18『運命』は、イチャイチャが分からない。
ライラクスと手を繋いで寝てから、数日が経った。
どうやら手繋ぎは好評のようで、その日から毎日施行されている。
何でも、悪い夢を見ないんだとか。
誰かいると思うと安心するのかな? なんて思いつつ、ベッドからシーツを引っぺがす。
新しいシーツを敷いていると、控えめなノックが聞こえた。
「はーい、どうぞー」
そう言うと、ライラクスが入ってきた。
「忙しいところ、すまない。ヴォレッカに頼みがあるんだ」
「いいですよ」
シーツを敷く手を止め、真剣な表情のライラクスに二つ返事で了承すれば、ぐっと眉間にシワを寄せられる。
「……まずは、何を頼みたいか聞くべきじゃないかな?」
「んー、そうなんですけど、ライラクスの頼みはすべて叶えると決めているので」
「私が悪い人だったら、どうするつもりなんだ?」
「そしたら、私も悪いことしますかね」
領地の恩人なのだから、当然だよね。
そう思って答えれば、ライラクスは頭を抱えてしまった。
「そんなに頭の痛くなるような頼みなんですか?」
「私が別の意味で頭を抱えていると分かってて聞いてるよね?」
「あ、バレました? 話が長くなりそうだったので、頼みだけ先に知りたいと思いまして」
私は早くみんなのシーツ交換をして周りたいのだよ。
お説教を聞いている時間は予定していない。というか、お説教されるの嫌だ。
「あのなぁ、嫌なことはきちんと嫌だと言わないと駄目だろ」
「……言いますよ? ライラクスの頼みなら、どんなことでも喜んでやるってだけです」
「そういうところだよ……」
盛大なため息をつかれるけれど、これはもう決定事項なのだから、諦めてほしい。
きっと私の両親も同じ気持ちのはず。
三層構造の堤防で領地を守れたなら、生涯……、ううん、代々サミレット家はヘンルートゥ伯爵家の恩を忘れないだろう。
「それで、頼みって何なんですか?」
早くしないと、シーツ敷きながら聞くよ?
恩もあるし、何でも頼みは聞くけど、それはそれだ。
このあとシーツを洗って干したいし、手際よくやらないと夕方までにシーツが乾かなくなる。
「明日の夜会、一緒に来てほしいんだ」
「分かりました」
「それで、その……」
「何ですか?」
「主催がよりにもよって、ファララス公爵家でな。断れなかったんだよ。すまない」
「別に謝るようなことではないかと。公爵家が相手であれば、断れないのは普通でしたよね?」
ヘンルートゥ伯爵家より、ファララス公爵家の方が爵位が上だ。
爵位が高い順に、王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっていて、いくらヘンルートゥ伯爵家が裕福といえど、国の内政に関わっている公爵家の誘いを断るのは不可能に近い……はず。
「そうなんだが、ファララス公爵家の令嬢がだな……」
「あぁ、ライラクス大好きなんですね。あれ? よく公爵令嬢からの求婚を断れましたね」
「公爵は娘と私との婚姻を望んでいないからね。伯爵家に嫁がせるより、もっと有力な家に嫁がせたいと考えているんだよ」
「わぁ……。貴族って感じですね」
「ヴォレッカも貴族だけどな」
それはそうだけど、私には関係のない話だったしなぁ。
「私は普通にライラクスと夜会に出ればいいんですか?」
「できるだけ仲睦まじくしてもらえると助かる。公爵から頼まれたんだよ」
「え? 何で公爵からそんなことを」
「娘を諦めさせるために、私とヴォレッカには片時も離れずにくっついていてほしいそうだ」
「つまり、イチャイチャしてほしいと」
「そうなるかな」
なるほど。公爵に恩を売っておくのは、ヘンルートゥ伯爵家にとって良いことなのかもしれない。
イチャイチャするのはいいとして、問題が一つ……。
「あの、イチャイチャってどうやってすればいいんですか?」
まったく見当がつかない。
お義母様が帰る前だったら意見を聞けたのになぁ。
「とりあえず、にこやかに会話でもしてればいいんじゃないか?」
「ですかねぇ……」
うーん。それだと、友人との距離感と変わらない気がする。
かと言って、正しいイチャイチャが分からない。
「ちょっとイチャイチャについて調査しておきますよ」
「調査って?」
「屋敷のみんなに聞いてみようかと」
「……頼むからやめてくれ」
ガシッとライラクスに肩を掴まれる。
そのことに、そういえば互いに距離感が近くなったものだなぁと思う。
「あ!」
「何だ?」
「いいこと思いつきました! あとでアーネたちに相談しておきます」
「今じゃ駄目なのか?」
「はい。今からシーツ交換に回って、そのあとシーツを洗って干したいんです。なので、夜までに聞いておくので報告しますね」
「……何を相談するんだ?」
「まだ内緒です。できるって分かったら、お教えしますよ。あの、念のため確認しておきたいことがいくつかあるんですけど」
「何だ?」
「ファララス公爵令嬢に、過去に何かされたことはありますか?」
そう聞いた瞬間、ライラクスの瞳にわずかに怯えの色が見えた。
「彼女はだな……屋敷に何度も押しかけてきたことがあった。それと、最近はないが夜会で付きまとわれてた時期も少し。あとは……」
「あとは?」
「媚薬を盛って部屋に連れ込もうと企んできたこともあったかな……。さすがにそれ以降は、接触しないように全力で避けている。彼女のいる夜会はすべて行っていないよ」
おぉう、盛大にやらかしていたか……。
「それでライラクスは大丈夫だったんですか?」
「給仕から直接受け取ったもの以外、口にしないことにしているから大丈夫だよ。その飲み物は、私を目の敵にする男に渡したけどね」
「え?」
「彼、若い男が大好きなマダムにおいしくいただかれたみたいだよ?」
あ、この人、女性が関わらなければ強かだわ……。
というか、敵に回したくないタイプだ。
「そこまでライラクスが好きだと、イチャイチャくらいじゃ諦めてもらえないかもしれませんね」
「そうだな……」
ものすごく疲れた顔をしていて、ライラクスが気の毒だ。
私がものすごい美人ならイチャイチャだけでも諦めてもらえたかもだけど、それは無理だし。
つまり、イチャイチャにプラスαが必要ってことかぁ。




