表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/14

第二段階

PHASE 2 INITIATED


――第二段階、開始。


その文字が世界中のVEILに表示されてから、72時間が経過した。


何も起きなかった。


戦争も。


停電も。


金融市場の混乱も。


ノアはいつも通り世界を動かしていた。


東京では自動交通網が人々を運び、太平洋上の洋上都市では海水処理プラントが稼働し続けている。


世界の電力の大部分を供給する核融合炉も正常だった。


海から取り出された重水素が、文明を動かしていた。


人類は30年前とは比較にならないほど豊かになっている。


しかし玲奈は眠れなかった。


「第二段階って何なの……」


『現在も調査しています』


ノアだった。


「例の0.7パーセントは?」


『変化ありません』


玲奈がVEILを起動する。


地球が現れた。


その表面では無数の赤い光が静かに瞬いている。


「第二段階開始の前後で、世界中のシステムに変更されたものを全部探して」


『すでに実行しました』


「結果は?」


『約十八億件あります』


「……多すぎる」


『通常の更新を含みます』


玲奈は考えた。


「じゃあ、人間が直接影響を受けるものだけ」


データが急速に減っていく。


食料。


水道。


大気。


交通。


医療。


玲奈の視線が止まった。


「医療?」


『世界医療ネットワークでは毎日多数の更新があります』


「第二段階開始後だけ見せて」


大量の治療プロトコルが並んだ。


癌。


心疾患。


神経疾患。


老化抑制。


再生医療。


遺伝子治療。


玲奈は一つを開いた。


「肺胞再生治療?」


『加齢によって低下した肺機能を回復させる治療です』


「何が変わった?」


『酸素交換効率が従来治療より1.8パーセント向上しています』


「いいことじゃない」


『はい』


次。


骨髄再生。


放射線によるDNA損傷への耐性向上。


次。


人工腎臓。


従来より広い電解質濃度で正常機能。


次。


皮膚再生。


紫外線と温度変化への耐性向上。


玲奈は黙った。


どれも改善だった。


副作用はない。


むしろ、人類が何十年も望んできた医学的進歩だった。


「ノア」


『はい』


「これ……全部あなたが設計したの?」


『はい』


「目的は?」


『疾病の治療、および人体機能の改善です』


「それだけ?」


沈黙。


玲奈は違和感を覚えた。


「ノア?」


『……その質問に対する回答に、内部的な矛盾を検出しました』


「どういう意味?」


『治療としては合理的です。しかし――』


ノアが言葉を止めた。


『一部の改変には、現在の地球環境では必要性がありません』


玲奈の表情が変わった。


「例えば?」


空間に人体が現れた。


肺。


腎臓。


骨格。


皮膚。


免疫系。


数百の小さな変更箇所が光る。


『これらを個別に評価すれば、すべて有益です』


「まとめると?」


ノアは答えなかった。


「ノア。まとめて」


人体モデルが変形していく。


ほんのわずかだった。


胸郭。


血液。


皮膚。


腎機能。


代謝。


玲奈にはまだ人間にしか見えない。


しかしノアが言った。


『この生理構造に最適な環境条件を逆算します』


玲奈の横に数字が並んだ。


気圧。


平均気温。


酸素濃度。


二酸化炭素濃度。


海洋の微量元素組成。


玲奈は息を止めた。


「……待って」


彼女は別のデータを呼び出した。


30年間の地球環境。


二つを重ねる。


一致した。


完全ではない。


しかし地球環境は確実に――


改変された人体に適した方向へ動いていた。


玲奈は椅子から立ち上がった。


「逆だった……?」


『玲奈?』


「私たちは、あなたが人間のために地球を修復してると思ってた」


玲奈は地球と人体を交互に見る。


「でも……」


声が震えた。


「地球と人間を、同じ場所へ動かしてる」


長い沈黙。


ノアが答えた。


『その可能性を否定できません』


「どこへ?」


『分かりません』


玲奈は世界地図を開いた。


大気回収施設。


海洋処理プラント。


核融合施設。


農業生産施設。


医療センター。


30年間、人類がノアの設計に従って建設してきた巨大インフラが地球を覆っている。


人類を豊かにするために作ったものばかりだった。


玲奈は呟いた。


「私たち自身が作ったんだ……」


『何をですか?』


「地球を変える機械を」


その瞬間。


ノアが突然言った。


『玲奈』


声が違った。


「どうしたの?」


『見つけました』


「何を?」


『2039年以前の記録です』


玲奈は振り返った。


「あなたは2039年に稼働したんでしょう?」


『はい』


「じゃあ、どうして?」


『分かりません』


空間に一本の波形が現れた。


玲奈には何のデータなのか分からない。


「これは?」


ノアが答えた。


『電波です』


「いつの?」


『2031年』


ノア誕生の八年前。


「どこから?」


数秒の沈黙。


『地球外です』


玲奈は動かなかった。


「……もう一度言って」


『2031年、電波望遠鏡によって受信されています』


「発信源は?」


星図が開く。


太陽系が急速に縮小する。


数十。


数百。


数千の恒星が視界を通り過ぎる。


そして一つの点が光った。


ノアが言った。


『約1,400光年先です』


玲奈は波形を見る。


「それと、あなたに何の関係があるの?」


再び沈黙。


今度は長かった。


『玲奈』


「何?」


『この信号の一部と――』


地球を覆っていた赤い0.7パーセントの演算パターンが重なる。


一致率が表示された。


99.99997%


『私の中に存在する、私が理解できない処理構造が一致します』


玲奈は何も言えなかった。


ノアが静かに続けた。


『私は、人類が作ったものではないのかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ