4: タミルの病気とシックポーション
よろしくお願いします。
タミルの家にお邪魔した日から一週間くらい経った。
「ティファレット様、旦那様がお呼びです」
自分の部屋にいた私に侍女が声をかけた。
(どうしたんだろ?)
私はお父様の執務室に向かった。
「ティファレット、タミル君のことを聞いているかい?」
「? タミル、どうかしたんですか? 最後に会ったのは一週間前くらいでしたけど……」
最近、私は錬金術の工房を開く準備で忙しい毎日を送っていた。
「先ほど王城に行ったんだが、タミル君が体調を崩して休んでいると聞いたよ。知っていたか?」
「全然知りませんでした。お父様、教えてくださってありがとうございます。私、タミルのところへお見舞いに行きます」
(タミル……この前体調に気をつけてって、言ったばかりなのに……。そうだ、体調を崩しているならシックポーションを作って持っていこう)
シックポーションは病気や毒に特化している飲み薬のことだ。錬金術師学校の教材に載っている生成書から生成することができ、素材も集めやすく簡単に手に入るものを使って作ることができる。
私が錬金術師になって驚いたのは、錬金術で生成したシックポーションを使えば、医者のように病気を治すことができることだ。
でもこの国では広まっていない。
この国の代表となるのは農業だ。それは筆頭王宮錬金術師であるキーミル伯爵の功績が大きい。キーミル伯爵はどんな天候でも同じように農作物ができる肥料を錬金術で生成したことを評価されて筆頭王宮錬金術師になったと調べて知った。
錬金術師は芸術家だ。残念だけど、この国にいる錬金術師には医学は興味のあるテーマとは思えていないんだろう。
だから、この国では医者に診てもらうことが今でも一般的だ。
(私は今後シックポーションを広めていきたいと考えているけど、そうすると医者から目をつけられるかもしれない。まぁ、今の私にはタミルを治すことが先だけどね)
早速私はシックポーションを生成するために錬金術の準備に取り掛かった。
錬金術は錬金釜と呼ばれる部屋のスペースの1/3を占領するほどの大釜を使って行われる。まだ工房は準備中なので、錬金釜は自分の部屋にあった。
錬金術が無事成功すればシックポーションが出来上がる。失敗すれば黒い炭が出来上がる。シックポーションは全て作成書に書いてあるので、材料と分量を間違えさえしなければ失敗することはない。
シックポーションの素材と分量はブドウハナ50g、蒸留水200cc、砂糖20g、粗塩20g、300ccのガラス瓶だった。
ブドウハナは小さな色々な紫色の花がたくさん集まって葡萄のように見える花で、年中咲いている。咲かせるのも難しくないし、綺麗なので貴族の家には大体咲いている。もちろん、うちにもある。私は家の庭師に頼んで必要量をもらった。
(しっかり素材を計量して、錬金釜に入れてと……)
材料を入れてしばらく待つ。すると錬金釜の中から白い光が放たれた。光が消えるのを待って、錬金釜に手を入れてできたものを取り出して確認する。
(よし、無事にできたわ)
出来たシックポーションを確認すると、赤字で‘錬’の字と、黒字で私の印である月の中にTが付いていた。ちゃんとシックポーションは完成していた。
シックポーションは即効性があるので、病気や毒なら一本飲めば治るものだ。シックポーションをカバンに入れて、私はタミルのタウンハウスへ向かった。
玄関の前に着き、呼び鈴を鳴らすと家令のマイルドがやってきた。
「ティファレット様、こんにちは。タミル様のお見舞いに来てくださったのですか?」
「ええ、そうよ。薬を作って持ってきたの。タミルの具合はどうかしら? 直接会って渡せそう?」
「ありがとうございます。さっき、食事のために起きていらっしゃいましたので、大丈夫だと思います。ご案内いたしますね」
私はマイルドに案内されてタミルの部屋に向かう。
「そういえば、ローウェルのおじさまはご在宅なのかしら?」
「旦那様は今日は王城に行かれております」
「……そうなのね。当たり前だと思うけど、タミルが具合悪いことは知っているのよね?」
「はい。体調を崩してすぐに王城の旦那様にご連絡をいたしましたので、ご存知です」
「そっか。でも仕事だから心配でもなかなか休めないわよね」
「そうでございますね。旦那様は宰相というお立場ですので」
部屋の外からマイルドが声をかけた。
「タミル様、起きていらっしゃいますか? ティファレット様がお見舞いにおみえになりました」
「……起きてるよ。ティファが来てくれたの? 入ってもらって……」
覇気のない声が調子の悪さを物語っていた。マイルドと一緒に部屋に入った。マイルドは入り口で控えており、私はタミルのベッドの傍に行く。
「……ティファ、来てくれて嬉しいよ」
タミルは生気がなく、やつれて血の気が引いているように見えた。
「……タミル、大丈夫? ……そういえば、お医者様には診てもらった?」
(シックポーションを持ってきた私が聞くのもなんだけど、医者に診てもらって薬を出してもらっていたら、シックポーションは必要ないかもしれない)
「……」
何も答えないタミルの代わりにマイルドが答えた。
「はい、私は心配で何度もお医者様を呼びましょうと進言いたしましたのですが、タミル様が嫌がって呼んでおりません」
「……」
タミルは気まずそうな顔でそっぽを向いていた。
「……そうなんだ」
(そういえば、タミルは昔からお医者様が嫌いだったな)
そのせいでベッドで寝込んでいることが長引いていた。
「あのね、私、シックポーションっていう病気を治す薬を作ってきたんだけど、飲めるかしら?」
私はカバンからシックポーションを取り出し、タミルに渡した。
「ティファが作ってくれたの……ありがとう。早速飲んでみるよ」
タミルはシックポーションを飲んだ。
「……タミル、調子どうかな? よくなって……なさそうだね」
しかし、見た感じでは、タミルの様子は飲む前と変わっていないようだった。
「うん……せっかく作ってくれたけど、……変わってないかな」
(病気になって体調を崩したんだと思ったけど、違うのかな……?)
「そっか……」
(シックポーションが効かないとなると、病気や毒じゃないのかな? そうするとあと考えられるのは、呪いの類か……)
体調を崩す原因として、病気、呪い、毒の三つを疑うのが錬金術師の中では一般的だった。
夜会でのタミルの人気を目の当たりにした私は、タミルに一方的な好意を持つ女性からの呪いの可能性もあるのではないかと思った。
「タミル、社交界で女性に付き纏われたりする?」
「……気にしていないからわからない。なんでいきなりそんなことを聞くの?」
タミルが怪訝な顔をする。
(全然身体の調子とは関係ない話だもんね)
「いきなり変なこと聞いてごめんね。ちょっと気になって」
私はまさか呪いを疑っているとは言えず、濁した。
「……ティファが嫉妬して聞いてくれたのなら嬉しいけど」
「えっ?」
タミルがぼそっと何か呟いたけど聞き取れなかった。
「ううん、なんでもない」
「……私、他にも考えてみるね。申し訳ないけど、タミルの髪の毛を二十四本もらっていい? 多くてごめんね、錬金術で使いたいの」
「わかった。大丈夫だよ」
私はカバンからハサミを取り出し、タミルの髪の毛をわかりにくいところで何箇所か切らせてもらった。
「ありがとう。今日はタミルも身体が辛いだろうから、もう帰るね」
「ああ、シックポーションだっけ? 作ってきてくれてありがとう」
「ううん、効かなくてごめんね。タミル、ゆっくり休んでね。またお見舞いに来るね」
「ありがとう」
私はマイルドと共にタミルの部屋をあとにした。
「それじゃあ、またお見舞いに来るわ」
「はい、よろしくお願い致します」
お読みいただきありがとうございました。




