17.建国際
VRMMO『ラブクラフト』。
かつて一つの魔王城しか存在しなかったその世界は、今や巨大な文明圏へ変貌していた。
北方には農業都市。
東方には鉱山工業都市。
南方には海洋交易都市。
西方には辺境要塞。
街道が伸び。
飛空艇が飛び。
交易商人が行き交う。
人口は数十万規模。
プレイヤーたちはもはや“攻略”ではなく、“生活”をしていた。
そして。
その中心。
巨大化した魔王城最上階。
ルシフェリアは、夜景のように広がる領土を見下ろしていた。
「……本当に国みたいになっちゃった」
隣にはネクロ。
少し後ろにはガルディオス。
そして聖女マリアがいた。
ガルディオスは静かに言う。
「既に国家です」
「でもVRMMOよ?」
「人が住み、働き、税を納め、法がある」
巨大都市群を見下ろす。
「それは国家です」
ルシフェリアは少し黙った。
元々、こんなつもりではなかった。
ただ。
皆の居場所を作りたかっただけだ。
戦うだけではない場所。
死者も。
敗者も。
居てもいい世界。
だが気づけば。
文明が生まれていた。
◇◇◇
数日後。
魔王城中央広場。
建国式典の日。
広場は人で埋め尽くされていた。
戦士。
商人。
生産職。
官僚。
農民。
職人。
そして。
大量の幽霊老人たち。
『建国じゃー!!』
『祭りだー!!』
『屋台どこ!?』
「お前ら完全に町内会ノリだな……」
ネクロは頭を抱えた。
さらに。
「おーいルシフェリアー!!」
騒がしい声。
人混みをかき分けて現れたのは、自称勇者ユウだった。
ジャージ姿。
剣を背負っている。
だがどこか締まらない。
「建国するってマジ!?」
「マジよ」
「えぇ……」
ユウは周囲を見回した。
巨大都市。
役所。
市場。
鉄道。
飛空艇。
「……これってVRゲームだったんじゃなかったっけ?」
「途中から国家運営シミュレーションになったわね」
「なんで!?」
子供たちはそんなユウに駆け寄る。
『ユウ兄ちゃんー!』
『剣見せてー!』
『ドラゴン倒した話してー!』
「おう!」
ユウは一瞬で囲まれた。
完全に近所のお兄ちゃんである。
◇◇◇
やがて。
建国式典が始まった。
中央広場。
巨大な旗が掲げられる。
黒地に、銀の翼。
魔王領の旗。
ガルディオスが静かに前へ出る。
「静粛に」
その一言だけで、広場が静まった。
圧倒的威圧感。
かつて世界を震わせた魔王軍四天王。
その存在感は今も健在だった。
彼はルシフェリアを見る。
「ルシフェリア様」
「……うん」
「御言葉を」
ルシフェリアは少し困った顔をした。
「えぇ……演説とか苦手なんだけど」
『がんばれー!!』
『魔王様ー!!』
『建国ー!!』
幽霊老人たちが盛り上げる。
完全に祭りだった。
ルシフェリアはため息を吐き。
そして前へ出た。
「えー……」
広場を見渡す。
大勢の人。
子供たち。
プレイヤーたち。
幽霊たち。
仲間たち。
「最初は、ただの遊びだったの」
静かに言う。
「居場所を作りたかっただけ」
戦えなくてもいい。
強くなくてもいい。
失敗してもいい。
死んでいてもいい。
「でも気づいたら、皆がここに集まってた」
農業をする人。
商売する人。
パンを焼く人。
国家を運営する人。
誰かを守る人。
「だから――」
ルシフェリアは笑った。
かつて魔王と呼ばれた少女の笑み。
「今日、ここに宣言します!」
広場に魔力が響く。
「魔王領は!」
夜空へ旗が掲げられる。
「正式に国家となります!!」
歓声が爆発した。
『うおおおおおお!!』
『建国だー!!』
『祭りじゃー!!』
『酒持ってこーい!!』
花火。
魔法。
歓声。
空を飛ぶ飛空艇。
子供たちは走り回り。
幽霊たちは踊り。
マリアはパンを配り。
ユウはなぜか屋台を手伝っていた。
その時。
空気がふわりと変わる。
まるで世界そのものが、一瞬だけ優しくなるような感覚。
広場の喧騒が自然に静まっていく。
光の粒が、夜空からゆっくり降り始めた。
花火ではない。
雪でもない。
淡い桃色の光。
子どもの一人が呟く。
「……きれい」
広場の中央に、一人の少女が現れる。
柔らかな笑顔。
桃色の髪。
そして、どこか“願いそのもの”みたいな空気。
鹿見まどかだった。
ユウがぽかんとする。
「なんか神様みたい……」
ルシフェリアが即答する。
「たぶん近い」
まどかは静かに広場を見渡す。
笑っている子ども。
パンを配るマリア。
真面目に警備するガルディオス。
居眠りしている幽霊老人。
そして、その全てを見守るルシフェリア。
まどかは少し微笑む。
「……いい国だね」
ルシフェリアは肩をすくめる。
「まだ建国初日だけど」
まどかはゆっくり前へ進む。
すると周囲の空気が変わる。
不思議と、みんな少しだけ安心する。
怖かったこと。
苦しかったこと。
寂しかったこと。
それが“完全には消えないけれど、抱えたまま立てる”くらいに軽くなる。
マリアが静かに息を呑む。
「……これが、魔法少女の祝福」
それは奇跡ではなかった。
誰かを強制的に幸福にする力でもない。
世界を書き換えるような万能の魔法でもない。
ただ、
「あなたの願いは、ここにあっていい」
と世界が認めてくれる感覚。
光はゆっくりと広場全体へ広がっていく。
すると不思議なことが起きる。
泣きそうだった子どもが笑う。
疲れ切っていた大人が肩の力を抜く。
幽霊老人たちでさえ、
「なんだか昔を思い出すねぇ」
と穏やかに笑う。
そしてVR魔王城そのものが反応する。
かつて恐怖で構築されていた魔力構造が、
祝福を受けて柔らかく変質していく。
黒い城壁に、淡い光の紋様が走る。
ガルディオスが驚く。
「領域全体の安定率が上昇しています」
ネクロが静かに言う。
「これは“加護”ですね」
ユウだけは状況を理解できていなかった。
「え、何これ」
「バフ?」
ルシフェリアが小さく答える。
「たぶん、“祝福”」
まどかは最後にルシフェリアを見る。
「あなた、ちゃんと居場所を作ったんだね」
ルシフェリアは少し黙る。
かつては奪うことしか知らなかった。
支配することしか考えていなかった。
でも今、この国には笑い声がある。
ルシフェリアは静かに言う。
「……まあ、悪くない」
まどかは嬉しそうに笑う。
その瞬間、夜空いっぱいに桃色の光が広がった。
まるで世界そのものが、
新しく生まれたこの小さな国を祝福しているようだった。
一先ず、第一部完とさせていただきます。




