エマ
『良いのよ!ラルフ、気にしないで。
屋敷の人達の仕事を手伝えるのって、なんだか気分が良いの。』
やっぱりだ。
タナは死霊を見ようとしなきゃ見えないらしい。
じゃなきゃ、僕のこの状態は疑問に思うはずだ。
だって僕は今、600人は死霊を抱えているんだもの。
あれから更に数日。
僕の周りの死霊は増え続け、彼らの住処の石碑よりも、僕をとり殺そうとする奴らの方が多いぐらいになっている。
でも、そろそろ先に進めなきゃな。
ただ集めるのが目的じゃあないんだから。
タナを石碑へと送り、そのまま陽気の中ぼーっとしていると、お父さんがやってきた。
「ラルフよ、なんというか、身体は大丈夫か?
その、疲れてはいないだろうか。」
死霊にめり込んでるよ、お父さん。
心配してくれているのはわかるよ。
屋敷の人達全員、僕のこの疲れ切った顔を見て心配してくれているのも伝わっているさ。
ただの深刻な寝不足と霊障だから気にしなくていいんだけどね。
まぁ、8歳児が深刻な寝不足の時点で変か。
そろそろ終わりにしたい気持ちは僕にもあるけどね、もう少し石碑の死霊を僕の方に移したい所だ。
「ねぇ、お父さん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。」
「なんだ?」
これは、本来聞くべきではない事だ。
他人の傷を不躾にほじくり返すなど。
しかし、必要なんだ。
名前とは何かを認識するのに大きな役割をしているらしい。
僕は神様と接することが出来るから、名前というものの強さを知った。
寿限無ネームから改名するだけでも大変だったんだから。
はぁ、気が重いなぁ。
「お父さん、この石碑に眠る…。
この石碑に眠る中の1人、僕のお母さんになるはずだった人。
なんていう名前なの?」
「聞いたのか。」
聞いちゃいない。
推測しただけだ。
子供にそんな話をするような人は、この屋敷になんて居ないんだから。
世継ぎを作らなければならない立場にも関わらず、決してそうしないサシュマさん。
そしてそれを黙認され、許されている事。
タナの言った、この屋敷の人達はみんな親しい人を亡くしているという言葉。
そして何より。
そっくりなんだ、タナとサシュマさん。
サシュマさんが若返った事により、よりはっきりと分かる。
だけど、タナがサシュマさんの娘だった場合、合わない。
何がって、タナの見た目の年齢は僕より少し上の10歳ぐらい。
少なくとも25年前には亡くなっているはずなんだ。
だからアレは、単純にサシュマさんの娘であるとも思えない。
「私の最初で最後の妻の名は…エマ。」
「エマ、さん。」
「そしてな、ラルフ…。
彼女との間には、実は…。」
◆
死霊をたくさん引き連れて、死後の魂についての理解が深まった結果、タナの正体ははっきりと分かった。
死とは停滞。
死んだ魂達は、過去に囚われ進み出す事をしない。
きっと君もそうだったんだろう。
死んだ後に止まり、嘆き、悲しむだけの死霊の粒の一つでしかなかったんだ。
でも、お父さんは祈る。
神に認められる程の信仰心で、何年も、何年も。
その祈りは力を持ち、ある日ある時…多分10年ぐらい前の話。
エマはタナになったんだ。
魂が意志を持った。
それだけならよかったんだ。
ただ、エマを思うお父さんの祈りが、エマを鎮魂の精霊にしただけならば。
だけど、そう、2人の子供の名前が…タナ、なのかな?
どうなの?エマさん。
『…。』
存在はしているが、今誰も使用していない、子供部屋の家具。
部屋自体は戦後に作られた物だけれど、家具は捨てられなかったんだろうなぁ、お父さん。
『…名前なんてないわよ。』
タナはエマさんとサシュマさんの子。
それもお腹の中にいたまま、共に亡くなった子供。
中途半端に混ざり合っていたのか、精霊は出産出来るのかな?
細かい事は分からないけれど、とにかくエマの中に生まれたもう1人。
その2人が、一つになった存在、それが、タナ。
『名前なんて無いわよ。
貴方みたいに、死んだり生き返ったり、そんなにポンポン出来るような不気味な存在じゃないもの。』
ひどい!
『意識がハッキリしてきて、自分の中にもう1人、諦めたはずの娘が居るって分かった時の私の気持ちは、貴方になんか分からないでしょうね。
私かこの子が神として格を上げれば、この子を生き返らせる事が出来るかもしれない!』
そう、だけど、それはいつになるのかな?
お父さんが若返ったとはいえ、生きてる間に間に合うのかな?
精霊にまでなれたのだって奇跡みたいなもんでしょ。
『分かってるわよそんな事!
だけど、娘を一度でも産んであげたいって考えるのが悪いって言うの!?』
んーん、思わないよ。
僕だってそう思ってる。
だから死属性魔法を貰ったんだ。
アンタら2人を縛り付けているのが、戦争の名残なら、それを片付けて仕舞えばいいってね。
未練なんて無い方がいいって。
『させない。
あの死霊達の信仰の力も、この子を産み出すのに必要なの。
邪魔するというのなら、貴方を…殺す。』
こっわ!
悪霊やんけ!
エマさんは石碑に魑魅魍魎を集めて、娘を縛り、その子に鎮魂させる事で信仰心を集めて神とし、娘をどうにかこの世界へ甦らせようと、そう思った訳だ。
出来る確信も無いのに。
…凄いね、母の愛ってヤツは。
『そう思うなら邪魔しないで。
この子と仲良くしてくれて、あの人の心を救ってくれて感謝もしてる。
貴方を殺したくはないの。』
邪魔?
する訳ないじゃない。
目的は同じなんだから。
ただ僕は、父と娘を再会させたいだけなんだよ、今世でね。
『…ラルフちゃん、貴方、何をしようとしているの?』
石碑全体から見ると6割、7割の数の僕を呪い殺そうと集まっている死霊。
これは放置する訳にはいかないから、貰っていくよ。
生き返らせた後に、まだ君たちに執着してたら困っちゃうからね。
今、このタナを返してデモに参加してない死霊は、そもそもタナへの執着は無いんだろうから、ほっといてもいいか。
つまり、つまり、準備が整った。
そういうわけだね。
エマさん、僕と手を繋いでくれる?
診察の魔法を掛けるから受け入れて。
そうすれば、責任をとってあげるから。
僕が?
違う違う。
こんなものを放っておいた管理責任者が居るからさ。
…僕の仕事は後一つ。
僕は死属性魔法を強く発動させ、漂う死霊、そして精霊を僕の魂に縛りつけた。
死霊ですら普通なら耐えられない数を引き連れているのに、精霊まで引き連れたら身体が耐えられなくなるって?
わかってるよ。
耐える気なんてないのさ。
これで皆まとめて強制成仏だ。
僕も含めてね。
あはは。




