シー
屋敷の更に奥、廊下の突き当たりから二番目の部屋がお父さんの魔法のお弟子さん、シーの部屋らしい。
扉を開ける前から、薬臭いというか、前世の薬膳粥とか、漢方で嗅いだ様な匂いがしている。
『シーちゃんはねぇ、魔女の里の出身なんだって。』
あ、それうっすら知ってる。
男を攫って回る女ばかりの集落があるから、近隣の村は生まれが男女問わずに女の子として育てるってサンドラちゃんが言ってた所だ。
あ、そういえば結局サンドラちゃんは女の人だったんだっけか。
しかも魔女の呪いで男性化してたって言ってたから、まだ詳しく経緯を聞いてないけど里の印象は良くないなぁ。
お父さんはノックもせず扉を開ける。
これは…あー、分かるよ、多分自分の仕事をしている最中には何も聞こえなくなるタイプの人種なんだろう。
分かる分かる。
「シー、新しい家族を紹介しに来た。
聞いてくれるか。」
「んー、後で食べるから置いておいて。」
ほらね?会話が噛み合ってない。
確かに魔法マニアなんだっけか。
そんじゃあ、こういうタイプを振り向かせるにはこれしか無いね。
「僕の、魔力が、変なんだって。」
さぁ、甘い餌だよ。
興味があるでしょ、変な魔力。
「んー…。
え?は?なにそれ。」
案の定、魔法バカは持っていた実験道具らしき物を放り出して、こちらへやって来た。
よしよし。
何それって言われても、僕が一番知らないから、逆に説明が欲しいくらいだよ。
「…属性が…無い?
違う、あるけれど、知らない、見たことも感じた事もない属性の魔力。
師匠、何この子…。」
属性ってものすらよく分かって無いんでねぇ。
神様がまたなんか失敗してるんでしょ、どうせ。
「この子はラルフ。
シー、お前なら疑わないだろうから言っておくが、神から預かりし子だ。」
あ、そういう認識?
普通に家族として扱って欲しいんだけど。
強いるものでは無いとも思うけど。
『ラルフの魔力はねぇ、私と似てるかも。』
え?タナって神様の一種でしょ?
…まぁ、そうか、僕の身体は自然に生まれたものじゃなくって、神様が作った物だからあり得るのかもしれないね。
神様の力が残っちゃってるというか、そんな感じのやつ?
「なにそれ、神様って…?
あれ?
師匠なんか若くない?
変な魔法でも使ったの?」
…家族からの篤い信頼があるね、お父さん。
本当に何をやって来たのかな。
またスルーか、と思いきや、
「いや、違う、師匠の身体にラルフの魔力と同じ魔法の感じがある…。」
シーさんは僕の中にあった神パワーの痕跡を見つけ出した。
流石、魔法の専門家は違うね。
ぶつぶつと推測を続けている様だけど、答えを見つけるのは難しいと思うよ。
だってその力、今は何処にもないから。
でもお父さんはわざわざ神から預かりし子、と表現したという事は、僕にあるらしい不思議な魔力はそれ由来と感じる物があったのだろう。
調べる気になっているから、弟子と共有したかったのかもしれない。
「んんー、不思議。
ラルフ、髪の毛少し頂戴、調べてみたいから。
師匠もね。」
髪の毛?おっけーあげちゃう。
僕も自分の身体がどうなっているのか分かった方が良いし。
「毛はやるから、まずはちゃんと挨拶をしなさい。」
流石お父さん。
それは確かにそう。
誰にも聞こえない声のタナと、お父さんが言ってくれなければ、いまだに名前すら知らない。
「あら、忘れてた?私はシー。
ウィッチのシー。
シーちゃんって呼んでね。
よろしく、ラルフ。」
ウィッチか、魔女のシーちゃん。
魔女に良いイメージはないけれど、なんか、この人は無害そうだ。
聞いていた、男を攫う戦闘民族とは印象が違う。
むしろ同僚によくいた、仕事にしか興味ない感じの研究員なんかと重なる所がある。
短く真っ直ぐに切り揃えられた髪も、ケアが面倒だからそうしているのだろうと想像が付く。
幼く見える容姿と低い身長、キツめの大きな目。
シワのついた薄手のローブ。
積まれた本に、吊るされた薬草。
何かを煮込む大鍋はないけれど、雑多な部屋は魔女によく似合うね。
「おお、そういえば、私は若返って30歳頃に変わったらしい。」
神様は35歳ぐらいって言ってたような。
だけど、あの神様の事だから正確な年齢を聞いたって当てにならない。
34歳だった僕をちょっとだけ若返らせるなんて言って、7歳ぐらいにしちゃうんだもの。
「うん、そのくらいに見える。」
「ならばこの家の最年長は45歳のお前だな。」
ピン、と空気が張り詰める。
僕としてはそれを聞いて、年齢よりも大分幼く見えるなって思ったんだけど、口を開く勇気が出ない。
「そう。それで?」
お父さん?
あの、お父さん?
気がついてらっしゃらないのかな、この割れる寸前の風船の様な空気を。
間違わないでよ、返答を。
「それで?それでとは…いや、事実そうなるな、と考えただけだが。
お前も若返れば男を捕まえるのに苦労しないだろうに。
わはは。」
『うわ、失礼!』
うわ、失礼!
タナと心の声が被ったわ。
デリカシーは?
デリカシーも神様に捧げたの?
「…結婚…私は出来ないんじゃなくて、してないの。
だから恋愛体質の村からわざわざ出てきたの。
私は魔法が恋人だから。
結婚ねぇ…。
村長…まだ結婚していない、のよねぇ。
その見た目の師匠なら、村長の好みなんじゃない?
村長と戦っても、師匠なら、勝てるかもしれないし。」
村長?
あ、戦闘民族男攫いの長?
なんてヤバそうな響きなんだ。
「リナリーンか…。
私は勇者では無いのでな、遠慮しておこう。」
「そう、でも村長に手紙出しとく。
村長に勝てそうで、良い感じの男が居るって。
ずっと探しているから。」
…それはお見合いというか…なんというか。
『手配書みたいね。』
そうだね、タナの言う通りのウォンテッド。
しかも戦うんでしょ?
怖。
でも何故だろう、庇う気が起きないや。
庇ってこっちに矛先が向くのが怖いとかでは無いけど、何故だか起きない。
とばっちりが怖いとかでは全然ないけど。
「何故あの女が私の若返りと関係あるのだ。
私と同じくらいかもう少し上の歳だろう。」
そうなの?
リナリーンさんはおばーちゃんなの?
「村長のストライクゾーンは、10歳から40歳までだから。」
ひっろ!
…ギリギリ僕も外れてて安心だ!
だけど、お父さんの元の歳より上なんでしょ?
70歳とかって事だよね…。
「馬鹿いえ、アイツは5歳から55歳までイケるクチだ。」
はい、ストライク!
僕もストライクゾーンに入ったぞ!
外からギュインと入って来た!
手紙は出さないでおこう?シーちゃん。
念の為に。
『世の中には色んな人がいるのね。』
そうですね。




