嫋々の龍
目が覚めると、すっごく近くでペリンさんが覗き込んでいて、心臓が止まるかと思った。
あんまり知らない人の前で寝こけたのは迂闊だったかな。
人里離れた所にずっと居たっぽいし…。
真面目そうな人ほど危ないって言うもん。
…何もされてないだろうか。
なんてね。
なんか分かんないけれど、ヨレヨレでボロボロでヨボヨボのお爺さんなのに、そんな事はしないんだろうな、この人は。
目が綺麗。
爛々としてるわけじゃないし、鋭いわけでもない。
だけど、冬の夜空を眺めている時のような、吸い込まれそうな感じ。
「ボンは、神の使いか?」
えっ!
寝てる間に光ったりしたかな?
死んだ時に貰える力って、何故だか完全に消える訳じゃないみたいだから、手を挙げた時に光る祝福の力が変に残っていて、寝ている間だけ光るとかそんな風になっててもおかしくないんだよね。
え、僕、変な機能ついてる?
…神様なんかした?
神様になんかして欲しいって言われたことはないけれど、
お父さんの時とタナの時の両方とも、神性を持ちながらそも救われる道から外れそうな人の手助けをして欲しいなぁ、なんて神様は思っているんだろうって思うんだ。
だから、僕もそれを気にしている。
神様は僕の前世の人間性が気に入ったとか、相性がいいとかなんとか言ってたけれど、それだけが理由じゃないような気もしているんだよなぁ。
今度聞いてみよう。
教えてくれるかは分からないけれど、この世で楽しく生きていくついでに、何かして欲しいことがあれば手伝うことは吝かじゃないし。
お世話になっているからね。
つまり、今の僕は神様とは関わりはあるし、神の子を自称する許可は貰っているし、身体は神様謹製だとしても、神様の指示はないから、僕は使者じゃない!
…違いますーと答えますー。
ん?何その顔。
考えすぎて間があいて変な感じになった?
違うんですよ?
本当に!
知り合いだけど、使者じゃないんですよ!
「そうか、違うか。」
それだけ言うと僕の頭を撫でて、小さく笑うペリンさん。
それは、理由があるんだろう、深く聞かないからな、の、そうかって感じじゃないか。
なんでそんなに頑なに、僕と神様の繋がりを確信しているんだか。
…あ、マジで勇者だから、ペリンさんも神様と関わりある感じ?
僕の噂とか聞いちゃってる感じ?
まぁいいさ。
実際違うんだから。
その内誤解も解けるでしょう。
行くか、とだけ言われ、歩き出したペリンさんの後ろを着いて行く。
外に出てペリンさんの家だか拠点だかを見てみると、意外にもちゃんとした所だった。
空から暗い中落ちて来た僕は、ここがどこでどんな場所かは分かっていなかったから、もっと外っぽいのかと思っていたけれど、家部分は洞穴になっていて、入り口は高そうな布が掛けられていて、それが扉がわりになっているみたい。
洞窟の奥へ行くときれいな水が湧いているみたいで、住むにも便利そうだ。
高いところから見えていた火は、入り口から少し離れた所に解体しかけの動物が吊るされていて、それを処理する用のものだった。
小さいけど手入れのされた畑もあるし、干された洗濯物には生活感がある。
ここへ繋がる道は、細い獣道のようなものと太く拓かれた道があって、その太い方が龍へと続く道らしい。
細い方を真っ直ぐに行くと人里があるらしく、そこに狩りをした肉やこの辺で採れる鉱石、薬草なんかを持っていって、粗末な剣や塩なんかと交換しているらしい。
…なんで龍へ繋がる道の方が太いんだよ…。
通った数が人里より龍の方が多いって事でしょ?
龍への道は、山と山がぶつかって折り重なった砦のようになっている所へと辿り着いた。
「山に隙間があるだろう?
あそこが龍の棲家だ。
いきなり襲ってくる事はないぞ、そんなに悪いやつじゃないんだ。」
隙間には入るものを拒むような霧の様なものが充満している。
ペリンさんが言うには、それは龍の膨大な魔力が可視化されたもののようだ。
おいおい。
ここから感じるだけでお父さんの50倍くらい魔力あるぞ…。
「怖いか、ボン。
それが正しい、それで良いんだ。
行くぞ。
ま、大丈夫だろう、良いやつだから。」
良いやつだから大丈夫?
そんな感想が湧く魔力じゃないよ…。
案内されたりしていない限り、絶対に自分の意思で入る事はなかったなぁ、これは。
この場所自体が、めちゃくちゃ怖い。
初めはここに居る龍がどんな奴か分からないで挑んだんでしょ?
やっべぇなこの人。
でもなんか…カッコいい。
だって、神様が言ってたことを要約すると、この人、惚れた女を使命から解放する為に、到底人じゃあ敵わない相手に何年も何年も挑み続けてきたんでしょ?
話でそう聞いているよりも、この魔力を目の当たりにして考えると、余計にそう感じるよ。
勇気を出して踏み出し、魔力の霧を抜けると、何故だか爽やかな草原が広がっていた。
心地よい風が吹き、今までいた森とも気候や植生まで違う。
「綺麗な場所だろう?
俺も気に入っているんだが、アイツの魔力の影響らしいぞ。
名前だけは伝わって居るぞ。
嫋々のドラゴン、エアリス。
優しい、風の龍だ。」
僕の目の前の苔むした岩に、羽毛をそよそよと揺らしている、緑がかった真珠色をした龍が座り、こちらを見ていた。
オーロラを見た時。
故郷を出る時に、電車から見た風景。
初めて神様を見た時なんかに、そういえばこんな気持ちになったなぁ、と僕は思った。
神聖な生き物だと、感覚で分かる。
龍が喋りかけて来る。
全ての畏怖や尊敬やなんかそんな様な気持ちを持った僕は、ただ、その言葉を待っていた。
「こんにちは、あなた、ダーリンのお友達?私はエアリス。
ゆっくりしていってね。」
神様からもらった力で龍の言葉が分かるようになった僕だからさ、内容は間違いないはずなんだけど…耳を疑ったよ。
…ダーリン?
いやぁ、ぶっ飛んだよ。
かき消えた。
そう、かき消えちゃった。
神聖さとか、畏怖や尊敬が、まるでその名の通り風で吹き飛ばされた様に。
流石、嫋々の龍だね。
そよ風なんていう驚きじゃなかったんですけどね!




