40『運命』は心配する
食事も終わり、泊まらせてもらっている部屋へと戻る。
本当はすぐにでも河川を見に行きたいけれど、賊について話し合うのが先だろうとジーシ、リーゼ、デーリッヒ兄に集まってもらった。
「賊が逃げたって、いつなの?」
「昨夜の三時過ぎですよ」
「そうなんだ……って、そんなに正確に時間が分かるの?」
そう聞いた私に、答えてくれていたリーゼが笑みを浮かべる。
「だって、計画通りですから」
「「え?」」
驚きを隠せない私とデーリッヒ兄に、ジーシとリーゼは説明してくれた。
「じゃあ、もともと堤防が完成したら、泳がせるために逃がす予定だったってこと?」
「はい。旦那様とも連絡が取れましたので、縁のある情報屋の者が追ってくれております」
「何で説明してくれなかったのよ……」
思わず恨みがましくジーシとリーゼを見てしまう。
「奥様はあまり嘘がお得意ではありませんから。知ったら、賊に察せられる可能性もございました」
「待って、ジーシ。聞き捨てならないんだけど。私、けっこう上手に嘘つけるわよ。さっきだって、賊ってデーリッヒ兄が言っちゃったけどうまく誤魔化せてたし」
そう言うと、ジーシはにこやかに笑った。
「奥様はご自身が思っているよりも、嘘が苦手でございますよ。先ほどは、賊を連れて来て労働させるわけがないという村長の思い込みにより、運よく誤魔化されてくれただけでございます」
「ちょっと辛辣すぎない?」
「事実を申し上げたまでです。デーリッヒもですが、奥様は素直でいらっしゃるので、謀は向いておられません」
ジーシの言葉にリーゼが頷いている。
「リーゼだって、基本的に顔に出るじゃない」
「リーゼはオンオフがはっきりしているだけでございます」
「え、いつもリーゼは感情豊かだよね?」
「そうでもございませんよ」
ん? どういうこと?
「ま、いーじゃんか。逃げたんじゃない……って、いちおう逃げたことにはなるのか? それでも、危険はないわけだしさ」
「それもそうかぁ……。なら、今すぐにでも堤防を見に行きたいな」
というわけで、堤防までみんなで馬車で向かう。
馬車の窓からずっと外を眺めているけれど、村の景色に異変はない。
「奥様、到着いたしました」
ジーシが馬車の扉を開いてくれて降りれば、足元は雨でぬかるんでいるし、河川の水は濁っているけれど、そこには昨日と変わらずに堤防がある。
「良かった……」
安堵の声が漏れた。
馬車の窓から見せる景色に、大丈夫だろうとは思っていた。
それでも、実際に目にするまで不安で仕方がなかったのだ。
「これで、王都に戻れますね」
「リーゼ……」
何故、このタイミングでそれを言ったの?
いや、リーゼは帰りたいのかもしれないけどさ。
「ヴォレッカ様のお帰りをライラクス様が待っていますよ。それに私との約束、覚えてますよね?」
「……約束?」
何かしたっけ?
うーん、思い出せない。
「え⁉ 忘れちゃったんですか? ライラクス様にお気持ちを聞くって約束ですよ」
「あ……」
そうだった。
いやでもさぁ、私のこと好きなの? って、普通聞ける? 私には無理だ。恥ずかしくて、息が止まりそうだよ。
どうしよう。約束を守れそうもないし、できるだけ長くサミレット領にいたいんだけど……。
なんて思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
「え? 帰れない?」
「いえ、帰れないことはございませんが、そうなるとサザス領を迂回しなくてはならず、さらに日数がかかることになります」
難しい顔で話すジーシに、思わず首を傾げる。
「どうして迂回が必要なの?」
「サザス領の河川が氾濫し、橋も流されたそうです」
「え? 今まで、サザス領で氾濫が起きたことなんて……」
そこまで言って、もしかして……と思う。
サザス領はサミレット領よりも河川の下流に位置している領地だ。
「サミレット領が大丈夫だったから、サザス領が氾濫した?」
「そうと決まったわけではございません」
「でも……」
河川の氾濫ともなれば、畑だけではなく民家への被害も出る。
避難していなければ、人も死ぬ。
サミレット領はたまに氾濫が起こることもあり、河川の増水や雨量を見て、危険だと判断した時点で皆が声をかけあって避難をしている。
だけど、サザス領はそういった経験はなく、避難をしていなかった可能性が高い。
「うちからも援助を出さないと」
「なりません」
「ジーシ?」
厳しい表情をしてジーシが言う。
「きっと今、サザス領は大変だよ。できることは、しないと」
「今までサミレット領が困っていた時に、サザス子爵が助けるために動いてくれたことはありましたか?」
「それはないけど、河川が氾濫するとどれだけ大変か知ってて、何もしないなんてできないよ」
食料も住む場所も、今後の生活を支える収入源も、時には大切な人も奪ってしまうのだ。
見て見ぬふりなんてできない。
「そのお心はご立派です。ですが、サザス子爵は今回の氾濫をサミレット領のせいであると領民に話しております。中にはそれを信じる者や、やるせない気持ちや怒りをサミレット領へと向けている者もいるでしょう。今、きちんとした手順を踏まずに支援を行ってもサザス領の人々は私共を警戒し、受け入れないことが予想されます。最悪、争いが起こりますよ」
真剣に話すジーシの言葉に息をのむ。
ジーシの情報が本当であるなら、たとえ最悪の事態を回避したところで、支援を行うことは確実に混乱を生む。
「大丈夫ですよ。サザス子爵はフレシア公爵の遠縁ですから、国から助けがでます」
「でも、ここから王都までは一月だよ? 支援が間に合わないわ」
それでもジーシは首を横に振る。
「奥様、これはサザス子爵の……ひいてはサザス領の自業自得です。危険ですので、サザス領には近づかないようになさってください。王都へ帰るのも様子を見てからにいたしましょう」
ジーシの言っていることは頭では理解できる。
それでも、サザス領の民が心配でならなかった。




