35『運命』は、故郷へ帰る
「姉様だっ!! 父上、母上! 姉様が帰って来たよ!!」
玄関ポーチに座り込んでいたエリオットが、御者席に座っている私を見た途端、屋敷の中に向かって叫ぶ。
そして、私の方へと走り出した。
私もまた、急いで御者台から降りてエリオットの元へと駆ける。
「姉様っ! おかえりなさい!!」
「ただいま、エリオット」
ギュッと抱きつかれ、小さな体を抱きしめ返す。
サミレット領を出てから四ヶ月ちょっとなのに、もう何年も帰っていないような気さえしてしまう。
それくらい王都での生活は濃いものだった。
「おかえり、ヴォレッカ。会いたかったわ。デーリッヒも久しぶりね」
「ほんの数日前にナーサ姉さんからの手紙が届いてね。デーリッヒが護衛していると書かれていて、驚いたよ」
お父様とお母様も屋敷から出てきて、私とデーリッヒ兄を出迎えてくれる。
「ライラクスが来れなくなって、急遽決まったんだ」
「そうか。子どもが生まれたばかりなのに、申し訳なかったね」
「謝んないでくださいよ。俺が自分で志願したんですから。騎士の時より遠征も減って、給金アップなんで、ライラクス様には感謝しかないですよ。……それにしても、まさか、叔父上にヴォレッカと同じ心配をされるとは。俺とリヒルもそうやって似るんですかねー」
デーリッヒ兄が楽しそうに話すと、お父様もお母様もホッとしたようだ。
「長旅で疲れただろう。ゆっくり休んで……って、四人で来ると聞いていたのだが、二人だけかい?」
その問いかけに、デーリッヒ兄と顔を見合わせる。
「執事のジーシと侍女のリーゼも一緒なんだけど、今は門の外にいるんだ」
「あら、それなら早く入っていただかないと」
「いや、そうなんだけどね。賊がたくさんいて、一先ず待機しているというか……」
そう言う私を、キョトンとした顔でお父様とお母様は見る。
「賊って、人を襲う賊のことかい?」
「うん。途中で襲われたのを、連れて来ちゃった」
「誰も怪我はしていない? もしかして、執事と侍女が怪我したとか……」
「あ、違う違う。二人とも、かすり傷一つないから」
むしろ、大変な目にあったのは賊の方なんだよね。
「そう、良かったわ……。えっと、その賊は衛兵に引き渡せばいいのかしら」
「たぶん?」
私もよく分かっていないので、思わず首を傾げてしまう。
ただ「賊を引き連れて行くと驚くでしょうから、先に現状をお伝えしてくれませんか?」と言われたのだ。
「叔父上、伯母上、絶対に驚くから覚悟してください。エリオットは見ない方がいいかもですね」
「嫌だ! 僕も見たい! ……ねぇ、おじさんいいでしょう?」
「おじさんじゃなくて、お兄さんな」
お兄さんを強調してデーリッヒ兄は言った。
デーリッヒ兄はまだ二十三歳だし、おじさんと呼ばれるのに抵抗があったのだろう。
「デーリッヒ兄様?」
「そうだよ。エリオットは可愛いなぁ」
よしよしと頭を撫でられているエリオットは不満顔だ。
「僕、もう六歳だから可愛くないよ。かっこいいんだよ!」
「そうだな。エリオットはかっこいいもんな」
「うん!」
嬉しそうに笑うエリオットに、デーリッヒ兄は声を潜めた。
「かっこいいエリオットにしか頼めないことがあるんだ」
「え? どうしたの?」
「実は、久しぶりに遊びに来たから、屋敷の中がどうなっているのか忘れちゃったんだ。こっそり屋敷の中を案内してくれないか?」
「いいけど、何でこっそりなの?」
「忘れたって言うのが恥ずかしいんだよ」
少し考える素振りをしたあと、エリオットはデーリッヒ兄の腕を掴んで歩き出す。
デーリッヒ兄から、エリオットは任せとけ! と、アイコンタクトを送られ、小さく頷く。
「お父様、お母様、こっちへ」
そう言って門の外まで出れば、馬に引きずられてボロボロになった賊と、いい笑顔のジーシとリーゼがいた。
「サミレット子爵、夫人、お初にお目にかかります。 ヘンルートゥ家執事のジーシと侍女のリーゼと申します」
「あ、あぁ、はじめまして。いつもヴォレッカが世話になっているね」
お父様は返事をしながらも、視線は賊へと向けられている。
「この者たちは道中襲ってきたのですが、せっかくなので労働させようかと思いまして、連れて参りました」
ん? 労働?
「その……労働とはいったい何を……」
お母様が恐る恐るジーシに聞く。
その表情が強張っているような気がするのは、気のせいではないだろう。
「堤防づくりを手伝わせます。体力仕事ですから、男手は多い方がいいでしょう」
「な、なるほど?」
うんうん。分かるよ、その気持ち。
私も同じこと思ったもの。
「しっかりと見張り、悪さは一切させませんので、ご安心ください」
「あ、はい。でしたら、急ぎ彼らの部屋の用意を──」
「いえいえ、お気になさらず。そこの木を一本お貸しいただけますか? 縄を巻いても良いと助かるのですが」
「それは、かまいませんが……」
お父様とお母様は顔を見合わせて頷いた。
それを確認したジーシとリーゼの動きは早かった。
我が家で一番古い樹齢百年の木に、賊たちを縛り付け、動きを封じている。
「ジーシ、リーゼ、それはいくら何でもやり過ぎじゃない?」
「命を奪わないだけ温情だと思いますが……」
「そうですよね。命を狙うのですから、奪われても文句は言えませんよね」
ジーシだけじゃなく、リーゼまで……。
た、助けて、ライラクス……。
リーゼはともかく、ジーシを止められるのはライラクスしかいないよ。
「因みに、堤防が完成したら彼らはどうするの?」
私の言葉に、賊たちは怯えた顔をする。
疲れて走れなくなったが最後、馬にひたすら引きずられるという経験は、彼らの心を相当に折ったらしい。
まさか、縄の長さを短めにした理由が頭を打たないようにではなく、極限まで精神を追い詰めるためだとは思いもしなかった。
「それは彼らの働きと、どれだけ心を入れ替えられるかでしょうか」
にこやかに微笑むジーシから、そっと視線を外す。
馬車の中で尋問されていた賊のリーダーがずっと震えているのは、見なかったことにしよう……。
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