29 『運命』を守るには〜ライラクスside〜
フラウアを出て、フーディエから借りた馬車に乗り、屋敷へと戻る。
事態は想像を超えて、厄介なものとなっていた。
王子を傀儡にしているフレシア公爵が、内乱を起こそうとしているとは考えにくい。
となると、他国との戦争を企てているのだろう。
けれど、それも私の予想でしかない。
「国王陛下は戦争を是とするだろうか」
愚王との話も聞かないが、宰相であるフレシア公爵が力を持ちすぎているのは間違いない。
国王陛下がフレシア公爵の傀儡だった場合、事態は深刻だ。
もっと国政にも興味をもつべきだった……。そう後悔したところで、もう遅い。
「旦那様、お帰りなさいませ」
出迎えてくれたアーネたちにローブを渡し、執務室へと向かうと、すぐに一通の手紙を書いた。
「ジーシ、この手紙を急ぎでファララス公爵家へと届けてくれないか」
「畏まりました」
問題は、ヴォレッカの実家へ連絡を出すかどうかだ。
知ったところで、ヴォレッカの両親にできることはない。
だが、自身の知らぬところで、領地の危機を迎えていたとしたら、どう思うだろう……。
「ヴォレッカに意見を聞きたいが、そうなるとヴォレッカに話さなければいけなくなる……」
知らない方が安全なのは、分かりきっている。
けれど、後で知ったらヴォレッカは絶対に怒る。
ヴォレッカに嫌われたくない。けれど、危険にさらしたくもない。
「どうすればいいんだ……」
伝えない方が良いということは分かっているのに、ヴォレッカのことになると迷いが生まれる。
誰かを好きになるって、こんなにも厄介だったのか……。
家族と屋敷の皆とだけ過ごす日々では、知りえなかった感情に翻弄され、考えが定まらない。
嫌われることが恐ろしくて、考えれば考えるほど、身動きが取れなくなりそうだ。
「……とりあえず、ヴォレッカを迎えに行った時に考えるか」
答えが出ないなら、直接顔を見て考えたらいい。
案外、顔を見たら、スッと答えが出てくるかもしれない。
少なくとも、同じ思考をひたすら繰り返すよりは、いいはずだ。
それに、今はやるべきことをこなさなくては……。
ヴォレッカを迎えに行った時に、話ができないかと手紙では書いたが、ファララス公爵は何かと忙しい。
今日中に手紙を読んでもらえるかも分からない。
もしかしたら、会えても来週かもしれないな……。
そうなると、ヴォレッカと共にサミレット領へは行けなくなる。
いや、もし公爵と会えたとしても、このタイミングで王都を離れるわけにはいかない。
王都から片道一週間かかるサミレット領へと行ってしまえば、何かあった時に対応が後手に回ってしまう。
仕方がないとはいえ、ヴォレッカと二人でゆっくりと過ごす時間を楽しみにしていたから、けっこう……いや、かなりキツイな。
「とにかく、サミレット領のことも、戦争を起こそうとしている可能性があることも、ファララス公爵に相談だな」
夕方、スーホに馬車を出してもらいファララス公爵家へと迎えに行けば、屋敷の中へと招き入れられた。
「旦那様がお待ちです」
「分かった」
まさか、本当に今日中に会えるとは。
私の持っている情報は、フーディエで買い取ったものとサミレット領でのことくらい。
情報屋から買ったとしか言えないが、果たしてどれくらい真剣に取り合ってくれるだろうか。
「失礼します」
「あぁ、この前の夜会ではありがとう。おかげでロゼリアが君のことを諦めてくれて、感謝しているよ」
「いえ、妻の機転のおかげです」
「君が彼女を妻に選んだからの結果だ」
満足げに公爵は言いながら、ソファへ座るように促してくれる。
「良いワインが手に入ったんだが、飲むかね?」
「いえ、帰ってからもやることがありますので」
「そうか。最近は鉱山から石をずいぶん買い付けて、サミレット領に送っているみたいだね。堤防でも作るのかな?」
「よくご存じですね」
「娘に君を諦めさせたくて、最近までずっと君のことを調べさせていたからね。気を悪くしたかい?」
笑いながら言われるが、正直いい気分ではない。
けれど、他者について調べるなんて、貴族間では当たり前のこと。いちいち気にしたところで、何にもならない。
「そんなことはありませんよ。では、フレシア公爵のこともお調べになっておられますか?」
そう聞いた瞬間、ファララス公爵の目つきに鋭さが増した。
「あぁ、常に調べているよ」
「でしたら、サミレット領がサザス領のものとなろうとしていることもご存じでしょうか?」
「それは、君のおかげで解決した話だろう?」
「いえ、国税の滞納と管理不足を理由に領地を返上させ、サザス領土にしようとしています」
「その通知が来たのかな?」
何故、自分も知らない情報を知っている? という視線に、無言で首を横に振る。
「懇意にしている情報屋から、その情報を買い取りました」
「それは、誰なんだい?」
「申し訳ありませんが、お答えできかねます。ですが、代々ヘンルートゥ家が懇意にしている情報屋です」
「なるほど。ヘンルートゥ家は先代の奥方が体調を崩してからは表に出てくることは減っていたが、それでも社交界の中で遅れをとることはなかった。よほど優秀な者なのだろうな。で、私に助けを求めて、連絡をしてきたのかい?」
その問いに、試されているような気分になる。
「そうでもあり、違うとも言えます。本当にフレシア公爵が戦争を企てているならば、私の手に負える範囲ではありません。なので、国のため、ファララス公爵の力をお借りに参りました」
「ほう、国のため……。その心は真かな?」
心を見透かすような公爵の視線に、やましいことなどないはずなのに、冷や汗が流れた。




