自室
食後に1人になり、今居るこの部屋はシーちゃんの部屋の向かい側、屋敷の最奥部に位置している。
部屋の中には少し古めかしい机と椅子、ベッドが置いてあるだけだ。
これから僕の物が増え、僕らしい部屋になっていくのだろう。
机は古めかしいけれど、角はピンピン。
新古品、デッドストック。
椅子もベッドフレームも同様だ。
7歳児の僕には少しだけ大きいけれど、10歳になる頃には丁度良くなっているだろうね。
つまり、アレだ。
この屋敷に現在子供は居ない。
最年少のララさんは22歳、ルーベンスさんが24歳で、それぞれ15歳頃に学校を出て、それからここに勤めていると言う。
ぺぺさんの年齢は夕食の時に聞いた所によると45歳で、そもそもこの屋敷に来たのが7年前程らしく、自身を新参者と言って笑っていた。
シーちゃんは年齢不詳だけど最年長らしく、お父さんは若返る前の歳は65歳だった。
戦争終結が25年前。
ララさんとルーベンスさんは生まれておらず、ぺぺさん、シーちゃん、お父さんは既に成人していた。
戦争の始まりは40年ぐらい前。
つまり、アレなんだ。
この屋敷に居る者で、この机と椅子とベッドの持ち主に該当する人物は存在しない。
だけど…。
夕食時にこんな話を聞いた。
たしかシーちゃんが村長を呼ぶだか呼ばないだかの話の中で、ララさんがポツリと言った一言。
「先生は子供好きなのに、お見合いとか全部断っちゃって、結婚してないのよ。
話だけなら山ほどあったのに。」
普通に考えて、だ。
サシュマさんは相当な子供好きで、学校の運営に関わりたいからと軍を辞める程。
カルさんが言うには、教え魔人というあだ名が付いている事からも分かる。
この世界の聖職者のルールには、結婚の禁止なども無い。
じゃあ、何か理由があるって考えるのが普通だろう。
「タナ、君はサシュマさんの娘なのかい?」
そう考えると辻褄が合ってしまう。
戦争で亡くした妻子が居た。
だから、真新しくも古めかしい子供用の家具がある。
どちらにせよ、だ。
僕は決めている。
ベッドへと入り、モゾモゾと足元を整える。
これから集中しなくてはならないからさ、寝るとき特有の布団のヨレが気になってしまったら困っちゃうからね。
さて、こういうのは、なんて言うんだっけ。
あ、そうそう。
幽体離脱〜。
◆
死属性を発動すると、見えない隔たれた一枚のガラスが目の前でパキンとヒビ割れた。
身体を起こし眠る自分を見ると、その希薄さに寒気がする。
身体から抜けた魂となった僕は、満点の星空の様な暗闇を歩きだす。
思っていた幽体離脱とは違うなぁ。
イメージでは、壁も天井も、重力すらも超越して現実に干渉出来ると思っていたけれど、薄い紙の上を歩いているのに近い。
こんな世界、生者がいるべき所ではないと、肌で感じる。
一歩踏み締める毎に、パリ、パリ、と何かが崩れる音がする。
これが死者の世界か。
どこか忌避感を感じながら歩いていると、兵隊さんが立っていた。
どこか古めかしい新品の鎧は、彼が歴戦ではないと語っている。
こんにちは、こんばんは。
「うわぁああ!毒だ!毒だぞ!」
挨拶をした僕に、彼は形相を変えて、そう叫ぶ。
言いたいことが終わると、巻き戻したビデオテープの様にピタリと動きを止めて、挨拶をする前の様に佇んでいた。
毒が撒かれたのですか?
僕のいくつかの問いにも、彼は先ほどの叫びを繰り返すばかりで、会話にはならなかった。
まるで世界に焼きついた過去の映像の記録。
そう考えた方が心に優しいな、とそう思った。
足がすくむ。
しかし頭を回して考えてみると、やはり不思議だなと思う。
叫ぶにしても、嘆くにしても、行動や思考にはエネルギーが必要なはずで、残滓でしかない彼らには新たにそれを得る仕組みがないはずだ。
なぜ残れるのか。
石碑までたどり着いた時に、その全貌が明らかとなり、少し納得した。
僕らが見ていた生者の世界の石碑は、まばらに花が生え、草が生い茂る綺麗な空間だったけど、死者の世界で見る石碑は、まるで葡萄畑の様にツルが伸びる丸いぶつぶつに覆われていた。
その一つ一つが、さっきの兵士の様な人達なのだろう。
母へ縋り付く子の様に、石碑から力を吸い、後悔や怒りを叫ぶだけの存在。
それが彼ら。
まばらに佇む何人かに話しかけても、同じ様な反応だった。
埒があかないので、今日のところは引き上げようと、死属性魔法を解除する寸前、また前の様に声だけが聞こえた。
「あまり気味悪がらないであげてね。
望んでこうなったんじゃないんだから。」
うん。
それにしてもすごいなぁ、タナは。
あれを何年も何年も慰撫し続けた訳だ。
生きてる人をより生きられる様にしていた俺よりも、絶望に苛まれていただろうに。
目を覚まし、そのまま眠るには寝つきが悪く、台所の瓶に溜めてある水を飲みに部屋を出た。
本来なら怖い暗闇の廊下さえ、先ほどまでの本当の死の世界と比べたら、幾分優しく感じる。
水を飲み、部屋へ戻る最中、ふわりとタナが現れた。
『どうしたの?こんな夜中に。
新しい家だから寝付けないのかしら。
お姉さんが添い寝してあげましょうか?』
少し茶化す様に笑いながらの優しい提案を、僕は受ける気がしなかった。
ありがとうとお礼だけ言い、ベッドに潜り込むと、ふと、俺が助けられなかった子供達の行く末が脳裏に浮かび、嫌な浮遊感に陥る。
どこかであんな風に粒になり張り付いているのか。
そんな悍ましい想像をすると、たまらない気持ちになり、やっぱりタナと一緒に寝てもらった方が良かったかな、とそう思った。
そういえばと思い立ち、もう一度キッチンへ行き、布が被せられた料理を一切れ拝借する。
『あら、やっぱり一緒に寝て欲しいの?』
「それも、考えたんだけどね。」
僕は石碑の上に腰掛けるタナの下の台座に座り、拝借して来た甘いパイの包みを置いた。
『覚えててくれたのね。
やっふー!甘い!パイ!』
見た目の年相応に喜ぶタナ。
起きてる事は完全に心霊現象だけれど、何故かそれに救われる気持ちになった。




