39『運命』は、不安になる
サミレット領に帰って来て早三ヶ月。
途中、賊が暴れ出してジーシたちに速攻で鎮められるというハプニングもあったけれど、堤防作りは概ね予定通り進んで、ついに完成を迎えた。
「すごいなぁ」
河川のカーブに沿って作られた堤防に、感嘆のため息がこぼれる。
きっとこれで大丈夫。
そう思ったところで、ぽつりぽつりと雨が降りはじめた。
「ヴォレッカ様、こちらへ」
リーゼに促され、馬車へと乗り込むとすぐに本降りとなったため、近隣の村まで戻る。
村に到着する頃には雨脚も強くなり、村長の家で雨宿りをさせてもらうことになった。
「すごい雨……」
窓から外を眺めるけれど、外の景色が見えないほどに激しく降っていて、また河川が氾濫するのではないかと不安が募る。
「奥様、そんなに心配なさらなくても大丈夫でございますよ」
ここから見えるわけでもないのに、窓から川の方角を見続けている私に、ジーシが声をかけてくれる。
「そう……だよね。それでも、氾濫したあとの土地を思い出すんだ……」
すくすくと育っていた麦畑が、泥でおおわれるのだ。
あの時の畑も、絶望する領民の姿も、もう二度と見たくない。
「奥様……」
「ごめん、こんな話をして」
「いえ、私で良ければいくらでもお話くださいませ」
「……ありがとう」
悲観的になるなんて、ましてやそれを口にするなんて、私らしくない。
思い出したところで、事態が好転するわけでもないんだ。切り替えないと……。
「村長より本日はこちらでの宿泊の提案をいただいております。この雨では馬車も走れませんし、お言葉に甘えて、明日にでも様子を見に参りましょう」
「うん、そうだね」
夜になっても雨は降り続き、その日の夜は心配であまり眠れなかった。
翌朝、昨日の雨が嘘のような青空が広がっている。
「さ、行きましょう」
朝、使用人よりも先に起き、さっさと身支度を整えた私は、起こしに来たリーゼを見るなり、そう口にした。
けれど、そんな私にリーゼは首を横に振る。
「ヴォレッカ様、私が来るまで身支度はお待ちください」
「普段はそうしてるでしょ。今日は、それどころじゃないんだよ」
麦畑は無事だろうか。河川は氾濫してないかな……。
貴族の奥方としての行動なんか、今は気にしていられない。
早く、早く見に行かないと。
「この家の料理人が張り切って、朝食を用意してますけど、どうしますか?」
「……いただきます」
ご厚意で泊めてもらったうえに、私のために作ってくれた食事を無碍になんてできない。
本当は、すぐにでも堤防のところまで行きたい。けれど、その気持ちをぐっと抑えて、食堂へと向かう。
大丈夫。もし、河川が氾濫してたら、村長はこんなにのんびり朝食を食べてなんかいられないはず。
早く食べてくれー! と、心の中で叫びながら、村長の話に笑顔で相槌を打っていく。
すると、廊下の方からバタバタと走る足音が聞こえた。
「──ヴォレッカ、大変だ!」
食堂に飛び込んで来たデーリッヒ兄に、ジーシが咳払いをする。
「お食事中、大変失礼しました。ヴォレッカ様に急用があって参りました」
デーリッヒ兄はすぐに言い直す。
いくら従兄弟といえど私たちは主従関係で、ヘンルートゥ家の人たち以外がいるところでは、けじめを付けなくてはならない。
「どうしたの?」
「賊が逃げました」
「……え?」
に、逃げた?
最近は大人しくしていたから大丈夫だと思っていたけど、もしかして油断させるためだったってこと?
とにかく、早く探した方がいいよね。
「賊とは、どういうことですか?」
慌てている村長の言葉に、デーリッヒ兄がしまった! という顔をする。
けれど、その表情もまずい。どうにか、誤魔化さないと。
そう思ってジーシを見るけれど、ジーシが口を開くことはない。
あ、そうか。私を差し置いて話すことができないのか。
ということは、私がどうにかしないといけない。
でも、どうやって?
いい案が思いつかない。
「えっと、賊とはですね……」
どうしよう! ジーシだったら、絶対にうまく誤魔化せるのに!
こうなったら、ジーシなら何て言うか考えよう。
あと、冷静に余裕があるように見せた方がいいよね。
そう思い、意識してゆっくりと口を開いた。
「襲ってくる賊ではなく、私たちに従う者たちという意味の属です。紛らわしい表現で申し訳ありません」
「そう……なんですか」
うん、そうなるよね。
これを信じろって方が難しい。
だけど、信じてもらえないと困る。
「彼らは、サミレット領に帰って来る途中、とある事情により一時的に従属した者たちでした。それがまさか逃げるなんて……」
眉を下げ、いかにも困っている風を装う。
そのあとも言葉を重ね、そんな私の言葉を信じたのか、村長はホッとした顔をした。
「そうでしたか。いやー、よくよく考えてみたら賊を働かせるはずないですもんね。早とちりして、申し訳ありませんでした」
「いえ、誤解が解けたようで良かったです」
ほ、本当に良かった……。
一先ずピンチは抜けられたかな?
でも、これは解決なんかじゃない。ただ誤魔化しただけ。
早く、本当に解決しないと。




