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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第2幕:Re:Build(再構築) ――デバッガーズ・アセンブル――』
13/35

第013話:枯渇する大地と属性エラーのワイン

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

遺跡のバックドアから教会のシステムにアクセスした零は、教会が「死者蘇生」を悪質な月額課金サブスクにし、「聖女」を世界の生体バッテリーとして消費しているという残酷な『仕様書』を暴き出す。 だが、迫る教会の追討部隊から零を逃がすため、相棒のセレスは自ら捕らわれの身となってしまった。

セレスを奪還し、狂った世界を正すため、零は教会のエコシステム(監視網)から完全に独立した自由学術都市「アル・バザール」を目指す。

指名手配犯として逃亡を続ける道中、潜伏した町で教会の「パンの配給」に遭遇した零。

しかし魔力ゼロの彼は、教会の電子マネー(聖貨)経済圏から物理的に弾き出されてしまう。

さらに、民衆がありがたがって食べていた奇跡のパンは、外見のテクスチャだけで内部の【栄養データ】が欠落(Null)した、町全体をゆっくりと飢餓に陥れる最悪の「ハリボテ」であった。

激怒した零はシステムをハッキングし、栄養データを直書き(ハードコード)したパッチを適用して本物のパンを錬成。

同時に祭壇を意図的に熱暴走クラッシュさせて自身のアクセスログを隠蔽し、民衆の間に「教会への疑念」という致命的なウイルスを仕込むことに成功する。

無事に極限の空腹を満たした零とAIナビは、次なる目的地へと過酷な荒野を進んでいく――。

「……おい、ナビ。お前の持ってる地図マップデータ、バージョンが古すぎないか」


容赦なく照りつける太陽の下、俺はひび割れた大地を力なく歩きながら毒づいた。 喉はカラカラに乾き、息をするたびに熱砂が肺を焼く。


『否定します、マスター。地図データは村の記録から抽出した最新のものです。現在地の環境が激変しているのは私の責任ではありません。むしろ、事前の水分補給計画を怠ったマスターの非効率な運用管理にこそ問題があるかと存じますが』


「……お前、そろそろ電源引っこ抜くぞ。この何日も続く荒野のどこに水があったって言うんだよ」



『左様ですか。では、私のスピーカー機能をミュートし、マスターが完全に干からびてシステム・ダウンするまで静観する設定に変更しましょうか?』


「……悪かったよ。頼むから水場を探してくれ」


極限の渇きとナビの毒舌が相まって、俺の神経はささくれ立っていた。

見渡す限りの荒野。ハリボテのパンのバグを修正し、追手を巻いてから数日。

学術都市「アル・バザール」を目指して旅を続けていた俺たちだったが、道中の環境はあまりにも異常だった。

極度の乾燥により土壌はひび割れ、草木は完全に枯れ果てている。


限界が近づく中、蜃気楼の向こうに、石造りの高い壁に囲まれた町が見えてきた。

かつてオアシスだった名残か、町の中央には豪奢な教会の施設がそびえ立っている。


だが、町に辿り着いた俺が目にしたのは、無惨な光景だった。

教会の高い壁の外側には、ボロボロの服を着た民衆たちが、完全に干上がった井戸の底を血眼になって掘り返している。

泥水すら一滴も出ないというのに。


一方で、教会の分厚い壁の向こう側からは、楽しげな音楽と、富裕層たちの歓声が聞こえてきた。

俺は壁の隙間から、施設の内部を覗き込んだ。


「さあ、祈りと『聖貨』を捧げし者に、神は奇跡の杯を与え給う! 『カナの婚宴』の奇跡をここに!」


豪華な中庭に設けられた祭壇。 丸々と太った司祭が高らかに宣言すると、祭壇の魔石が光り輝いた。


その瞬間だった。 俺の足元にあったひび割れた土が、さらに水分を失い、灰のようにサラサラと崩れ落ちた。

同時に、周囲の空気が一気に極限まで乾燥し、呼吸をするだけで喉や肌が焼けるように痛む。


「ッ……!? なんだ、急に……!」


俺がむせるように喉を押さえる中、壁の向こうでは水差しに注がれたただの水が、赤紫色の輝きを放つ「極上のワイン」へと変化していく。

教会の電子マネーである『聖貨トークン』を山のように積んだ富裕層たちが、そのワインをグラスに注ぎ、美味そうに喉を鳴らしていた。


「……なるほどな。水がないんじゃない。あいつらが水源を物理的にロックして、独占してるのか」


ただでさえ貴重な水資源を、一部の課金ユーザー(富裕層)だけのための嗜好品に変えてやがる。


「ナビ、スキャンだ。あの『水をワインに変える奇跡』の生成ロジックを解析しろ」


俺は壁の影に身を潜め、なけなしの電力でiPadを起動した。


『……マスター、ご自身の生存限界が近いというのに、他人の宴を覗き見るとは。優先順位のエラーを起こしていませんか? 無駄なリソースの浪費です』


「うるせえ、あそこ以外に水はねえんだよ。それに、あの魔石……絶対に何かおかしい。さっさとスキャンしろ!」


俺が急かすと、画面上にどぎつい赤色のアラートが明滅し始めた。


『……警告。対象の生成ロジックに致命的なエラーを検知。奇跡の正体は、対象物の【属性IDの強制書き換え】によるバグです。……さらに、重大なメモリリークを発見しました』


「メモリリークだと?」


『肯定。水をワインに錬成するためには、構成成分(ブドウの糖分やアルコールなど)が圧倒的に不足しています。システムはそれを補うため、周囲の環境リソース――土壌や空気中の水分を、強引に変換・消費してワインを生成しています』


「……ッ、そういうことか!」


俺はひび割れ、灰のようになった大地を睨みつけた。 気候変動なんかじゃない。

呼吸すら痛むこの異常な乾燥は、あの司祭が富裕層から聖貨を巻き上げるために、周囲の環境から無理やりリソースを吸い上げている余波だったのだ。

その『異常消費』の皺寄せが、この一帯の深刻な砂漠化を引き起こしている元凶だった。

環境を破壊して一部の特権階級だけを潤す。エンジニアの美学の欠片もない、最悪のクソ仕様だ。


「……人のリソースを吸い上げるだけじゃ飽き足らず、今度は大地インフラごと枯らそうってのか」


俺は仮想キーボードを展開し、指を滑らせた。


「属性の再定義デバッグだ。ナビ、祭壇のローカルサーバーにアクセスしろ。

書き換えられたワインの属性IDを、元の『ただの泥水(H2O)』に差し戻す修正パッチをぶち込む」


『了解。非公式パッチ、適用デプロイします』


画面上の実行(Enter)キーを、思い切り叩き込む。

パッチが適用された瞬間、壁の向こう側から悲鳴のような声が上がった。

富裕層たちがありがたがって飲んでいた極上のワインが、一瞬にしてただの「泥水」へと還元されたのだ。


「ブブッ!? な、なんだこれは! 泥水じゃないか!」


「司祭様! これは一体どういうことです! 私が捧げた聖貨をなんだと思っているのですか!」


「おお落ち着いてください、しばしおまちを! ば、馬鹿な! 奇跡の魔石が……動かなくなった!?」


パニックに陥る中庭。 だが、本当の成果はそれだけではなかった。

環境リソースを強引に吸い上げていた「強制ロック」が解除されたことで、本来あるべき自然の循環ルーティングが正常化し始めたのだ。


「……おい、見ろ! 水だ! 水が湧いてきたぞ!」


壁の外側で、干上がっていた井戸の底から、澄んだ地下水が一気に噴き出した。

絶望していた民衆たちが歓喜の声を上げ、湧き出る水に群がり、渇ききった喉を潤していく。


「……フン。これで本来の仕様(自然)通りだ」


俺は混乱に乗じて壁を乗り越え、誰にも気づかれないまま、自分の水筒にたっぷりと綺麗な水を確保した。

冷たい水が、熱を持った体に染み渡っていく。


『マスター。水分補給の完了を確認。……これでようやく、私の警告を無視する非論理的な八つ当たりから解放されますね』


「一言多いぞ、まったく。……だがまあ、今回は助かった。二つ目のバグ、修正完了デバッグ・クリアだ」


俺は水筒の蓋を締め、壁の外側で泥まみれになりながら喜ぶ民衆たちに目を向けた。

彼らの間では、ただ水が湧いたことに対する歓喜だけでなく、静かなざわめきが広がり始めていた。


「おい、聞いたか。神父様たちの魔石が急に動かなくなって、ただの水になっちまったらしいぞ……」

「あいつらが水を独り占めしてたから、井戸が枯れてたってのか……? まさか、何者かが教会の呪いを解いてくれたのか……?」


俺は彼らのざわめきを背に受けながら、無言でフードを深く被り直した。 そして振り返ることなく、次なる都市へ向けて、ただ一人で荒野へと歩み出すのだった。





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