14.深夜の東京
老人ホーム『ひだまりの家』には、不思議な暗黙の了解があった。
――幽霊たちは、勝手に遠出しない。
別に施設へ縛られているわけではない。
実際、彼らはその気になれば東京中どころか海外にだって行ける。
幽霊なのでパスポートも要らない。
壁も抜けられる。
満員電車にも乗らなくていい。
だが。
『施設に迷惑かけちゃ悪いしなぁ』
『夜中に近所うろついて怪談になったら困る』
『職員さん優しいからな』
という理由で、みんな自粛していた。
結果。
幽霊たちは暇だった。
『旅行行きてぇなぁ……』
ある夜、休憩室で柴田がぼやいた。
『温泉』
『寿司』
『東京タワー』
『キャバクラ』
「最後のは却下だ」
ネクロは書類を書きながら即答した。
すると。
「旅行!?面白そうじゃない!」
勢いよく休憩室へ飛び込んできたのは、魔王少女ルシフェリアだった。
コンビニ袋を抱えている。
「今日は新作プリン買ってきたわよ!」
『おおー!!』
『魔王様ばんざーい!』
「なんで毎回そんな人気なの……」
ネクロは疲れた顔をした。
ルシフェリアは話を聞くと、目を輝かせる。
「よし!深夜の東京観光ツアーやるわよ!」
『おおおお!!』
『東京観光!』
『修学旅行みたいじゃ!』
幽霊老人たちは大盛り上がりだった。
ネクロは嫌な予感しかしなかった。
◇◇◇
深夜一時。
ひだまりの家の送迎用マイクロバスが静かに出発した。
運転席にはネクロ。
助手席にはルシフェリア。
後部座席には大量の幽霊老人。
『遠足じゃー!』
『お菓子持ったか!?』
『バナナはおやつに入る!?』
「お前ら本当に死者か?」
ネクロは真顔だった。
一方、ルシフェリアは妙に張り切っている。
「本日のガイドを担当する大魔王ルシフェリアちゃんでーす!」
『わー!!』
『拍手ー!!』
なぜか大好評だった。
最初の目的地は浅草だった。
深夜の雷門。
人の少ない仲見世通り。
『おおー……』
『懐かしいなぁ』
『昔、家族で来た』
幽霊たちは静かに景色を眺める。
すると柴田が聞いた。
『魔王様、次はどこ行くんだ?』
「東京っぽい場所よね!」
ルシフェリアは自信満々にスマホを掲げた。
「次は築地!」
『おお、寿司か!』
「違うわ!」
『違うの!?』
「マグロのオブジェがあるらしい!」
「多分それ豊洲だ」
ネクロが即座に訂正した。
「えっ」
「しかも深夜だ」
「えっ」
ルシフェリアはちょっと赤くなった。
『まあ楽しければなんでもいい!』
『夜景きれいだしな!』
幽霊たちは寛容だった。
次に向かったのは秋葉原。
『なんじゃここ!?』
『光が多い!!』
『店が全部明るい!』
深夜でも光り輝く街に、老人幽霊たちは大興奮だった。
ルシフェリアは得意げに説明する。
「ここは日本有数の魔導都市よ!」
「電気街だ」
「似たようなものでしょ!」
すると一人の幽霊がメイド喫茶の看板を見た。
『あれ何じゃ?』
「使い魔酒場よ!」
「違う」
『ほほう!』
「違うと言っている」
しかし幽霊たちは大喜びだった。
『東京すげぇなぁ!』
『未来都市じゃ!』
『ネオンが派手じゃのぉ!』
ルシフェリアも楽しそうに笑う。
異世界の魔王だった彼女も、東京の夜景は好きだった。
その後。
一行はお台場へ向かった。
海風。
レインボーブリッジ。
観覧車。
『うおおお……』
『きれいじゃ……』
幽霊たちは静かに見入っていた。
その時。
『魔王様、あれは何じゃ?』
一人が巨大なガンダム立像を指差した。
ルシフェリアは数秒考え。
「……古代巨人兵器ね!」
「違う」
「えっ違うの!?」
「違う」
『巨人兵器が立ってる……』
『お台場の守り神じゃ……』
完全に誤解が広がった。
ネクロはもう訂正を諦めた。
そしてツアー最後の目的地。
東京スカイツリー。
『でっか……』
『こんなの建てたのか人類……』
『東京怖い』
幽霊たちは圧倒されていた。
ルシフェリアはニヤリと笑う。
「最後は特別サービスよ!」
次の瞬間。
ふわり、と彼女の体が浮いた。
『おお!?』
『飛んだ!?』
「幽霊なら飛べるでしょ!行くわよ!」
幽霊たちは次々と空へ舞い上がる。
『うおおおお!?』
『高い高い!!』
『夜景じゃー!!』
ネクロだけは地上に残った。
「……私は飛べん」
死霊術士なので飛行魔法は専門外だった。
仕方なくマイクロバスの横で缶コーヒーを飲む。
その頃。
スカイツリー頂上付近。
ルシフェリアと幽霊老人たちは、東京の夜景を見下ろしていた。
『すごい……』
『まるで星空じゃな』
『生きてる時より、東京が綺麗に見える』
無数の光。
眠らない街。
遠くまで続く夜景。
ルシフェリアは空中で足をぶらぶらさせながら笑った。
「東京って変な街よね」
『うむ』
「魔界よりうるさいし」
『うむ』
「でも嫌いじゃないわ」
幽霊たちも頷いた。
しばらく誰も喋らなかった。
ただ静かに、東京を見ていた。
その下では。
ネクロが一人、缶コーヒー片手に空を見上げていた。
「……楽しそうだな」
小さく呟く。
すると上空から声が飛んできた。
『ネクロ先生ー!!』
『次は温泉行こうぜー!!』
『箱根ー!!』
『運転よろしくー!!』
ネクロは深くため息を吐いた。
だが。
その顔は、少しだけ笑っていた。




