28『運命』は、リーゼについて知る
ロゼリア様は、時々何か言いたげな顔をするけれど、特に何かを言うこともなく、和やかにお茶会は進んでいく。
「とても楽しかったです」
そろそろ帰る時間となり、そう言った私に、ロゼリア様はやはり何か言いたげに、けれども迷いのある顔をする。
私は、言い淀んでいるロゼリア様から視線を外し、美しい薔薇のアーチを見た。
「この温室もですけど、ファララス公爵邸は、とても丁寧に手入れされていますよね。使用人の方々の表情も明るいですし、公爵家にお仕えできていることを誇りに思っているのが伝わってきます」
夜会が開かれた時も、今日も、ファララス家の使用人たちは、背筋を真っすぐに伸ばしていて、下を見ている人がいなかった。
慌てることも、退屈そうにすることもなく、きびきびと動いていた。
きっとリーゼもそうやって働いていたのだろう。
「……リーゼのことですよね?」
これだけ迷うのだ。
言わなければという気持ちと、本当に言ってもいいのかという葛藤があるのかもしれない。
「リーゼには、この話を聞いたと言わないでほしいのだけど……」
普段の様子とは異なり、おずおずと話すロゼリア様に、私の中でもほんの一瞬の迷いが生まれる。
本人のいないところで、知られることを望んでいないことを聞いてもいいの……かな。
そう思うけれど、これだけ迷ってロゼリア様は口にしたということは、リーゼがヘンルートゥ家で生活していくにあたり、知っておいた方がいいのだろう。
だけど──。
「すみません。絶対に話さないとは、お約束できません」
その方が良いと感じたら、言うかもしれない。
できない約束は、しない。
真剣な人相手にな、真剣に向き合わないと。
「……え、話すの?」
「必要だと感じましたら」
少しの間、ロゼリア様は何も言わず、唖然とした表情で私を見た。
もしかしなくても、これは言わなくてもいいことを言ったのでは?
でもなぁ、守れなくなるかもしれない約束をするのはなぁ……。
「そう……ね。必要だと感じたら、話してもいいわ。もし、時間に猶予があれば、話す前に相談してくれるかしら?」
「分かりました」
しっかりと頷けば、ロゼリア様は肩の力を抜いた。
そして、ぽつりぽつりと話し出す。
「私は、リーゼを守れなかったの。だから、一生消えない心の傷を負わせてしまったわ」
痛みを堪えたような声で静かに言葉を紡いでいく。
リーゼだけではなく、ロゼリア様もまた傷ついているのが伝わってくる。
「少し前に、私の装飾品がなくなったのよ。リーゼは、私の化粧をしたり、装飾品を選んだりするのが担当だったの。なくなった時、真っ先に疑われたのは彼女だったわ。もちろん、誰かがそのことを口にしたわけじゃない。でも、その話が出た時に、私の専属侍女たちは皆がリーゼを見たのよ」
「それは、ロゼリア様の装飾品を管理しているのもリーゼだからですか?」
「管理は別の者がしているわ」
「じゃあ、何で……」
「普段から、侍女たちの間でリーゼは少し浮いていたの。たぶん、それが一番の原因じゃないかと私は思っているわ」
え? 浮いていただけで?
そう思うけれど、きっとたくさんの人が働く中で、それは重要なことなのだろう。
「私の装飾品に簡単に触れられるのは、私と専属侍女だけなのよ。無意識に疑いたい人物の方を見てしまったのでしょうね。だって、普段から仲良くしている相手を疑いたくはないでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「それに、リーゼは没落した男爵家の令嬢でね、他の侍女たちに比べて身分が低かったのよ。元貴族という立場だと、我が家では下働きとしてしか雇えないわ。でも、リーゼの美容への知識と技術をかって、私が彼女を専属侍女にした。そのことが、気に入らないという者も少なからずいるのよ。皆、態度には出さなかったけれど、いつまで経っても浮いていたというのがその証拠じゃないかしら」
あぁ、そういうことか。
顔にも態度にも出さなくても、心のどこかで嫉妬する気持ちは簡単に芽生えるんだろうなぁ。
相手を無意識に下に見ていれば、余計に。
「リーゼ自身、お金に困っているんですか?」
「いいえ。借金はないし、贅沢さえしなければ、我が家の給金で十分家族と暮らしていけるわ」
「では、そのことはロゼリア様の侍女たちは知ってるんでしょうか?」
「知らないわ。だから、ヴォレッカの予想通り、お金に困っていると思われている可能性もあったわね」
そうかぁ。そういうことだったのか。
もし、リーゼと親しくしている侍女が一人でもいたら、違う未来が待っていたのかもしれない。
今もファララス公爵家に仕えられていたのかもしれない。
でも、その未来はもう来ない……。
「犯人は、見つかったんですか?」
「えぇ、その者は既に解雇してあるわ。装飾品も戻ってきている。好きな男に貢ぐお金がほしかったそうよ。そんなことのために、リーゼは疑いの視線にさらされたの。……問題は解決したけれど、他の侍女たちとリーゼの間の溝は、もうどうにもならないほどに深くなってしまって、リーゼは視線を向けられることを恐れるようになったわ。私が、リーゼを専属侍女にしなければ、こんなことにはならなかったのに……」
最後の一言に、ロゼリア様の後悔が詰まっていた。
きっと事件があった日から、ずっと思い続けていたのだろう。
「ロゼリア様、それは関係ないですよ。混ぜて考えたら、駄目です」
自分のせいにしたくなる気持ちは分かる。
だけど、専属侍女になった時にリーゼはどう思ったんだろう。
ロゼリア様に選ばれて、化粧を施すようになって、どんな気持ちで働いていたのかな。
きっと、それは……。
「リーゼは、ロザリア様の専属侍女になれた時、喜んでいませんでしたか?」
「……とても、喜んでいたわ。頑張ります! って、すごく張り切って、私の肌に合う化粧水や石けんを手作りしてくれたのよ。化粧品を購入する時は、私よりも真剣で、途中からすべてリーゼに任せたくらいだわ。だって、化粧品に何が使用されているのかを逐一確認して、検討するんですもの。そんなことをした侍女はリーゼが初めてだったの。商人も驚いていたわ」
うん、すっごくリーゼらしい。
ロザリア様の役に立ちたくて、一生懸命だったんだろう。
きっと今だって、お役に立ちたいという気持ちは消えていない。
その言葉は取り消してしまったけれど、ロゼリア様のことをリーゼは今も慕っている。
「まだリーゼが作った化粧水と石けんはありますか?」
「……そろそろ無くなりそうよ」
「ほしいって思います?」
失礼な言い方になってしまったけれど、他にどう聞いていいか分からなかった。
でも、大丈夫。きっとロゼリア様は言い方なんて気にしないし、私の意図を正確に汲み取ってくれるはず。
「えぇ、できることなら、作ってほしいわ」
「じゃ、頼んでおきますね」
ほら、大丈夫だった。
ねぇ、リーゼ。あなただけじゃないよ。
ロゼリア様も、リーゼのことを気にかけているよ。
「リーゼは、ロゼリア様のことが今も好きですよ」
過去は変えられないし、疑いの視線にさらされて傷ついた心は、そう簡単に癒えるものではないだろう。
もしかしたら、その痛みを一生抱えていかなければ、ならないかもしれない。
それでも、リーゼは一人じゃないよ。
「私も、リーゼが好きだわ。だから、私の専属侍女から外して、ヘンルートゥ家にお願いしたの」
泣きそうな顔で、ロゼリア様は笑みを浮かべた。
日付またいじゃいました……




