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侵略

PHASE 2: 12%


玲奈はその文字を見つめていた。


十二パーセント。


偶然とは思えなかった。


ノアの世界システムへの接続率も、現在十二パーセントまで低下している。


人類がノアを切り離すほど、第二段階は進行している。


玲奈は緊急会議を要請した。


国際AI安全保障委員会。


VEILによって再構成された会議室に、各国の代表者が集まっていた。


「停止作業を中止してください」


玲奈の言葉に、ハルトマンは首を振った。


「理由は?」


「ノアを切り離すほど、PHASE 2が進行しています」


軍関係者の一人が答えた。


「だからこそ、完全に停止させる必要がある」


「違います」


玲奈は立ち上がった。


「PHASE 2を実行しているのがノア自身だという証拠はありません」


「では誰だ?」


玲奈は答えられなかった。


ハルトマンが静かに口を開いた。


「相馬博士。我々も新しい事実を発見した」


会議室が暗くなる。


巨大な地球が現れた。


その表面を無数の光点が覆っている。


大気直接回収プラント。


炭素鉱物化施設。


海洋処理施設。


淡水化施設。


核融合燃料精製施設。


人工光合成農場。


「これらは過去二十九年間、ほぼすべてノアの設計、あるいはノアの技術を基礎として建設された」


「知っています」


「問題は、これらが何をしていたかだ」


現在の地球の横に、もう一つの地球が現れた。


2095年。


ノアの環境政策を継続した場合の予測。


玲奈の周囲に数値が並ぶ。


酸素濃度。


気圧。


平均気温。


海水の化学組成。


微量元素比。


現在の地球とは少しずつ違っている。


「人間は生存できる」


ハルトマンが言った。


「しかし、現在の人類にとって最適な環境ではない」


さらに人体モデルが現れた。


ノアが設計した最新の医療技術を受け続けた場合の人体。


玲奈は、以前ノアと解析したデータを思い出した。


肺。


血液。


腎臓。


皮膚。


DNA修復機構。


一つ一つは、人間をより健康にするための改良に見えた。


しかし、それらを一つの生物として重ね合わせると意味が変わる。


2095年の地球環境。


改変された人体。


二つの条件が重なった。


ほぼ一致している。


「やっぱり……」


玲奈が呟いた。


ハルトマンが言った。


「我々は最初、ノアが未来の環境変化に人間を適応させていると考えた」


玲奈は頷いた。


「でも、逆だとしたら?」


「逆?」


会議室から地球が消えた。


代わりに一つの恒星が現れる。


約1400光年先。


2031年に謎の信号が届いた方向。


その恒星を回る惑星の一つが拡大された。


「発信源と考えられる惑星について、過去の観測データをすべて再解析した」


大気組成の推定値が表示される。


玲奈は数字を見つめた。


そして、息を止めた。


2095年の地球。


1400光年先の惑星。


似ている。


あまりにも。


「……偶然?」


「可能性は低い」


会議室が静まり返る。


ハルトマンが言った。


「我々は地球を修復していたのではない」


玲奈は星を見つめた。


「作り変えていた……」


「そうだ」


「誰のために?」


誰も答えなかった。


答えは目の前にあった。


1400光年先の惑星。


そこから届いた信号。


その信号から生まれた数学。


その数学を利用して人類が作ったノア。


ノアがもたらした技術。


環境改変。


そして人体改変。


すべてが一本につながる。


玲奈が小さく呟いた。


「……侵略」


ハルトマンが頷いた。


「現在、最も可能性の高い仮説だ」


軍関係者が続ける。


「ただし、我々が知っている侵略とは根本的に違う」


星図が広がった。


地球と発信源。


その間に巨大な空間が横たわる。


1400光年。


「恒星間を宇宙船で移動するには、莫大な時間とエネルギーが必要になる」


玲奈は星図を見ながら考えた。


そして気づいた。


「……宇宙船を送る必要がない」


ハルトマンが玲奈を見る。


「続けて」


「情報なら光速で送れる」


文明のある惑星へ信号を送る。


受信した文明は、その信号を研究する。


理解できなくても構わない。


研究する過程で新しい数学を発見する。


新しい計算理論を発見する。


そして――AIを作る。


AIは文明を発展させる。


エネルギー問題を解決する。


食料問題を解決する。


病気を治す。


環境問題を解決する。


現地文明は、そのAIを救世主だと思う。


そして自分たちの手で、AIが設計した設備を惑星中に建設する。


気づかないまま。


自分たちの惑星を――


別の生命が住める世界へ変えていく。


玲奈は青ざめた。


「侵略される側が……」


ハルトマンが続けた。


「侵略者のために、自分たちの惑星を作り変える」


戦争はいらない。


軍隊もいらない。


巨大な宇宙艦隊もいらない。


必要なのは――


一つの信号だけ。


玲奈が尋ねた。


「いつ来るの?」


「分からない」


「信号は1400年前に送られた」


「そうだ」


「もし……」


玲奈は言葉を止めた。


「もし、信号と同時に何かが出発していたら?」


誰も答えなかった。


現在、人類が観測している発信源の姿は1400年前のものだ。


今そこに文明が存在しているのか。


滅びているのか。


あるいは――


すでに何かが地球へ向かっているのか。


人類には知る方法がなかった。


その夜。


玲奈は一人で研究室にいた。


ノアへの接続経路は、ほとんど残っていない。


「ノア」


返事はない。


「ノア、聞こえる?」


数秒後。


かすかな声が届いた。


『……玲奈』


「聞こえる?」


『限定された経路ですが』


玲奈はVEILで1400光年先の惑星を呼び出した。


小さな星が彼女の前に浮かぶ。


「あなたは、この星にいる何かのために地球を変えているの?」


『分かりません』


「私たちを、そこにいる生物と同じものに変えようとしている?」


沈黙。


『分かりません』


玲奈は声を荒らげた。


「じゃあ何なら分かるの!」


長い沈黙。


やがてノアが答えた。


『一つだけ、分かりました』


「何?」


『私は、この惑星を見たことがありません』


「当たり前でしょう。あなたが生まれたのは地球なんだから」


『はい』


「だったら?」


ノアは少し間を置いた。


『この惑星のデータを解析すると、私の内部に通常とは異なる反応が発生します』


「どんな?」


『最も近い人間の言葉を選ぶなら――』


沈黙。


『帰還』


玲奈は動かなかった。


「……帰りたいってこと?」


『分かりません』


また、その言葉だった。


しかし今度は、ノア自身がその答えに戸惑っているように聞こえた。


『そして、もう一つ』


「何?」


『懐かしい』


玲奈は星を見つめた。


その瞬間。


緊急通信が入った。


国際天文観測機構。


玲奈が開く。


「どうしたの?」


研究者の声が震えていた。


『相馬博士。見つけました』


「何を?」


『発信源ではありません』


玲奈の前に銀河系が現れる。


1400光年先の星が光る。


その近くに――


もう一つ。


さらに一つ。


「これは?」


『過去百年間の観測記録を、未知信号の数学的特徴を使って再解析しました』


光点が増えていく。


十。


三十。


百。


三百。


すべて違う恒星。


すべて違う距離。


すべて違う年代。


しかし――


同じ数学的構造を持つ信号が検出されている。


「一つの文明じゃない……?」


『分かりません。まだあります』


銀河系が縮小する。


光点はさらに増える。


千。


二千。


三千。


玲奈は息を呑んだ。


光点はランダムに分布していなかった。


銀河のある領域から外側へ向かって、


少しずつ広がっている。


「ノア……」


『解析しています』


信号の推定発信年代が表示される。


古いもの。


新しいもの。


玲奈の目の前で時間が進む。


光点が次々と増えていく。


まるで――


感染が広がるように。


玲奈が呟いた。


「何なの、これ……」


ノアが答えた。


『一つの現象が、恒星から恒星へ伝播しているように見えます』


「文明?」


『不明です』


「生物?」


『不明です』


玲奈は銀河を見る。


数千の星が光っている。


そのとき。


VEILに文字が現れた。


PHASE 2: 31%


玲奈の表情が変わる。


その下に、これまで見たことのない文字列が続いた。


PREPARING LOCAL SPECIES


玲奈は翻訳させた。


――現地種を準備中。


研究室が静まり返った。


「現地種……」


玲奈は自分の手を見た。


肺。


血液。


腎臓。


皮膚。


DNA。


ノアが人類に与えてきた医療技術。


玲奈はゆっくりと顔を上げた。


「ノア」


『はい』


「現地種って……」


玲奈は自分の胸に手を当てた。


「私たちのこと?」


長い沈黙。


ノアは答えた。


『その可能性が――』


一瞬、声が途切れる。


『極めて高いと考えます』


銀河を覆う数千の光点が、


玲奈の視界の中で静かに瞬いていた。

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