34『運命』は、御者台に座る
馬車の窓から見える光景は、とても信じられないものだった。
デーリッヒ兄が剣で斬り、ジーシが小型のナイフを投げ、リーゼが殴ったり蹴ったりしている。
明らかに賊の方が人数は多いのに、ちぎっては投げちぎっては投げという感じで、賊を殲滅していく。
「すごい……」
三人が強くて、襲ってきた方が圧倒的弱者だった。
賊があまりにも一方的にやられているのである。
あっという間に、立っているのはジーシとデーリッヒ兄、リーゼだけになり、逃げた意味は何だったんだろう……と、ぼんやりと思う。
「ヴォレッカ様、お怪我はありませんか?」
扉が開き、リーゼが私に言う。
その手には、ボスと呼ばれていた賊の首根っこが掴まれている。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「それは良かったです」
スッキリ! といった表情だけれど、顔には返り血が飛んでいる。
「リーゼ、ちょっとごめんね」
ハンカチでリーゼの顔を拭くけれど、なかなか落ちない。
乾いたハンカチじゃダメかぁ……。
そう思って、水の入った革袋でハンカチを濡らす。
「顔色、良くなったね」
「はい。外に出て動いたら、スッキリしました」
「そっか」
本当は、戦えることについて聞いた方がいいのかもしれないけど、それはリーゼが話したくなったら話すだろうし、そんなことより大切なことがある。
「デーリッヒ兄とジーシと一緒に戦って、守ってくれてありがとう」
「助かった、ありがとな」
「おかげで、誰も大きな怪我なく済みました。ありがとうございます」
私とリーゼの会話が聞こえていたのだろう。
デーリッヒ兄とジーシが賊を縛り上げながら、お礼を口にする。
リーゼは少し驚いた表情をしたあと、嬉しそうに、はにかんだ。
「デーリッヒ兄とジーシも、ありがとう」
「これが、仕事だからな」
「奥様がご無事で良かったです」
そう言いながら、ジーシは縛った賊に布を噛ませ、今度は馬へと縄でくくり始めた。
くくると言っても、馬に乗せた状態ではない。賊の両腕を縛り、その反対側で鞍と呼ばれる馬の上に人が座る箇所へと結んでいるのだ。このまま走り出したら、確実に賊は馬に引きずり回されることになる。
「あの、ジーシさん? 何をやっているのかな?」
「二度とヘンルートゥ家を襲わぬよう、制裁です」
「衛兵に引き渡せばいいんじゃ⋯⋯」
「サミレット領に入っていれば、それでも良かったのですが、ここはサザス領内です。そもそも、サザス子爵の差し金という可能性もありますので、手っ取り早く逆らってはいけない相手だと覚えさせましょう」
うん? 何だか、ものすごく物騒なんだけど……。
「まったく、サザス領を迂回すると更に二週間かかるからと、ほんの少しお邪魔しただけで、ずいぶんなものですね」
「だからって引きずり回すのは、やりすぎじゃないかな」
「奥様、やる時は徹底的につぶさないと、仕返しにきます」
そういうもの? でもなぁ……。
「大丈夫です。ボスと呼ばれていた者には、これからみっちり話を聞きますから。安心なさってください」
「えぇ、絶対に経緯を吐かせてみせましょうね」
リーゼはやる気満々という顔で笑うけれど、その笑顔の明るさと言っていることのギャップがすごい。
「いやいや、ただの賊って可能性もあるからね」
「そうだとしても、奥様の乗った馬車を襲うなど言語道断。しっかりと話を聞く必要がございます」
あ、これは私が何を言っても無駄なやつだ。
大人しく、皆の気が済むまでやらせてあげよう……って、デーリッヒ兄が引いてるんだけど。
「というわけで、大変申し訳ございませんが、奥様は御者台に乗っていただくことは可能でしょうか?」
「え、うん。別にいいけど」
「デーリッヒ、御者を頼みます」
「あ、あぁ……」
私とデーリッヒ兄は並んで御者台へと座り、馬車の中にジーシとリーゼ、それから賊のボスが入った。
「ねぇ、もしかしてボスをサミレット領まで連れて行く気かな?」
「たぶん、ボスだけじゃない。賊全員を連れて行く気だな」
「え? まさか引きずってじゃないよね……」
「そのまさかだと思うぞ。ま、縄は短めにしてたし、頭は打たないだろう。考えるだけ無駄だ、諦めろ」
デーリッヒ兄は、どこか遠い目をしている。
そして、再び馬車はサミレット領へ向かって走り出す。
「なぁ、ジーシさんって何者なんだ?」
「リーゼじゃなくて?」
「そこもだけど、ジーシさんの方がおかしいだろ。上着の内側にびっしり小型ナイフを持ってたぞ」
「……そうなんだ?」
「しかも、ナイフには麻痺毒がしこまれてる」
「はい!?」
「ナイフがほんの少し掠るだけで倒れるなんておかしいから、ジーシさんに聞いたんだよ」
え、本当にジーシって何者なの?
デーリッヒ兄と顔を見合せる。
「知らない方がいいことって、あると思うんだ」
「たしかに……」
馬車の中で、ジーシとリーゼに下手したら……、いや、素直に答えなければ確実に拷問されているだろう賊のボスに、思わず同情をした。
そしてこのあと、すべて聞き出した二人から、賊はサザス子爵に雇われていたとを知ることになる。
ただ雇われただけなので、襲う理由は一切聞いていないそうだ。
それでも、ヘンルートゥ伯爵家の馬車を襲うのだから、サミレット領関係で間違いないだろう。
大人しくサミレット領を渡さないと酷い目に合うという警告なのか、本当に命を狙いに来たかは分からない。
ハッキリしたのは、サザス子爵が手を引くつもりも、手段を選ぶつもりもないということだ。




