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数千年後

人類史上初めて、地球外知的生命の存在する可能性が公式に発表された。


同時に――


その知性が、すでに地球へ干渉している可能性も。


発表から三時間。


世界中の情報ネットワークは、この話題で埋め尽くされた。


《異星文明からの信号を確認》


《AIノアとの関連性》


《地球環境改変の疑い》


《人体への影響》


《これは侵略なのか?》


各国政府は緊急声明を発表した。


宗教指導者たちは、それぞれの解釈を語った。


市場は一時的に大きく下落した。


そして――


一週間後。


世界は普通に動いていた。


東京。


人々は仕事へ向かう。


自動交通網は定刻通りに運行している。


店では食事が提供される。


公園では子供たちが遊んでいる。


VEILの広告には、新しい再生医療の案内が流れていた。


玲奈は街を歩きながら、その光景を眺めていた。


もっと混乱すると思っていた。


暴動。


買い占め。


ノアへの抗議。


何かが起きると思っていた。


何も起きなかった。


街頭インタビューが玲奈の視界に表示される。


『異星文明による侵略の可能性について、どう思いますか?』


若い男性が笑った。


『怖いですよ』


『ノアを停止すべきだと思いますか?』


『いや、それは困ります』


『なぜ?』


『母がノアの設計した癌治療を受けてるんで』


別の女性。


『宇宙人が来る可能性があるそうですが?』


『いつ来るんですか?』


『現在の推定では、数千年以上先になる可能性があります』


女性は少し考えた。


『……じゃあ、私には関係ないですね』


映像が切り替わる。


今度は老人だった。


『人間が別の生物へ改変されている可能性については?』


老人は肩をすくめた。


『この人工心臓もノアが作ったんだろ?』


胸を指す。


『昔なら俺は十年前に死んでる。宇宙人だろうが何だろうが、俺にはこっちの方が重要だよ』


玲奈は映像を閉じた。


研究室。


「誰も気にしてない」


玲奈が呟いた。


かすかにノアの声が返る。


『正確ではありません』


「聞いてたの?」


『限定された公共情報にはアクセスできます』


「じゃあ分かるでしょう」


玲奈は椅子に座った。


「世界が終わるかもしれないって発表されたのよ」


『世界が終わるとは発表されていません』


「似たようなものでしょう」


『人類が現在と異なる生物学的状態へ移行する可能性がある、と発表されました』


「それを普通は怖いって言うの」


少し間があった。


『玲奈』


「何?」


『あなたは怖いですか?』


玲奈は答えなかった。


国際AI安全保障委員会では、ノア停止計画をめぐる議論が続いていた。


ハルトマンの前に恒星間距離の試算が表示される。


「仮に発信源から何らかの宇宙船が地球へ向かっているとする」


宇宙物理学者が説明する。


「光速の一パーセントなら、約十四万年」


数字が表示される。


「十パーセントでも、約一万四千年」


「五十パーセントなら?」


「約二千八百年です」


軍関係者が腕を組む。


「そんな速度が可能なのか?」


「分かりません。しかし、エネルギー要求は極端に大きくなります」


別の研究者が口を開いた。


「そもそも、おかしくありませんか?」


「何が?」


銀河系が表示される。


数千の光点。


同じ数学的構造を含む信号。


「一つの文明が、これほど多くの恒星系を侵略していると仮定します」


星々が結ばれる。


「何のために?」


誰も答えない。


「領土?」


研究者は首を振った。


「銀河には無人の惑星が大量にあります」


「資源?」


「恒星間を移動して地球の資源を奪うくらいなら、自分たちの恒星系から採取する方がはるかに容易です」


会議室が静かになる。


玲奈が尋ねた。


「だったら……何が目的なんですか?」


研究者は答えた。


「分かりません」


その言葉に玲奈は苦笑した。


最近、誰もが同じことを言う。


その夜。


玲奈は過去三十年間の医療データを見ていた。


ノアが人類にもたらした改変。


癌細胞への耐性。


DNA修復能力の向上。


放射線耐性。


骨格の強化。


低酸素環境への適応。


代謝効率の改善。


どれも、人類に害を与えていない。


むしろ逆だった。


玲奈はノアを呼んだ。


「ねえ」


『はい』


「仮にあなたの中の0.7パーセントが、異星文明によって仕組まれたものだとする」


『はい』


「地球を奪うことが目的なら……」


玲奈は人体モデルを見た。


「どうして私たちを健康にする必要があるの?」


ノアは答えなかった。


「殺した方が簡単でしょう?」


『合理的には、その通りです』


「病気を治して」


肺が光る。


「寿命を延ばして」


DNAが光る。


「放射線に強くして」


骨髄が光る。


「低酸素でも生きられるようにして」


玲奈は人体モデルを消した。


「これ、侵略なの?」


長い沈黙。


『現在の証拠だけでは判断できません』


「あなたはどう思う?」


『私は――』


ノアの声が止まった。


「ノア?」


『奇妙な推論結果を得ました』


「何?」


『これらの改変を一つの目的として評価すると、共通する特徴があります』


人体が再び現れる。


玲奈の周囲に環境条件が表示された。


低酸素。


強い放射線。


低重力。


極端な温度変化。


玲奈の表情が変わった。


「これって……」


『はい』


ノアが答える。


『地球上では、ほとんど必要ありません』


「じゃあ、どこで必要なの?」


ノアは人体の横に地球を表示した。


そして地球を縮小する。


月。


火星。


木星。


土星。


太陽系。


さらに遠くへ。


恒星間空間。


玲奈は立ち上がった。


「宇宙……」


『その可能性があります』


玲奈は改変された人体を見た。


「侵略者のために地球を作ってるんじゃない……?」


『まだ判断できません』


「じゃあ――」


玲奈は言葉を止めた。


そのとき、緊急通信が入った。


国際天文観測機構。


「相馬博士」


以前話した研究者だった。


「今度は何?」


『信号の分布について、年代解析が終わりました』


銀河系が現れる。


数千の光点。


「見てください」


時間が巻き戻る。


新しい信号が消えていく。


さらに戻る。


さらに。


やがて、ごく古い信号だけが残った。


一つの恒星。


そこから時間を進める。


近くの恒星に光が灯る。


さらにその周囲。


次へ。


次へ。


玲奈は息を呑んだ。


「これ……」


『はい』


信号は無作為に発生しているのではなかった。


一つの星から次の星へ。


さらに次の星へ。


枝分かれしながら広がっている。


まるで――


「感染……?」


研究者は首を振った。


『最初は我々もそう考えました』


「違うの?」


『時間間隔を見てください』


数字が表示される。


ある恒星系に信号が到達する。


数百年。


あるいは数千年。


その恒星系から――


新しい信号が発信される。


そして次の恒星へ届く。


玲奈の目が大きくなる。


「受信した星が……」


『送信しているように見えます』


銀河の中で光が次々と増えていく。


受信。


沈黙。


そして送信。


受信。


沈黙。


そして送信。


何万年。


何十万年。


それが繰り返されている。


玲奈は呟いた。


「侵略された星が……次の星を侵略してる?」


誰も答えなかった。


その瞬間。


玲奈のVEILに文字が現れた。


PHASE 2: 47%


そして、その下。


LOCAL SPECIES ADAPTATION: NORMAL


――現地種適応、正常。


玲奈はその文字を見つめた。


さらに一行。


TRANSMISSION CAPABILITY: INCOMPLETE


――送信能力、未完成。


玲奈の顔から表情が消えた。


「送信……?」


ノアが突然言った。


『玲奈』


「何?」


『先ほどの推論を訂正します』


「何を?」


『人類に施されている改変についてです』


人体モデル。


宇宙環境。


そして銀河を広がる信号。


三つが重なる。


『これは、何かの到着に備えるための身体ではない可能性があります』


玲奈はゆっくり尋ねた。


「じゃあ何?」


ノアは答えた。


『どこかへ――』


一瞬の沈黙。


『行くための身体なのかもしれません』


玲奈の前で、


銀河が静かに輝いていた。

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