36『運命』は、気付きかける
「おぉぉ……」
途中まで作られている堤防に、感嘆の声が漏れる。
私たちが王都を出発する少し前から、作り始めていてくれたとは聞いていた。
今、私の目の前では、専門家や作業員の方々と一緒になって領民も堤防作りを頑張ってくれていて、それが形になってきている。
「ヴォレッカ様、どうぞ」
「……ありがと」
リーゼが手渡してくれたハンカチで、目元を拭う。
鼻もかみたかったけど、さすがにそれは止めておいた。
「私が領地を出る時はね、皆の顔がこんなに明るくなかったの」
例年通り堤防を作るしか、河川の氾濫に打てる手段はなくて、今年も駄目だったら蓄えもなくて、領民は飢えを想像していただろう。
実際は、お金を工面できなければ、領主がサザス子爵に変わることになっていたのだけど、その事実を領民は知らない。
そもそも、サミレット領がサザス領になったとして、どれほど領民を援助してくれるのかも、不透明だ。
「ライラクスのおかげだね」
こんなに活気あふれる領民が見れて、本当に嬉しい。
どうにかして、皆を守りたい。サザス子爵にサミレット領を渡したくない。
だけど、ライラクスは本当に良かったのかな。私に好きになってもらいたいって、どういう意味だったんだろう。
まさか、ライラクスは私のことが好き……なんてことはあるのか?
いやいや、そんなことって……。
あれ? ありえる? 今までのライラクスの言動を思い返してみると、どうも私のことが好きなように思えるんだけど……。
「ヴォレッカ様、どうしましたか?」
「え? 何が?」
「顔が真っ赤ですよ。もしかしてお熱があるんじゃ……」
「ないよ。ないない! 大丈夫だから」
そうだよ。ありえないって。
だって誰もが振り返る美丈夫と平凡を絵に描いたような私だよ? おこがましいにもほどがあるから!
でもなぁ……。
「ねぇ、リーゼ」
「あ、やっぱり休まれることに──」
「違うからね。話半分で聞いてほしいんだけどさ」
「はい」
「ライラクスって、私のことが好きだったりするのかな?」
そう聞いた瞬間、リーゼに信じられないものを見るような視線を向けられる。
「ごめん。聞いた私が悪かった! あり得ないよね。いや、ほんのちょっと、もしかして……と思っただけだから!」
は、恥ずかしい。やっぱり勘違いだったんだ。
「言いたいことは、ものすごーくあるんですけど、それはライラクス様に聞いてください」
「え?」
「私が答えちゃダメだと思うんです。すんごい答えたいし、何なら問い詰めたい気すらしてるんですけど、でも我慢しますので!」
まくし立てるように言われ、よく分からないまま頷いた。
「約束ですよ。絶対に次にライラクス様に会ったら、この話をしてくださいね!」
「う、うん」
なぜ、勘違いの確認をしなければならないのか。
変に勘違いしないように、早めに現実を見ろってことなら分かるけど、リーゼはそういうことをする人じゃない。
それなら、何で?
「リーゼ、こっちに来て手伝ってもらえませんか?」
「はい、分かりました」
ジーシに呼ばれ、リーゼは急ぎ足で向かっていく。
すると、デーリッヒ兄に話しかけられた。
「なぁ、さっきの本気じゃないよな?」
「さっきのって? というか、いつからデーリッヒ兄は話を聞いてたのよ」
「最初から聞こえてたよ。護衛としてそばにいるんだから、仕方ないだろ」
その言葉に、自分の自意識過剰をさらけ出した気分になる。
「身内に聞かれたとか、恥ずかしすぎる……」
「そんなこと気にすんな。俺の恋愛事情、ずっと家族に筒抜けだったぞ」
「……大変だったね。で、さっきのって何なわけ?」
「ライラクス様がヴォレッカのことを好きなんじゃないかって話だよ」
「お願い、忘れて……」
そんなことを考えて、口にまで出すなんてどうかしてた。
私らしくない。
「まさか、本気で分からなくて聞いたのか?」
「…………? そうだけど?」
そう答えた瞬間、デーリッヒ兄は頭を抱えた。
「今まで、誰かを好きになったことは?」
「恋愛という意味ではないかな」
「まさか、初恋も……」
「まだだけど?」
何でそんなに衝撃を受けてるのよ。
別にいいでしょ。困ってないんだし。
「俺、初恋は四歳だぞ」
「嘘でしょ⁉」
早すぎない?
私が四歳の頃は、蛇やトカゲを追いかけたり、木に登ったりしかしてないよ。
「理想がすごく高いとかか? いや、ライラクス様にも惚れてないしな……。ヴォレッカの好みのタイプは?」
「何、いきなり」
「いいから、答えてくれ」
「えーっと、そうだなぁ。暴力、暴言がなくて、心身ともに健康な人かな」
え、何でそんな顔するわけ?
ちょっと憐れまれてるみたいで嫌なんだけど……。
「それ、好みって言えるのか?」
「え、じゃあ、清潔感のある人?」
「…………うん。そうだな、好きになった人が好みでいいよな」
ガシッと肩を掴まれ、言い聞かせるように言われる。だけど、何でそう言われているのかが分からない。
「どうして、そうなったの?」
「ライラクス様があまりに気の毒だからだ」
いや、だから、どうしてそうなるのよ。
「この話は終わりにしよう。もう少し近くで堤防をみせてもらおうぜ」
「……うん。私も手伝おうっと」
今作っている三層構造のものとは違うけれど、毎年、堤防を作る手伝いはしていた。
大きめの石を運ぶのは無理でも、積み重ねることなら私にもできる。
気になることはあるけれど、私だって少しでも領地のためになりたい。
腕まくりをし、私も領民に交じって堤防作りを開始した。
次はライラクスsideになります。




