第013話:枯渇する大地と属性エラーのワイン
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
遺跡のバックドアから教会のシステムにアクセスした零は、教会が「死者蘇生」を悪質な月額課金にし、「聖女」を世界の生体バッテリーとして消費しているという残酷な『仕様書』を暴き出す。 だが、迫る教会の追討部隊から零を逃がすため、相棒のセレスは自ら捕らわれの身となってしまった。
セレスを奪還し、狂った世界を正すため、零は教会のエコシステム(監視網)から完全に独立した自由学術都市「アル・バザール」を目指す。
指名手配犯として逃亡を続ける道中、潜伏した町で教会の「パンの配給」に遭遇した零。
しかし魔力ゼロの彼は、教会の電子マネー(聖貨)経済圏から物理的に弾き出されてしまう。
さらに、民衆がありがたがって食べていた奇跡のパンは、外見のテクスチャだけで内部の【栄養データ】が欠落(Null)した、町全体をゆっくりと飢餓に陥れる最悪の「ハリボテ」であった。
激怒した零はシステムをハッキングし、栄養データを直書き(ハードコード)したパッチを適用して本物のパンを錬成。
同時に祭壇を意図的に熱暴走させて自身のアクセスログを隠蔽し、民衆の間に「教会への疑念」という致命的なウイルスを仕込むことに成功する。
無事に極限の空腹を満たした零とAIナビは、次なる目的地へと過酷な荒野を進んでいく――。
「……おい、ナビ。お前の持ってる地図、バージョンが古すぎないか」
容赦なく照りつける太陽の下、俺はひび割れた大地を力なく歩きながら毒づいた。 喉はカラカラに乾き、息をするたびに熱砂が肺を焼く。
『否定します、マスター。地図データは村の記録から抽出した最新のものです。現在地の環境が激変しているのは私の責任ではありません。むしろ、事前の水分補給計画を怠ったマスターの非効率な運用管理にこそ問題があるかと存じますが』
「……お前、そろそろ電源引っこ抜くぞ。この何日も続く荒野のどこに水があったって言うんだよ」
『左様ですか。では、私のスピーカー機能をミュートし、マスターが完全に干からびてシステム・ダウンするまで静観する設定に変更しましょうか?』
「……悪かったよ。頼むから水場を探してくれ」
極限の渇きとナビの毒舌が相まって、俺の神経はささくれ立っていた。
見渡す限りの荒野。ハリボテのパンのバグを修正し、追手を巻いてから数日。
学術都市「アル・バザール」を目指して旅を続けていた俺たちだったが、道中の環境はあまりにも異常だった。
極度の乾燥により土壌はひび割れ、草木は完全に枯れ果てている。
限界が近づく中、蜃気楼の向こうに、石造りの高い壁に囲まれた町が見えてきた。
かつてオアシスだった名残か、町の中央には豪奢な教会の施設がそびえ立っている。
だが、町に辿り着いた俺が目にしたのは、無惨な光景だった。
教会の高い壁の外側には、ボロボロの服を着た民衆たちが、完全に干上がった井戸の底を血眼になって掘り返している。
泥水すら一滴も出ないというのに。
一方で、教会の分厚い壁の向こう側からは、楽しげな音楽と、富裕層たちの歓声が聞こえてきた。
俺は壁の隙間から、施設の内部を覗き込んだ。
「さあ、祈りと『聖貨』を捧げし者に、神は奇跡の杯を与え給う! 『カナの婚宴』の奇跡をここに!」
豪華な中庭に設けられた祭壇。 丸々と太った司祭が高らかに宣言すると、祭壇の魔石が光り輝いた。
その瞬間だった。 俺の足元にあったひび割れた土が、さらに水分を失い、灰のようにサラサラと崩れ落ちた。
同時に、周囲の空気が一気に極限まで乾燥し、呼吸をするだけで喉や肌が焼けるように痛む。
「ッ……!? なんだ、急に……!」
俺がむせるように喉を押さえる中、壁の向こうでは水差しに注がれたただの水が、赤紫色の輝きを放つ「極上のワイン」へと変化していく。
教会の電子マネーである『聖貨』を山のように積んだ富裕層たちが、そのワインをグラスに注ぎ、美味そうに喉を鳴らしていた。
「……なるほどな。水がないんじゃない。あいつらが水源を物理的にロックして、独占してるのか」
ただでさえ貴重な水資源を、一部の課金ユーザー(富裕層)だけのための嗜好品に変えてやがる。
「ナビ、スキャンだ。あの『水をワインに変える奇跡』の生成ロジックを解析しろ」
俺は壁の影に身を潜め、なけなしの電力でiPadを起動した。
『……マスター、ご自身の生存限界が近いというのに、他人の宴を覗き見るとは。優先順位のエラーを起こしていませんか? 無駄なリソースの浪費です』
「うるせえ、あそこ以外に水はねえんだよ。それに、あの魔石……絶対に何かおかしい。さっさとスキャンしろ!」
俺が急かすと、画面上にどぎつい赤色のアラートが明滅し始めた。
『……警告。対象の生成ロジックに致命的なエラーを検知。奇跡の正体は、対象物の【属性IDの強制書き換え】によるバグです。……さらに、重大なメモリリークを発見しました』
「メモリリークだと?」
『肯定。水をワインに錬成するためには、構成成分(ブドウの糖分やアルコールなど)が圧倒的に不足しています。システムはそれを補うため、周囲の環境リソース――土壌や空気中の水分を、強引に変換・消費してワインを生成しています』
「……ッ、そういうことか!」
俺はひび割れ、灰のようになった大地を睨みつけた。 気候変動なんかじゃない。
呼吸すら痛むこの異常な乾燥は、あの司祭が富裕層から聖貨を巻き上げるために、周囲の環境から無理やりリソースを吸い上げている余波だったのだ。
その『異常消費』の皺寄せが、この一帯の深刻な砂漠化を引き起こしている元凶だった。
環境を破壊して一部の特権階級だけを潤す。エンジニアの美学の欠片もない、最悪のクソ仕様だ。
「……人の命を吸い上げるだけじゃ飽き足らず、今度は大地ごと枯らそうってのか」
俺は仮想キーボードを展開し、指を滑らせた。
「属性の再定義だ。ナビ、祭壇のローカルサーバーにアクセスしろ。
書き換えられたワインの属性IDを、元の『ただの泥水(H2O)』に差し戻す修正パッチをぶち込む」
『了解。非公式パッチ、適用します』
画面上の実行(Enter)キーを、思い切り叩き込む。
パッチが適用された瞬間、壁の向こう側から悲鳴のような声が上がった。
富裕層たちがありがたがって飲んでいた極上のワインが、一瞬にしてただの「泥水」へと還元されたのだ。
「ブブッ!? な、なんだこれは! 泥水じゃないか!」
「司祭様! これは一体どういうことです! 私が捧げた聖貨をなんだと思っているのですか!」
「おお落ち着いてください、しばしおまちを! ば、馬鹿な! 奇跡の魔石が……動かなくなった!?」
パニックに陥る中庭。 だが、本当の成果はそれだけではなかった。
環境リソースを強引に吸い上げていた「強制ロック」が解除されたことで、本来あるべき自然の循環が正常化し始めたのだ。
「……おい、見ろ! 水だ! 水が湧いてきたぞ!」
壁の外側で、干上がっていた井戸の底から、澄んだ地下水が一気に噴き出した。
絶望していた民衆たちが歓喜の声を上げ、湧き出る水に群がり、渇ききった喉を潤していく。
「……フン。これで本来の仕様(自然)通りだ」
俺は混乱に乗じて壁を乗り越え、誰にも気づかれないまま、自分の水筒にたっぷりと綺麗な水を確保した。
冷たい水が、熱を持った体に染み渡っていく。
『マスター。水分補給の完了を確認。……これでようやく、私の警告を無視する非論理的な八つ当たりから解放されますね』
「一言多いぞ、まったく。……だがまあ、今回は助かった。二つ目のバグ、修正完了だ」
俺は水筒の蓋を締め、壁の外側で泥まみれになりながら喜ぶ民衆たちに目を向けた。
彼らの間では、ただ水が湧いたことに対する歓喜だけでなく、静かなざわめきが広がり始めていた。
「おい、聞いたか。神父様たちの魔石が急に動かなくなって、ただの水になっちまったらしいぞ……」
「あいつらが水を独り占めしてたから、井戸が枯れてたってのか……? まさか、何者かが教会の呪いを解いてくれたのか……?」
俺は彼らのざわめきを背に受けながら、無言でフードを深く被り直した。 そして振り返ることなく、次なる都市へ向けて、ただ一人で荒野へと歩み出すのだった。




