、奴の鎖にはさせんッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
涙を流して突撃してきた数十人の部下たちを、アルフレッドは容赦なく、超質量の大盾の『面』で薙ぎ払った。
殺しはしない。だが、全身の骨が軋み、意識を完全に刈り取る重く慈悲のない一撃。
吹き飛んだ部下たちが気絶して地面に転がる中、アルフレッドは血を流したまま、
悪魔のように顔を引きつらせるバルカスへと、重い一歩を踏み出した。
「ば、化け物め……来な、来るなァッ!!」
「……お前の矮小なコンプレックスに、彼らの愛を利用することは私が許さん」
アルフレッドの右ストレートのインパクトの瞬間、籠手に超加重の魔法(Ping)が発動する。
ガアァァァァンッ!!!
数トンの質量と化した赤錆の拳が、バルカスの白銀の魔導甲冑を紙切れのように陥没させ、
その身体を城壁まで一直線に吹き飛ばした。
バルカスは壁に激突し、白目を剥いて崩れ落ちる。
物理戦、舌戦、そして情報戦。
すべてにおいて完全な敗北を喫したバルカスを見下ろし、アルフレッドは静かに血濡れた大盾を地に下ろしたのだった。




