4.新たなる力
最初に異変へ気づいたのは、実は魔王ルシフェリアではなかった。
「……ルシフェリアちゃん」
「なんじゃ?」
「テーブルの上にあるそれ、なに?」
日曜の昼。
六畳一間のローテーブルの上には、小さな赤い果実が置かれていた。
宝石みたいに透き通った、不自然なくらい綺麗な果物。
ルシフェリアは一瞬固まった。
「…………」
「…………」
二人の沈黙。
やがてルシフェリアがゆっくり口を開く。
「……魔界紅玉リンゴじゃな」
「いや現実に存在しないよね?」
それはVRMMOのレア食材だった。
HP微回復効果付き。
ゲーム内では割と有名な初心者向け高級果物である。
「なぜここにあるのじゃ?」
「こっちのセリフなんだけど」
ルシフェリアは混乱した。
数分前まで彼女はVR内で農園収穫をしていた。
その際、いつもの癖で“空間収納”を開いたのだ。
魔王時代から使っていた異空間保管魔法。
ゲーム側でもなぜか使用可能になっていた、自前能力である。
そしてログアウト後。
何気なく収納を開いたら――
出てきた。
リンゴが。
「…………」
ルシフェリアは恐る恐るリンゴをつつく。
硬い。
匂いもする。
本物だ。
「まどか」
「うん」
「これは夢か?」
「私もそう思いたい」
とりあえず食べてみた。
しゃくっ。
「……おいしい」
「普通に美味しいね……」
しかも数秒後。
「……あれ?」
「どうしたまどか」
「なんか疲れ飛んだ」
二人は顔を見合わせた。
沈黙。
そして。
「「ヤバくない?」」
そこから検証が始まった。
第一実験
ゲーム内ポーション。
現実へ取り出す。
成功。
「飲むの怖いんだけど」
「ワシも怖い」
結果。
肩こり消滅。
「なんじゃこれ」
「ポーションだよ!」
第二実験
ゲーム内パン。
持ち込み成功。
三日後。
「腐ってない」
「保存効果付きじゃからな」
「怖い怖い怖い」
第三実験
ゲーム内観葉植物。
現実へ。
翌朝。
「部屋の空気めちゃくちゃ綺麗になってる……」
「光合成強化エンチャント付きじゃ」
「エンチャントを現実に持ち込まないで」
ここで二人は理解した。
この能力、普通に危険である。
ルシフェリアは頭を抱えた。
「なぜこんなことになったのじゃ……」
「空間収納がゲームシステムと融合したとか?」
「意味がわからぬ」
「私も」
だが問題はそこではない。
最大の問題は。
ルシフェリアが段々ワクワクしてきたことだった。
「……待てよ」
「その顔やめて」
「つまりゲーム内素材を加工すれば……」
「やめて」
「無限に美味い飯が……」
「そこ!?」
まどかは思わず叫んだ。
もっと危機感を持ってほしい。
国家とか科学とか法律とか。
だがルシフェリアは完全に別方向だった。
「まどか!」
「なに!」
「ワシ、伝説級のバターを作る!」
「お願いだから世界を揺るがさないで!」
翌日。
VRゲーム内ギルド会議。
「聞け貴様ら!」
『はっ!』
「本日より農業研究を強化する!」
『ついに食糧戦略ですか!?』
「違う」
ルシフェリアは真顔で言った。
「最高のクロワッサンを作る」
『????』
その日から魔王軍は困惑した。
昨日まで世界征服していた組織が、
・小麦品種改良
・バター研究
・発酵時間最適化
・オーブン温度検証
を始めたのである。
『俺たち何を目指してるんだ?』
『知らん……』
一方その頃。
現実世界。
まどかは一人で頭を抱えていた。
「絶対そのうち大事件になる……」
だが。
夕方、ルシフェリアが嬉しそうに焼きたてパンを持ってくる。
「できたぞまどか!究極クロワッサンじゃ!」
さくっ。
「……おいしい」
悔しいことに、めちゃくちゃ美味しかった。
しかも食べると疲れが取れる。
「……どうしようこれ」
まどかは思う。
たぶん世界は今、
“魔王がパン作りにハマった”
ことで、とんでもない分岐点に立っているのだと。




