5-1 街に潜む鬼
予約投稿をミスってました。
本日より、毎日投稿再開します。
空は青く澄み渡り、遠く見える山の向こうには天高くまで入道雲がそびえ立っており、季節を象徴するような空と、八月に入って一層増した気温が夏を全力で主張する。
街中は舗装されたアスファルトの照り返りもあって、冗談でなく、殺人的な暑さを記録している。
だからなのか、夏休みの真っ最中だというのに、屋外に子供の姿は少なく、市街地はほぼ平常の姿のままを保っていた。
そんな市街地の一角にある緑豊かな公園は、オアシスのような存在で、噴水を備えた人口池と水路が渡された周囲にはベビーカーを押す主婦の一団や営業に出ているサラリーマン、街中では少なかった子供の姿も見られる。
ザガンを追うためにチームを一人離れた龍二は、そんな平和な光景を木陰のベンチから眺めていた。
別に都会のオアシスで一息入れている訳では無い。
その証拠に、龍二の視線は周囲を威圧しないように抑えられているものの、穏やかな昼下がりの公園には不似合いな鋭さがある。
それも当然の事、現在、龍二は鬼の気配を追っている最中なのだ。
暫く周囲を観察していた龍二は、上着の胸ポケットで震えるスマホを取り出し画面を確認すると、おもむろに立ち上がった。
視線は一点を見つめ、その足取りは明確な目標を定めている。
「おい、その子達をどうするつもりだ」
「え?」
龍二が声をかけたのは、水路で水遊びをしていた小学生の一団だった。
子供たちは突然現れ、自分達に声を掛けてきた体格のいい男性に驚き、戸惑いの声を上げる。
「子供に混じっていても、お前から漂う気配は隠しきれるものじゃない。そんな姿では現世で俺に対抗する事は出来んぞ」
厳しい表情の龍二を見て怯える子供たちは、龍二の視線が一人に定まっているのに気づく。
自然、その場にいる全員の視線が一人の少年に集まった。
白と青のボーダーTシャツにネイビーの七分丈パンツ、足元は足首をホールドするタイプのサンダルと子供らしい夏の装いをした少年だったが、全員の視線を受け、忌々しげに歪められた表情は全く子供らしからぬものだった。
「えっ? お前の知り合い?」
「? てゆうか、こいつ誰の友達?」
「ゆー君じゃないの?」
「違うよ! 僕が来た時にはもういたじゃん!」
子供たちは誰もそいつが誰か知らないまま、誰かの友達だと思って遊んでいたようで、そのことに気が付いて騒ぎ出す。
子供たちが騒ぎ出したことで、公園にいた大人達も場の異常に気づき、視線が集まる。
「……ちっ!忌々しい稀人がっ!」
子供の姿に似つかわしくない声と口調で吐き捨てた後、正体を暴かれた眷族鬼はその本性を現した。
子供らしく瑞々しかった肌からはツヤが引き、濁った赤に染まる。ツヤツヤした黒髪もバサバサと抜け落ち、頭頂に申し訳程度に残ったのは髪もゴワゴワしたものだけとなる。手足の肉は削げ落ち、骨と皮だけとなり、代わりに下腹部だけが異常に膨れ上がる。背は老婆のように曲がり、元々低かった身長が更に縮んだように見えるほどだ。
変化前とはかけ離れた姿と、変化前から変わらない服装のアンバランスさが、その姿のおぞましさをより一層強調する。
可愛らしい子供が、地獄の餓鬼そのものといった姿に変化したが、公園に集まった人々が悲鳴をあげる事は無かった。
何故ならそれは、抜けるように青かった空は暗く沈み、その中に冴え冴えとした蒼い月が浮かぶ、真夜の中で起こった出来事だったからだ。
「折角、ガキどもが溢れかえる時期になったってのに、稀人なんぞに邪魔されるとはな。ついてねぇぜ」
蒼い月の下、正体を現した鬼はそう吐き捨てると、両手を地面につけて四つん這いに身構えた。
「だが、ノコノコ一人でやって来たのは失敗だったな。俺は以前、お前ら稀人五人に追い回された事があるんだが、一人一人は大したヤツじゃなかったぜ。どんだけ自信があるのかしらねぇが、ガキみたいな身体つきだからって舐めんなよ?」
鬼は口上の終わりと同時に四つん這いの低い姿勢から、全身のバネを使って龍二へと飛び掛った。
「―――なーんてな!」
しかし、鬼は身構えた龍二を嘲笑い、そのまま龍二を飛び越しての逃走を図る。
「真っ正面からやり合うわけねーだろーがよ! 前回だって、逃げに徹したから助かったんだ。逃げ足だけなら誰にも負けねーぜ!」
などと情けない捨て台詞を自慢げに吐き、鬼は龍二の頭上を飛び越える。
「ケケケケケッ!………ん?」
怪鳥のような笑い声をあげる鬼だったが、いつまで経っても地に足が着かず、首をかしげる?
「あれ?」
間抜け面の鬼の視線は宙に浮いたままの体を辿り、自身の足をがしりと掴んだ人の手へと至る。
そして、その手を辿って首を巡らせれば、鬼を見上げる龍二と視線が合った。
「げぇっ!」
対決すると見せかけての逃走。
虚を突いた行為であるし、鬼は本当に逃げ足には自信があった。
しかし、龍二はあっさりと鬼の逃走を阻んでみせた。
得意満面だった鬼の表情は歪み、醜悪な顔にはびっしりと脂汗が噴き出した。
龍二の眉間に皺が寄り、視線の鋭さが一段増す。
それに伴い、鬼の足を掴んだ腕の力も増し、掴んだ部分からミシリと嫌な音が鳴る。
「ひ、ひぃっ」
じわりと染みわたるような痛みに鬼は悲鳴を上げるが、すぐにそんな事を気にしている場合で無い事に気が付いた。
龍二は無言のまま、鬼を捕まえた腕をゆっくり振り上げた。
「ま、待て1 いや、待って―――」
龍二のしようとしている事に気が付いた鬼は制止の声を上げるが、それが聞き届けられる事は無かった。
鬼が言葉を紡ぎ終えるより早く、振り上げられた腕は無慈悲に振り下ろされる。
不動のはずの地は揺れ、静寂の支配する真夜に轟音が響き渡る。
「っ!!」
悲鳴を上げる事も出来ず、凄まじい勢いで地面へと叩き付けれれた鬼は辛うじて原型を留めてはいるものの、小さなクレーターの中心にめり込み、人型の何かへと姿を変えていた。
小柄とは言え、鬼を一匹、姿勢そのままに宙に留め続ける龍二の膂力は凄まじく、その力を以て地面に叩き付けられたのだから無理も無い。
龍二は掴んだままだった鬼の足から手を離し、ゆっくりと右足を上げると、ぴくぴくと痙攣する鬼の頭部を踏み抜いた。
ぐしゃり
スイカ割りでもしたかのような軽い音をたて、鬼の頭部がその形を崩す。
同時に、痙攣を続けていた鬼の体が最後に大きく震え、動きを止める。
龍二は相手が完全に絶命している事を確認すると、地面にめり込む鬼の死骸に背を向け、その場を離れた。
公園を出て、真夜の街を進む。
充分に公園から距離を取った後、人通りの無さそうな裏路地へ入り、現世へと帰還を開始する。
蒼い月の浮かぶ空はゆっくりとその色を薄れさせ、やがて青く澄み渡る夏の青空へと姿を変る。
自らが完全に現世に戻った事を確認した龍二は小さく息を吐き、臨戦態勢だった精神を通常時のものへと切り替える。
相手がどれ程小物であっても油断はしない。完全に現世に戻るまでは常に不測の事態に備える。
それらは結城家の次男として幼い頃から叩きこまれた越境者の基本中の基本。
戦闘のスイッチが入った龍二は機械のように正確に、叩きこまれた教えを実行する。
感情は薄れ、ただ鬼を討伐する為の最善手を差し続けるのだ。
傍から見れば、戦闘時の龍二は無慈悲な戦闘マシンのように見えるだろう。
厳しい顔つきだった龍二だが、臨戦態勢を解いた事でゆっくりと表情が緩む。
最近は信頼できるチームの仲間が共にいたので、ここまでスイッチが入る事は稀だったが、チームを離れ、一人で動くようになって昔の習慣がまた戻って来ていた。
越境者としては優秀と褒められる事だろうが、日常から乖離したその精神性が龍二は少し嫌だった。
だが、他の班に交じって幽鬼を討とうとしている今、結城家の英才教育は確実に龍二を助けていた。
だから、龍二はそんな自分を残念に思いつつ、実家を恨む様な事は無い。
戦闘時のテンションと日常のそれの落差に揺れる精神が落ち着くのを待ってから、龍二は現在厄介になっている討伐班の拠点へと戻る為に歩き出した。
◇◇◇
豊野市から東京方面へと被害者を量産しながら移動しているザガンについて、本部が予想する次の出現地点は龍二が眷属鬼を討った公園のある市と隣接する三市、会わせて四つの市の何処かだろうというアバウトなものだった。
その範囲は広く、とても専任の班だけではカバーしきれるわけが無い。
勿論、龍二が合流する前から専任の班を用意して、ザガンを追い続けているのだから、そこら辺の事は既に対策がされていた。
通常、幽鬼が人を襲う場合、最初に真夜に取り込んだ人を眷属鬼に作り替える。そして、現世の状況が解らない幽鬼に代わり、眷属鬼に狩場の選定をさせるのだ。
そして、狩場が決まれば、眷属鬼を目印に真夜を作り出し、人を襲う。
つまり、現世の状況を知る事が出来ないザガンが正確に東京を目指して移動しているという事は、誘導している眷属鬼が必ず居る筈なのだ。
そこで、本部の予想した移動経路が担当地域にぶちあた各地の討伐班に地域に潜む眷属鬼の情報を出させ、それらに該当しない新たにやって来た眷属鬼を捜索するシステムが構築された。
たた、今のところザガンの眷属鬼は発見されておらず、捜索の過程で発見した眷属鬼を討伐して回る事しか出来ていない。
公園で龍二が討伐した眷属鬼も、捜索の網にかかったが、元からその地域で被害を出していた眷属鬼と判明した内の一体でしか無かった。
相手が移動している以上、その捜索に時間がかかる事は当然なのだが、中々成果の上がらない事に本部も専任の討伐班も焦れ始めている。
ただ、本部の手厚いバックアップの元、鬼が一掃に近い形で討伐できる地域の討伐班には、この作戦は非常に好評だった。




