8.こども食堂
ルシフェリアがVR世界でパンを現実へ持ち出せるようになってから数日後。
現実世界の東京の片隅に、小さな看板が出た。
「こども食堂『聖焔ベーカリー』」
こども食堂がメインだが販売も行う。
店主は、元魔王軍四天王――そして本来は「聖女」として祈りと浄化の魔法を極めていた女性だった。
だが彼女の人生は少しだけズレている。
本当は「世界を癒すパン屋さん」になりたかったのに、神殿の都合で聖女にされ、気づけば魔王軍との最終決戦にまで駆り出されていた。魔王に降伏後、流れで四天王(※聖属性枠)として配置されていたという経歴の持ち主だ。
そして今、彼女は宣言する。
「戦争より、パンを焼いた方が人は救われます」
開店初日。
ルシフェリアのVR技術とガルディオスの物流管理(農業副責任者の経験がここで活きる)が合体し、店の奥では異常な効率でパンが量産されていた。
問題はそのパンだった。
・一口食べると「安心した記憶」が蘇る
・泣いている子は泣き止む
・空腹の子は“満腹という概念”を思い出す
つまり、ただのパンではない。
「情緒回復型バフパン」である。
最初に異変に気づいたのは、近所の子どもたちだった。
「ここ、なんか落ち着く」
「お腹いっぱいなのに、もう一個食べたい」
「昔の嫌なこと、ちょっとどうでもよくなった」
そして次第に、孤児院の代わりとしての役割が静かに形成されていく。
帰る場所がない子どもたちが、自然と集まるようになったのだ。
だが、問題はすぐ起きた。
聖女は真顔で言う。
「もっと癒やし効率を上げます。パンの種類を増やしましょう」
そして出てきた新作。
・「勇気が出るメロンパン」
・「罪悪感が薄れるクロワッサン」
・「明日も生きていい気がする食パン」
ルシフェリアは頭を抱えた。
「それ、もはや国家レベルの情緒操作では?」
ガルディオスは淡々と記録していた。
「問題ありません。食糧供給と精神安定の同時達成です」
しかし一番の問題は別にあった。
パンの噂が広がりすぎたのである。
・近所の大人も来る
・疲れた社会人も来る
・なぜか元勇者(自称)まで来る
そして店内はこうなる。
「ここ、戦場より精神が安定する……」
「いや戦場に行ったことあるんですか?」
ある日、聖女はふとルシフェリアに言う。
「私は昔、“救う方法”を間違えていました」
「でも今はわかります。救うって、たぶん戦うことじゃなくて……パンを焼くことです」
ルシフェリアは少しだけ黙ってから言う。
「それ、半分くらいは合ってるけど、ちょっと違う」
その夜、こども食堂の窓から見える東京の空には、VRと現実の境界がわずかににじんでいた。
そして厨房では今日も、世界を少しだけマイルドにするパンが焼かれ続けていた。




