第014話:神の刻印と偽りの座標
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
遺跡のバックドアから教会の深層システムにアクセスした零は、彼らが「死者蘇生」を悪質な月額課金にし、「聖女」を劣化サーバーの使い捨て生体バッテリーとして消費する残酷な仕様書(真実)を暴き出した。
しかし、迫る教会の追討部隊から零を逃がすため、相棒のセレスは自ら捕らわれの身となってしまう。
セレスを奪還し、狂ったシステム(世界)を根本から破壊するため、零は教会の監視網から完全に独立した自由貿易圏、学術都市「アル・バザール」を目指して過酷な逃亡の旅に出る。
道中、教会のエコシステムに支配された町に潜伏した零は、民衆に配給される「奇跡のパン」が、外見のテクスチャだけで内部の【栄養データ】が欠落(Null)した「ハリボテ」であることに気づく。
町全体をゆっくりと飢餓(スタック不足)に陥れる最悪のバグに対し、零はシステムをハッキングして本物のパンを錬成。
同時に祭壇を意図的に熱暴走させて自身のアクセスログを隠蔽し、
民衆の間に「教会への疑念」という致命的なウイルスを仕込むことに成功する。
さらに荒野を進んだ先にあるオアシスの町では、富裕層のために周囲の環境リソース(水分)を強引に吸い上げて「水をワインに変える」という異常消費のバグに遭遇。
一帯に深刻な砂漠化を引き起こしていたこのクソ仕様に対し、零はワインの属性IDを元の「ただの泥水」へと差し戻すパッチを適用する。
環境の強制ロックが解除されたことで大地に本来の地下水が蘇り、零は渇ききった民衆たちを救った。
かくして、行く先々で教会のインチキな「奇跡」を次々と破壊していく零。
「謎のゴーストハッカー」としての確かな実績を手に南下を続ける彼のもとに、
教会の精鋭部隊の影が異常な精度で迫っていた――
荒野を抜け、西側大陸を南下するルートの中継地点。 巨大な防壁に囲まれた活気ある宿場町の路地裏で、俺は石畳に這いつくばりながら、アルミ板と銅線の束を組み合わせた自作の変換モジュールと格闘していた。
「……よし、モジュールの密着度はこんなもんか」
路地裏を照らす、教会の魔力で光る街灯。 俺はその根元の装飾カバーを強引にこじ開け、
発光部である魔石が放つ「排熱」の箇所に、変換モジュールを直接押し当てていた。
魔力の熱を電気に変換する、熱電発電(ゼーベック効果)だ。
ジリッ、と火花が散り、熱を持った銅線から微弱な電力がiPadへと流れ込み、画面の端で充電アイコンがゆっくりと点滅を始めた。
『マスター。教会の公共インフラからの不正な熱利用は犯罪行為に該当します。それに、この原始的な熱電変換モジュールではロスが多すぎます。
事前の電源確保計画を怠ったマスターの非効率な運用管理が原因かと推測しますが』
「あぁ~もう! 誰の為に命がけで街灯の熱パクってると思ってんだ! そもそも魔力から直接電気に変換できないこの世界のク〇仕様が悪いんだろ!」
極度の緊張と疲労で、俺は小声で画面に向かって悪態をついた。
「学術都市に着いたら、絶対にお前を魔改造してやる。
こんな泥臭い充電しなくて済むように、魔力そのもので動くようにしてやるからな。
……だから頼む、バックグラウンドの余計な処理を少し止めて、省エネに協力してくれ」
『……私は常にリソースを最適化し、マスターの生存確率を最大化しています。マスターの無駄な心拍数上昇(焦り)の方がよほど非効率です』
相変わらずの減らず口だが、画面の輝度がふっと一段階下がり、静かに省電力モードへ移行したのが分かった。
こいつなりに、俺の切実な頼みに応えてくれたらしい。
だが、充電が数パーセントまで回復したその時だった。
「この区画の路地裏を固めろ! 標的は必ずこの近くにいる!」
ズン、ズン……と、冷たい石畳を伝わる重厚な足音が、腹の底を直接揺らした。
路地の入り口に現れたのは、、白銀の魔導甲冑。――聖騎士団。
背筋をひやりと冷たい汗が這う。
「……ッ!」
俺は慌ててケーブルを引っこ抜き、息を殺して反対側の路地へと駆け出した。
だが、逃げても逃げても、騎士たちの包囲網は異常なほど正確に俺の逃走ルートを塞いでいく。
人混みに紛れ、曲がりくねった迷路のような市場を抜けても、彼らはまるで俺の現在地を上空から見下ろしているかのように、最短距離で先回りしてくる。
「いくらなんでも、捕捉が早すぎる……!」
息を切らしながら、俺は市場のテントの陰に身を滑り込ませた。
視線の先、広場の中央では、多くの民衆たちが教会の祭壇に向かって熱心に祈りを捧げている。
ふと、祈る彼らの手の甲や首筋に、淡く発光する「紋様」が浮かび上がっているのが見えた。
「おい、聞いたか。隣町のパン屋の親父にも『神の刻印(聖痕)』が現れたらしいぞ」
「おお、何と羨ましい。あれは神に選ばれ、深い信仰を証明された者の証だからな……」
すれ違う町人たちが、誇らしげにその光る刻印を見せ合っている。
だが、刻印を持つ恰幅の良い商人が俺の隠れているテントの横を通り過ぎた瞬間。
iPadの画面が、どぎつい赤色のアラートで明滅した。
『警告。マスターの生体IDを含む周辺の環境データが、外部サーバーへ送信されました。……送信元は、半径5メートル以内の複数の生体反応です』
「ッなんだと?」
俺はテントの隙間から、誇らしげに刻印を掲げる人々を凝視した。
彼らが動くたび、すれ違うたび、刻印がごく微かに脈動している。 それは、神の祝福なんかじゃない。
教会のネットワークに常時接続された【トラッキングCookie】だ。
「……信者そのものをっ、ッハァハァ監視ネットワークのノード(中継点)に、して、やがったのか」
まだ息が少し荒い。
刻印を持つ者は、無意識のうちに自分がすれ違った人間の情報や現在地を、
教会の魔力網を通じて延々と送り続ける「歩く監視カメラ」にされていたのだ。
俺がどんなに裏道を逃げても捕捉されるわけだ。この町自体が、巨大な監視装置なのだから。
「あっちだ! 羅針盤の反応が強くなったぞ! 追い詰めろ!」
すぐ背後の通りから、聖騎士団の隊長の声が響いた。 手にした魔導羅針盤が、テントに隠れる俺の座標をピンポイントで指し示しているのだろう。
逃げ場はない。 だが、俺は逃げるのをやめ、視線をテントの足元へと落とした。そこには、広場の祭壇へと魔力を供給するための「地下配線の保護管」が露出していた。
俺は目を閉じ大きく深呼吸をし、そして開いた。
「情報の扱いなら、俺たちの土俵だ」
俺はバッグからさっき引っこ抜いたばかりのケーブルを取り出すと、
這いつくばって保護管をナイフでこじ開け、教会の物理的な魔力回線へ直接ケーブルを噛ませた。
「ナビ、無線(空中)からの干渉じゃ弾かれる。この物理ポートからローカル網に直接割り込むぞ」
俺はなけなしの電力で起動したiPadの仮想キーボードに指を置いた。
適用するのは、強力な【アドブロック(追跡消去パッチ)】と、帯域を埋め尽くす【ダミーパケット生成プログラム】だ。
「ナビ、周囲の刻印の通信をハイジャックしろ。教会の基幹網に向けて、俺の『偽の現在地(ダミー座標)』を一斉送信(DDoS)する!」
『了解。物理接続を確認。大量の偽装パケットを生成し、有線ルートで対象サーバーへ送信します』
実行(Enter)キーを叩き込んだ瞬間。
広場にいた信者たちの刻印が、一瞬だけ教会の紫色から冷たい青色へと変色し――次の瞬間、許容量を超えたエラーデータによって一斉に「強烈な閃光」を放った。
「ぐあっ!? なんだこの光は!」
さらに、ダミーパケットの過負荷に耐えきれなくなった地下配線が広場のあちこちでショートを起こし、石畳の隙間から分厚い土煙と火花が噴き上げる。
その直後、徐々に大きくなっていた重厚な足音が、ピタリと止まった。
テントの隙間から覗くと、隊長が手にしていた魔導羅針盤が、狂ったように激しい火花を散らしながら明滅し、針は激しく回転している。
「ど、どこにいる!? 羅針盤が壊れたぞ! 標的が町中に増殖している!」
「隊長! 北の門からも、南の広場からも標的の反応が! 数万に上ります!」
突如として有線網から大量に流し込まれた「偽の座標データ(スパム)」の処理に追いつけず、教会の羅針盤は次々と熱を帯びてショートし、白い煙を吹き始めた。
完璧な監視網が、一瞬にして機能不全のパニックへと陥る。
「……行こうぜ、相棒」
”相棒”は無音でテキストだけを明滅させる。
『了解。隠密行動を維持。これより包囲網を離脱します』
怒号と、視界を奪う濃密な煙が渦巻く中。 俺は物理ケーブルを引き抜き、フードを深く被り直した。
そして、強烈な閃光に目を焼かれ、ショートした配線の煙に巻かれて狼狽する聖騎士たちを尻目に、足音も立てずに悠々と通り抜けた。
誰一人として、すぐ横をすり抜けていく本物の「標的」に気づく者はいない。
背後で響く騎士たちの混乱した怒声を置き去りにし、俺はただ一人、町を抜ける南の門へと向かう。
ひび割れた荒野のその先、大陸を横断する「巨大な川」の気配が、湿った風に乗って微かに鼻腔を掠めていった。




