第019話:泥臭い耐久戦(ハードウェア・リミット)と鋼鉄の防壁 ――Re:Build(前編)――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
現代日本の創薬エンジニア・閃 零は、教会の「奇跡」という名のバグを次々と破壊し、ついにシステム管理者(教皇)への全面戦争を宣言。
全世界から最高レベルで指名手配されながらも、新たな仲間であるシーフのアッシュと共に、反撃の拠点「アル・バザール」へと歩みを進める。
一方その頃――かつて教会の正義を純粋に信じ、
民衆の光として輝いていた聖騎士団長・アルフレッド。
彼は教会の深部で「死者蘇生」という、
命を金で縛る非道な集金システムの真実を直視してしまう。
怒りのままにその残酷な機械を破壊しようとした彼だったが、
突如として副長バルカスと、彼が最も信頼していた部下全員から涙ながらに刃を向けられ、
決定的な絶望の中で拘束された。
「異端者」としてすべてを奪われ、白銀の鎧はその輝きを奪われ、更に魔法を使えば重力が増して肉体を押し潰す”呪い”を掛けられたアルフレッドは、過酷な死の砂漠へと投下される。
しかし、彼はその呪いの鎧を逆利用して教会の監視網が届かない中立地帯「アル・バザール」への方角を特定。
極限の死闘の末に力尽きたところを、同都市の豪商ハディージャとその副官ザインによって「極上の優良銘柄」としてサルベージされるのだった。
交わるはずのなかった二人の反逆者たちの軌跡が、アル・バザールの地でついに重なろうとしている――。
学術都市『アル・バザール』のゲートまで、残り数キロの荒野。
「奇蹟殺し(ミラクルスレイヤー)。」
「なんだよアッシュ、ナビは分解させねぇぞ」
「そうではなく。……どうやら、捕捉されたようですよ」
「え?」
アッシュが指さす後方の小高い崖の上。
だが、俺には何も見えない。
ナビのレンズを通して拡大し、ようやく”彼ら”の姿を視認する。
数十人の高位祭司?とおぼしき者たちが円陣を組み、空に向けて一斉に杖を掲げている。
その視線の先の上空ををレンズ越しに見上げると、そこには巨大な魔法陣のワイヤーフレームと、現在コンパイル中のプログレスバー(進捗状況)がARで不気味に浮かび上がっていた。
「おいおいおいおい、なんだ、なんなんだアレは!!!?」
―やばい気がする。
『警告。広域殲滅クラスのプロセス実行を確認。……コンパイル完了(発動)まで、残り120秒』
「そうかよ……!」
「『アル・バザール』の近くだというのに、あいつらこんなところで……っ!」
アシュが毒づく。
そうか。もうこの辺りは学術都市圏なのか?それよりも。
「逃げ…」『逃走は非論理的です。マスター、直ちに足元の地面を掘り、物理的な遮蔽物(塹壕)を構築してください。
私の防壁処理と物理遮蔽を組み合わせることで、生存確率が4%から18%に上昇します』
「……18%!? 笑えない冗談だ! おいアッシュ、手伝え! 穴を掘るぞ!!」
「はぁ!? こんな土くれでアレが防げるわけ……って、あなたの顔、本気ですね……! ク〇ッ、僕の美しいピッキングナイフをスコップ代わりにするなんて!」
残り100秒。
文句を言いながらも、アッシュはナイフで固い土を崩し、俺は爪に泥を詰めながら必死に手と石を使い土と石をかき出し、身を隠せる程度の穴と土塁を作る。
額から落ちる汗が、泥まみれの手の甲を濡らした。
『プログレスバー、95%……99%……マスター、伏せてください』
完成した不格好な泥の穴に、俺とアッシュが重なるようにして飛び込み、頭を抱える。
『100%。……実行(Execution)』
次の瞬間、空が真っ赤に染まり、圧倒的な炎の雨(DDoS爆撃)が荒野に降り注いだ。
即席の土の壁が炎を物理的に防ぐが、隙間から入り込んでくる数千の炎の矢に対し、ナビが限界を超えた「超並列デバッグ(当たり判定のオフ)」を開始する。
俺の目の前で、炎の矢が次々と不自然な角度で逸れていく。 だが、その代償はすぐに現れた。
「熱ッ……! 筐体が溶ける!」
数十万のパケットを処理し続けるiPadのCPU使用率が数千%に跳ね上がり、裏面の金属が俺の掌の皮膚を焼き焦がさんばかりの異常発熱を起こす。
「離したら死にますよ!」
アッシュが手持ちの水筒の水を、俺の手とiPadの隙間に直接ぶちまけた。
ジュウウウッ! と水が激しく蒸発し、気化熱(水冷)が一時的に筐体の熱を奪う。
―こんなの、すぐにダメになる。
―なにか、なにかないのか?!
……!アレだ!!!
俺は、空いた手でバッグをまさぐり、引っ張り出した「熱電変換モジュール」をiPadの裏面に叩き込んだ。
「ナビ! バッテリーの電力をこいつに逆流させろ! ペルチェ効果で背面の熱を強制的に吸い上げるんだ!」
『……バッテリーを急速に消費しますが、論理限界までの延命は可能です』
数分に及ぶ極限の耐久戦。 だが、水はとうに蒸発し、ペルチェ冷却の限界も超えた。 モジュールの銅線が真っ赤に焼け焦げて千切れ、iPadのバッテリーが熱膨張の限界を突破する。
ピキリ、と。 ガラス画面に致命的なヒビが入った。
『……限界です、マスター。さようなら』
パリンッ!! バッテリーが内側からガラスを砕き割り、基板が火を吹いて完全に沈黙(物理的破損)する。
防壁が消滅した。
「……ナビッ!!」
俺の叫びをかき消すように、防壁に阻まれていた最後にして最大の「炎の嵐」が、たこつぼの中にいる俺とアッシュを完全に飲み込もうと迫り来る。
もうだめだ。
俺たちが死を覚悟したその瞬間――。
ズシィィィンッ!!!
目の前の地面が爆発したかのような激しい地響きと共に、俺たちの塹壕を完全に覆い隠す巨大な影が立ち塞がった。
「――どうやら、間に合ったようだな」
猛烈な炎の嵐が吹き荒れる中。
その圧倒的な魔法の熱と衝撃を完全に二つに割って防ぎ止めたのは、身の丈をゆうに超える『分厚い鋼鉄の特大盾』だった。
それを大地に深く突き立て、岩のように構えていたのは、赤錆の魔導鎧を纏った大柄な男。
「あっ あンたワ?」
「アルフレッド。」
―この男が。
「ただの、アルフレッドだ」
かつて教会の剣として不条理を振るっていた男は。
今、教皇の理不尽なシステム(魔法)から俺たちを物理的に守る最強の『盾』として、その強靭な背中を見せていた。
「なっ……馬鹿な! 広域魔法を防いだと!?ただの鉄の盾で?! そっそれになんだあの大きさは!!?」
追撃部隊の祭司たちが驚愕の声を上げる中、巨砂蜥蜴の地響きと共に、豪奢な絹を纏ったハディージャが砂煙の向こうで妖艶に微笑んだ。
「驚いているようね。でも可能だわ。私が用意した『彼専用の盾』と、彼自身の極限の筋力があればね。
……私の極上の優良銘柄を傷一つでもつける事は許さない!」
「ザイン!!」
「はっ!」
ハディージャの声に即応したザインが部隊を統率し祭司たちへと突撃を開始する!
「ばっばかな!やつらこの崖を登って…?!」
そこから先は、一方的な殺戮だった。
聖騎士団の姿はなく、他には祭司らに随行して来たであろう輜重隊が存在するのみで、祭司らはその魔力をほぼ使い切っていた。
砂漠での戦闘を熟知した部隊に彼らは成すすべもなく蹂躙された。
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