30『運命』の大切なもののために〜ライラクスside〜
「ま、国のためというのは嘘でも真でも、どちらでもいいのだけどね。その言葉を口にするのであれば、もう少し中枢にも目を向けるべきだな。言葉が薄っぺらく聞こえる」
「──っ。申し訳ありません」
「その素直さも悪いことではないが、相手によっては付け込まれる隙となる。気を付けた方がいい。それに、私のことを信頼してくれたのは嬉しいが、もっと警戒心を持つべきだよ」
ふっと漂っていた緊張感は解かれ、まるで子どもを諭すようにファララス公爵は言葉を紡ぐ。
成人してからというもの、両親や屋敷の者たち以外から初めて向けられた子ども扱いに、どうしたらいいのか戸惑った。
「ほら、その表情もだ。君は社交の経験が浅い。理由も分からないではないが、大切なものを守りたいと思うなら成長するべきだ」
「……何故、教えてくださるのですか?」
「娘が迷惑をかけた謝罪と、信頼を寄せてくれたことが嬉しかったからかな」
目じりのシワを深くして公爵は笑う。
その笑みが父を連想させ、自分がいかに未熟なのかを痛感する。
成人して、爵位も継いで、もう自分は大人だと思っていた。けれど、ただ年齢を重ねただけだった。
大人とは、何なのか。どういった存在なのか。自分がまだ守られる側なのだと、気付いてしまった。
「ははっ、そんなに怖い顔をすることかな?」
「え?」
「私の言葉が気に障ったのなら、謝罪しよう。だが、私と君とでは親子ほどに歳が離れている。昔の自分を見ているようで、どうしても心配になるんだよ」
ただただ今の自分と公爵の差を感じ、敵わないという気持ちと、憧れにも似た気持ちだけが膨らんでいく。
だけど、もう私には守りたい人がいる。ならば、自身もそうならなければならない。
対等に並べるように、いや、超えるような人物にならなければ……。
「ありがとうございます。ご助言、とても有難く思います」
吸収するんだ。
今はまだその背中は遠くても、確実に近づくために……。
「君は本当に、気持ちがいい若者だな。つい、手を貸したくなってしまいそうだ。さて、忠告はこのくらいにして、ライラクス、君がフレシア公爵が戦争を企てていると思った理由を聞いてもいいかな?」
名前を初めて呼ばれたことに、真剣みを帯びた声に、背筋が伸びる。
「ご存知かと思いますが、サミレット領は麦の生産地です。領地自体は広大とは言えませんが、領内では麦を含む農作物の栽培が盛んに行われています。その点に目をつけられたのではないかと私は考えています」
「ふむ。たしかに、農作物は欠かせないな。だが、それだけでは戦争に結びつけることは難しい」
「はい。その点だけであれば、遠縁に新たに領地を与え、自身の力をさらに大きくしようとしているだけに思えたでしょう。ですが、フレシア領は五年前に鉄製品を扱う大きな工房を作っています」
「それで?」
「そこは鉄鉱石の仕入れ量に比べて、売りに出している鉄製品があまりにも少ないそうです」
私の持っている情報はすべて出した。
もう何もない。
「なるほどな。では、表に出していないものがあると? 他にも情報はあるのかな?」
「……ありません。ですが、危険視するには十分かと!」
「そうだな。危険視だけなら、ずっと前からしているよ。あの男が宰相になる前からな。だから、ライラクスの言いたいことはよく分かる。だが、君の情報だけでは他者を動かすのには、弱い。分かるね?」
「はい……」
「で、ライラクスは私にどうしてほしいんだい?」
あぁ、また試されている。
ここに来てからというもの、私はずっと公爵の手のひらの上で転がされてばかりだ。
でも、それでもいい。
話を聞いてもらえた。無下にもされていない。
大して関わりのなかった私に対して、十分過ぎる対応だ。
「……私をファララス公爵の派閥、護国派に入れてもらえないでしょうか?」
フレシア公爵を止める力は、私個人にはない。
ならば、その力を有するところに所属することで、仲間と情報を集めるしかない。
「本気かい? 君は人と関わるのが苦手なんだろう?」
「……おっしゃる通り、私は人付き合いを避けてきました。ですが、ヴォレッカの……妻の愛する故郷を、彼女が帰れる場所を守るためなら、何でもします」
本当の気持ちを隠して、国のためだとまた口にしたところで、どうせ見破られてしまうだろう。ならば、いっそのこと正直に話してしまえばいい。
公爵はそれを否定したり、馬鹿にしたりはしないのだから。
「青臭いな……。本当にボルダルにそっくりだ」
「父とですか?」
「あぁ、知らなかったか? ボルダルは、夫人が社交界の花と呼ばれていた頃、私と共に護国派を支えていたんだ。夫人も、ずいぶんと様々な情報を集めてくれていたよ」
「そんなことが……」
知らなかった。
私の知る父は、いつも家族を大切にしてくれる、勤勉で穏やかな人だ。
母だって、心労で倒れても、私の前では微笑み、明るさを絶やすことはない。
そんな二人が派閥に属し、誰かと対立する姿など想像もつかない。
「護国派に入れば、フレシア公爵率いる宰権派を敵に回すことになる。そうなれば、君の妻も無関係とは言えない」
「それでも私は、妻の大切なものを守りたい。私を護国派に入れてください」
ファララス公爵に頭を下げる。
部屋の中には沈黙が流れ、緊張で心臓の音がうるさい。
「頭を上げなさい。君を受け入れるのに、条件が二つある」
「何でしょうか?」
「まずは、ライラクスと縁のある情報屋の力を借りたい。その者との交渉はすべて君に任せる。できるだろうか?」
「情報屋がどこの誰であるか、詮索を一切しないでいただけるのであれば、可能かと」
「そうか。では、あと一つだが、護国派に入ったことと、その理由を奥方に伝えるように」
「妻に……ですか?」
そうなれば、ヴォレッカは確実に首を突っ込んでくるだろう。
領地を守るために、単身で王都まで婚姻相手を探しに来たくらいだ。
何もしないわけがない。
「……必ず、言わなければなりませんか?」
「教えないことが、守ることではないよ」
見透かされたような言葉に、息をのむ。
どうして、こんなにも私の考えていることが分かるんだ?
「派閥に入ったことくらい伝えたところで、何も起きやしないから安心しなさい。それに、知りすぎれば危険だが、知らないということは弱点になるからね。奥方を君の弱点にしたくはないだろう?」
そうだが、本当にファララス公爵の言っていることは正しいのか?
知った方が危険なのでは、という不安が消えない。
「ライラクス、サミレット領を守りたいのであれば、一人で背負うな。奥方と共に背負え」
迷いなく断言された力強い言葉。
その言葉に、無意識のうちに頷いていた。
たくさんの方に読んでいただき、本当に嬉しいです。
ブックマークや評価もありがとうございます!!
本作の他にも11月に2巻が発売する『悪役令嬢にざまぁされたくないので、お城勤めの高給取りを目指すはずでした(Web版)』を毎週金曜日に更新しています。
また、『好きです。騎士団長様の愛人にしてください!!』などの完結作もございます。
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