第023話:デバッガーズ・エクスキュート ――赤錆の相棒と物理ファイアウォール――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
豪商ハディージャの莫大な投資と提供された隠し工房にて、アッシュとヨハネスの協力を得て砕け散った相棒の再構築が始まった。
ヨハネスが隠し持っていた高純度魔石『古代のサブプロセッサ』を基板に繋ぎ、
バッテリーの制限を捨てて大気から直接魔力を吸い上げる「ダイレクト・マナ・インテーク(直接魔力駆動)」のロジックが組み込まれる。
その結果、限界を超えたオーバークロックを果たし、
ナビは圧倒的な処理能力を持つ『Mark 2』として見事に再起動を遂げる。
憎まれ口を叩く相棒との再会に零が涙したのも束の間、
広域スキャンを行ったナビは、アル・バザールの防壁のすぐ外に、因縁の男・新聖騎士団長バルカス率いる一万の追撃軍が到達したことを検知する。
もう逃げ隠れするだけの迷子ではないと決意した零たち「デバッガーズ」は、目前に迫る一万の敵軍に対し、ついに反撃の『実行』を開始する。
アル・バザールの堅牢な巨大城壁の上。 俺たちは、地平線を黒く塗り潰すほどの軍勢を見下ろしていた。
ナビのレンズ越しに指揮官を見る。 間違いない。セレスの親父さんが残した遺跡を包囲した男。バルカスだ。
――セレス。無事でいてくれ。
「……ふふっ、見え透いた虚勢ですね。さあ皆の者。かつて敬愛した『前団長殿』に、私たち教会の絶対的な正義をたっぷりと注いで差し上げなさい」
遥か眼下で、新聖騎士団長バルカスが白銀の剣を天に掲げた。
それを合図に、後方に控えていた数千の魔導士部隊が一斉に杖を構える。
空が、禍々しい赤色に染まった。 空気を焦がすような異常な熱波と、耳鳴りがするほどの高密度な魔力圧が、
城壁の上の俺たちの肌をヒリヒリと焼く。
数千人による広域殲滅魔法の同時詠唱――都市のサーバーを物理的に焼き切るための、超特大のDDoS攻撃だ。
「来ますよ、奇蹟殺し! あの数の魔法、いくらこの都市の防壁でも……!」
アッシュが美しい顔を強張らせる。 だが、俺は生まれ変わった相棒を片手に、薄く笑った。
「来いよ。……極上の『電源』のデリバリーだ」
俺はMark 2の画面をスワイプし、実行キーを弾いた。
「ダイレクト・マナ・インテーク、フル稼働だ、ナビ!」
『了解。空間魔力をリソースとして接収。……処理能力、無限大にスケールします』
数千の炎と雷の雨が城壁に降り注ごうとしたその瞬間。
大気を埋め尽くしていた莫大な魔法のエネルギー(魔力)が、
強烈な向かい風となって俺の手元のMark 2へと直接吸い込まれていく。
敵の撃ってきた弾薬を、そのままこちらの計算処理の電力として食らう究極のオーバークロック。
筐体の裏に刻まれた十字のルーンが、かつてないほどの青白い輝きを放った。
「ナビ! 敵の魔法の通信パケットを空中でジャックしろ! 座標データと当たり判定を書き換える!」
俺の指先が、画面上に展開された数千の赤いエラーログ(魔法)の束をなぞり、その論理構造をリアルタイムで改変していく。
「――同士討ち(ループ)して散れ!」
直後。城壁に激突するはずだった炎と雷の雨は、不自然に空中で軌道を変え、空のど真ん中で互いに激突した。
ドォォォォォンッ!!
殺戮の魔法は威力を相殺し合い、都市に届く前に、五彩の光を放つ無害で華やかな「花火」となって夕空に散っていった。
「なっ……!? 馬鹿な、私が撃たせた莫大な奇跡が……ただの光の粒になっただと!?」
バルカスが驚愕に顔を歪める。 自慢のネットワーク攻撃を完全に無効化され、激昂した彼は剣を振り下ろした。
「チッ……ええい、不愉快な小細工を! 全重装歩兵、突撃しなさい! お前たちの命に代えても、
その忌々しい城門ごとあの赤錆の亡霊をすり潰すんだ!」
地鳴りのような足音と共に、一万の聖騎士団が怒濤の勢いで城壁へと殺到してくる。
その時だった。 巨大な鋼鉄の大盾を手にした大男が、静かに城壁の縁へと進み出た。
赤錆の魔導鎧を纏った元聖騎士団長、アルフレッドだ。
「アルフレッド」 俺はナビを操作しながら彼に声をかけた。
「今すぐその赤錆の鎧の重力演算の呪い(デバフ)を削除してやる。
そんな重い鉄屑、さっさと脱ぎ捨てちまえ」
しかし、アルフレッドは俺の提案に静かに首を振った。
「呪いではない。これは『神が与えたもうた試練』だ。……手足の枷が外れた時点で、脱ごうと思えばいつでも脱げた」
彼は、己の巨体を重く縛り付けている赤錆の装甲を、愛おしげに撫でた。
「たとえ白銀の輝きを奪われようとも、こいつは私と共に幾多の死線を潜り抜けてきた大切な『相棒』だ。
色が変わったくらいで、私の信仰の誇りも、こいつへの愛着も消えはしない」
「……っ」
その気高くも不器用な言葉に、俺は目を丸くした。
一度壊れ、歪な形に魔改造されてもなお共に戦う、俺の手の中の『相棒』。
それと同じように、彼もまた、自分と共に泥をすすったこの赤錆の鎧を愛しているのだ。
俺はふっと笑い、手元のナビの画面を撫でた。
「……そうかよ。で、どうするんだ?」
アルフレッドは眼下の敵軍を見据え、野獣のような笑みを浮かべた。
「この『試練』は、悪くない重りだ。ただ、私が魔法を使う一瞬だけ、教会の制限を超えた『超加重』がかかるように閾値をいじってくれないか」
「……ハッ。イカれた物理演算の使い方しやがる」
俺はその意図を完全に理解し、ニヤリと笑って試練の仕様を『超加重の質量兵器』へと書き換えた。
「書き換え(パッチ適用)、完了だ! 暴れてこい!」
俺の合図と共に、アルフレッドが疾走を開始する。
―速い。とんでもない速さだ。
計測するまでもなく。俺の記憶の中で一番の速さ。
しかも鎧を付けたままで。
数十メートルある城壁から、彼は一万の敵軍のど真ん中へと跳躍する!
空中で彼が微弱な魔法(Ping)を発動させた瞬間。
――ギギィィィンッ!!
赤錆の鎧の試練(重力演算)がリミットを振り切って発動し、
アルフレッドの肉体は「数トンクラスの超質量」へと変換された。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
一万の軍勢の中央が。その大地ごと抉れた。
悲鳴を上げる間もなく、地面が爆発したように吹き飛び、凄まじい衝撃波と砂埃がバルカスの先陣部隊を薙ぎ払う。
もうもうと舞い上がる巨大なクレーターの土煙の中から、赤錆の鎧の男がゆっくりと立ち上がった。
「ひぃっ!? ば、化け物……!」
「ひるむな! 数の力で押し潰せ!」
恐怖に駆られた重装歩兵たちが、四方八方から槍と盾を構えてアルフレッドに群がる。
だが、アルフレッドが彼らの盾を籠手で殴りつけるインパクトの瞬間、
そして自らの巨大な大盾を横薙ぎに振り抜く瞬間にだけ。
意図的に魔法(加重)が発動し、彼の拳と盾は再び数トンの超質量兵器へと化す。
ガキィィィンッ!!
という鼓膜を破るような破壊音。
分厚い鋼の盾が、彼らの白銀の装甲ごと粉砕され、重装の聖騎士たちがまるで紙切れのように数十メートル後方へと吹き飛ばされていく。
魔法の遠隔攻撃は、城壁の上のデバッガー(零)が空中で書き換える。
そして物理的な力押しは、一万の軍勢の前にたった一人で立ち塞がるこの男が、超質量ですべて叩き潰す。
かつての相棒たち(部下)に刃を向けられようとも、自らの誇りと赤錆の相棒を捨てなかった最強の『盾』が、バルカスの前に巨大な壁として立ち塞がっていた。




