石碑
この流れからぺぺさん、そして一度顔を会ってはいるが玄関で挨拶したきりのララさんへの顔合わせを行うのかと思っていた。
だけど、昼過ぎのこの時間は2人とも各々の仕事で屋敷の外にいる事も多く、また忙しい時間帯らしいので、どうせ集まる夕食の際に紹介しようという事になった。
なので先にこれからの、僕の部屋を案内してくれる事になった。
掃除済みの部屋の中には机とベッドだけが置いてあり、シンプルな子供部屋といった感じだ。
当然と言えば当然だが、他には何も無い。
主人がいない部屋って寂しさを感じるね。
ここでしばらく休んでも良いし、屋敷を探検してもいいと提案された僕は、石碑に行ってみたいとお願いすると、お父さんが連れて行ってくれた。
屋敷の門の中には、屋敷以外にも僕が始めに寝かされていた来客用の建物が一軒あり、それ以外の大部分は広大な芝生が敷かれている。
戦地であったここは繁華街やメインの通りからは外れていて、サラサラという芝生が風に靡く音だけが聞こえる。
爽やかに肌を撫でる風からは、ここで何があったか窺い知ることは出来ない。
「うん、良い風だ。」
さっきまでデリカシー欠乏症で女性をキレさせた人とは思えない程、爽やかな表情でお父さんは言った。
「石碑のまわりだけ、花ある。」
黒曜石の様な質感の石碑の周りにだけ、草原ではなく白やうすピンク、黄色い花が生えている。
『そうよ、頑張ったのよ、私が。
始めは瘴気で澱みすぎて草木一本生えなかったんだから。
頑張って、石碑に引っ付いてる人達を説得してさぁ、大変だったんだからね?
凄いでしょ?
供養出来てる証なのよ!
まだまだ沢山居るけどね。』
それは本当にすごいよ。
確かに石碑からはあの時感じた嫌な雰囲気があるけれど、不気味と言い切るほどじゃない。
多分元はもっとおどろおどろしかったんじゃないかな。
それに神様が言うには、これは危ないものじゃ無いらしい。
あれ?危ないのはタナって言ってたじゃん。
なんで普通に僕には見えているの?
神様に近いナニかなのに。
見たら死ぬ系の怪談だったじゃん。
僕の疑問は誰に伝わる事もないけどね。
「花はな、いつからか咲き始めたのだ。
我らの祈りが届いたと、傲慢な事は考えんが、それを見てやっと戦争は終わったのだなと実感した。」
お父さんの顔は一言で表すのが憚られるぐらいだ。
それは、タナも同じく。
『うん、祈りは届いていたよ。』
2人の意思の疎通が取れない事を悲しく思うよ。
…タナはこの石碑の精霊みたいなものなのかな。
そんな風にふと思った。
八百万に神が宿る日本人的な感覚かもしれないけれど、それならしっくりくるかな。
「この景色を、見ると、きっと祈りは通じてるよ。」
…多分、タナは死者だ。
精霊として産まれたとか、神の卵として産まれたと考えたら、この家の人達に思い入れがあり過ぎる。
神様を見ている僕から見ると、適当さというか、ある種の興味の無さを感じないので、間違いないだろう。
そんなタナと生者のお父さんが会話を交わすのは良くないと思う。
だけど、これぐらいは伝えて良いんじゃないか。
「そうか、そう思うものが1人でもいるなら、我らがここに住んだ甲斐があるというものだ。」
『シーちゃんもララも、ルーベンスも、戦争で身内を失ったの。
もちろん、サシュマも。』
そっか、だから。
そして、君は…。
「祈り方を教えて。
僕も家族なら、必要でしょ。」
お父さんは、頭を撫でてくれた。
表情こそ変えなかったものの、ハゲるかと思うほど強い力で。
「お父さんはな、ラルフ。
神職としても、この石碑の管理人としても、長い間祈り続けていた。
両手を組んで、片膝を立ててしゃがみ、首を垂れる。
言葉にするとそれだけなのだが、私は祈る時、傍に神の存在を感じる時がある。
あぁ、神の子であるお前には要らない説法かもしれんがな。」
そんな事ないよ。
神様も認める宗教家なんだから、すごい事だよ。
僕が頼りになる人をお願いした時、神様は迷わずサシュマさんを選んだ。
それだけでも、どれだけ真摯に祈り続けて来たのか分かるもの。
「だが、だ。
一番始めの祈り。
これは子供達を指導する際にも同じ事をするのだが、まずは思い思いに自分の形、やり方で祈ってみて欲しい。
その後正式なものは伝えるが、形よりも気持ちを作る方を重視して欲しいのだ。
指導も、見学もしない。
対象の前で1人で行ってみると良い。
時間も問わない。
整ったと思ったら祈る。
それだけでいい。」
お父さんはもう一度僕の頭を撫でると、そのまま屋敷へと戻って行った。
でも、任せて欲しい。
この石碑にこびりつく悪霊を退散させてやろう。
そうすればきっと。
幸いそれが出来そうな力を、偶然にも神様に貰って転生しているのだ。
今回の力は、祈り。
石碑は目に入っていたからね、あの一瞬で浮かんだ力はそれだったんだ。




