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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第五章 殲滅部隊
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5-2 討伐作戦の現状

 駅前にあるビジネスホテルの一室に戻った龍二はシャワーを軽く浴びると、帰りにコンビニで買ったミネラルウォーターを備え付けの冷蔵庫から出し、ボトルに口をつけて飲み干した。


 真夏に屋外で活動していたので、身体が水分を求めているようで、シャワーを浴びてスッキリした身体に冷たい水が染み渡るように感じる。


 本日の討伐予定は全て終え、その報告も既にメールで済ませてある為、拠点へ顔を出すのは一息入れてからと思ってシャワーを浴びに部屋へ寄ったのだが、一度腰を落ち着けてしまうとなかなか次の行動に移れなくなってしまう。

 龍二(りゅうじ)は普段そんな事は無いのだが、今から出向かなければいけない専任討伐班の拠点の空気を思うとそうなってしまう。


 しかし、何時までもこうしているわけにもいかない。


 龍二は溜息を吐き、重い足取りで部屋を出るのだった。




 龍二が一時的に加えて貰ったザガン専任の討伐班は、全国に散り、地域に根を下ろして担当地域の鬼を刈り出す通常の討伐班と違い、各地の討伐班の応援要請に即応する為に備えられた遊撃部隊の内の一班だ。

 この遊撃部隊は結城家からの直接指令で動くため、他の討伐班より結城家との距離が近く、結城家の子飼いに近くなっている。

 将来的には龍二が統括する部門なのだが―――


「ご苦労だった。……しかし、帰還が報告からずいぶんかかっているが、どこかに寄り道でもしていたのか?」


 龍二が部屋を取っているビジネスホテルと同じ建物内にある貸し会議場に足を踏み入れると、部屋に詰めていた班員の中から、班長である内藤(ないとう)から嫌味ったらしい口調でそんな言葉を投げつけられた。

 内藤の言葉に室内に陰湿な忍び笑いが満ちる。


「戦闘で汚れたので、部屋でシャワーを浴びていました。お待たせしたのなら申し訳ありません」


 龍二は内心でため息を吐きつつも、それを表に出す事無く、軽く謝罪する。


「ふんっ! さっさと報告したまえ」


 内藤は嫌味に乗って来ない龍二に対して不満そうな顔を見せて鼻を鳴らす。


 カレンなら一発で喧嘩になっている所だが、龍二は不快には思ってもいちいち相手にしたりはしない。

 内藤にメールでしたのと同内容の報告を口頭で済ます。


「また空振りか。地元の討伐班も成果は上がっておらんし、自ら志願して作戦に参加した君には期待していたのだがな。正直、期待外れと言わざるを得んな」

「……」


 龍二は地元の討伐班や本部から送られて来る討伐依頼に従って、単独でザガンと関与していない眷属鬼(けんぞくき)を潰して回っているだけであって、直接捜索に加わっている訳では無いのだから、本命に行き当たるはずが無い。

 そんな事は内藤も解っているはずなのだが、何かにつけてこういった風に龍二をこき下ろして来る。

 班長である内藤の態度に影響されているのか、班員にも龍二を軽く見る風潮が蔓延(まんえん)しており、彼らの詰める会議室は龍二に対する嫌な空気が常に満ちていた。


 龍二が内藤班に合流してから既に一週間以上の期間が過ぎており、新たな眠り病患者の発生に合わせて拠点の移動もしている。

 その間、散々嫌味や挑発は繰り返されたが、龍二がそれに乗った事は一度として無い。


 龍二はここに自らの失敗を償う為に来ているのだ。

 内藤の個人的な感情に起因する憂さ晴らしなど、一々相手にしていられない。


 しかし、そんな龍二の態度は結果的に内藤のフラストレーションを高めており、作戦が思ったように進まない事もあって、八つ当たりの度合いは日々エスカレートしていっている。


結城(ゆうき)家と言っても、一虎(かずとら)殿と違い、落ち目の立華(たちばな)なんぞに肩入れしている時点で察するべきだったな。全く、本部も何を考えているのやら。立華がああなった以上、精鋭部隊などさっさと解散して、遊撃部隊を強化すればいいものを」


 立華家―――つまり、カレンとその家についての発言があって龍二はピクリと反応しかけるが、それを内藤に悟られた場合、どうなるかを想像して抑えた。


 結局、内藤が龍二に突っかかって来る理由はこれなのだ。


 内藤は遊撃部隊に長く席を置く、歴戦の越境者である事は間違いない。その実力は遊撃部隊で一つの班を任せられている事が証明している。

 遊撃部隊は各地に全国各地、応援要請があれば何処へでも行き、地元の討伐班だけでは対処に困る案件を担当する。


 しかし、それは相手が眷属鬼であった場合に限られる。

 相手が幽鬼(ゆうき)である場合、遊撃部隊ではなく、精鋭部隊がその任に当てられるのだ。


 内藤は常々それを不満に思っており、精鋭部隊に対する嫉妬心がそれを統括する立華家へと向かい、立華家次期当主であるカレンを抱える御幸や、御幸のチームに所属する龍二にまで及んでいるという訳だ。


 遊撃部隊全体が内藤と同類とは言わないが、内藤班に所属する他の班員の態度を見ると、内藤だけが特別では無い事が解る。


 龍二は将来、自らが率いる事になる部隊の現状を見て、内心呆れ混じりのため息を吐きたくなってしまう。


 結局、内藤の八つ当たりを受け止めるだけの不毛な時間を耐えた後、翌日の予定を知らされた龍二は精神的な疲労で重くなった体で部屋へと引き上げるのだった。




◇◇◇





 幽鬼ザガンの討伐に本部が動いたのは六月の後半の事だ。


 豊野(とよの)市で局地的に発生した奇病である『眠り病』、その原因が幽鬼ザガンである事を突き止めたのは、討伐班の中でもその成立過程から扱いに至るまで例外で埋め尽くされている櫻澤(おうさわ)班の新人二名。

 実戦経験の乏しい二名は討伐では無く、報告を優先する為に戦闘を避けた。結果、ザガンの存在は本部の知る所となり、逃亡したザガンに対して討伐作戦が展開される事となった。


 通常、幽鬼の討伐は精鋭部隊が当たるのだが、これに異を唱えたのが全討伐班を統括する結城家の次期当主であり、既に実務のほとんどを引き継いでいる一虎だった。


 幽界に戻らず、豊野市から東京方面へ移動しているザガンを追う為には広範囲に捜索網を敷く必要があり、少数の精鋭部隊よりより広範囲での連携が取れる討伐班がその任に当たるべきだというのが一虎の主張であった。

 当初、眷属鬼とは一線を画す戦闘力を持つ幽鬼に対して討伐班では(いたずら)に犠牲が増えるだけではないか、との意見もあったが、どういった訳か本家当主である明乃がこれを承認してしまった為、ザガンの討伐は討伐班に一任される事となった。


 一虎は遊撃部隊から専任の討伐班を選出、本部内に専用の指令所を開設し、担当地区がザガンの進路上に存在する討伐班との連携が取れる体制を整えた。

 だが、捜索範囲はあまりに広大で、それだけでは足りなかった。


 思いの外難航する捜索に、一虎は討伐班に所属する全越境者の中から、感知・捜索に長けた力を有する越境者を集め、新たに捜索に特化した班を臨時に作る事で対応する事を決めた。

 こうして、ザガンを追い始めて一ヶ月が過ぎた頃、捜索班と何の捻りも無い名称を与えられた急造の班は誕生した。


 そして、その捜索班がザガン討伐作戦に投入されて既に一月、まだ成果は上がっていない。


「大体、私らが鬼を追うのに適してるって言っても、こんな広い範囲から手掛かりも無い相手を見つけられるわけないじゃない……」


 突然、捜索班に任命され、半ば強制的に引っ張って来られた女性が周辺地図を表示したタブレットを片手に一人ぼやく。


 彼女の力は鬼の痕跡が視覚的に解るというもので、鬼が通った道には赤黒いガス状の物が帯のように伸びて見える。それを辿って行けば、やがて本体へ至るというわけだ。

 だが、相手もじっと動かないわけではないし、徒歩で移動しているとも限らない。

 そんな訳で、毎日足が棒になるくらい動き回っても、成果はイマイチだった。


 捜索班に参加させられた他の面々も似たり寄ったりで、範囲内の鬼の居る方向が解るが、範囲は半径百メート以内等、その程度の力しかない者が多い。

 所属班でも市街戦で見失いがちな鬼を逃がさない為に力を使う事はあっても、一から鬼を探すような使い方をした経験は無い。


 慣れない土地で、慣れない作業をさせられ、しかも成果は皆無。

 彼らのモチベーションは地を這っていた。


「はぁ~……」


 女性はタブレットに表示された自分の担当する捜索範囲の中、まだ塗り潰されていない未捜索範囲の広さにため息を吐く。


 しかし、ため息を吐いた所でノルマが減るわけも無い。


 女性はノロノロとタブレットから顔を上げ、駅前方面へ向かって重い足を引き摺るようにして歩き出した。


「日差しはきついし、成果は出ないし、休みは減ったし、碌な事が無い……」


 ぶつぶつと口の中で不満を溢しながら、地方都市の微妙に田舎臭い駅前を歩く。

 せめて日差しを避けようと、駅下の商店街に入る。


 シャッターの下りている商店の前ではギターをかき鳴らしておひねりを貰っている自称ミュージシャン、ファンシーショップの黄色い歓声を上げる女子高生、ジャケットを小脇に抱えて額の汗をハンカチで拭くサラリーマン。

 様々な人々が行き交うそこは日常が溢れていた。


 そんな人々の隙間を縫うようにして、駅の改札方面に向かう。


 別に電車に乗ろうというわけでは無い。

 ザガンの眷属鬼は他所の土地から移動してきているのだから、電車を使った場合、改札を通った痕跡があるはずだと思ったからだ。


 そして、その予想は的中した。


「あっ……」


 駅の改札、そこには構内から外に向かって赤黒いガス状の靄が外に向かって揺蕩っているのを見て、女性は小さく声を出した。


「いやいや、まだ目的の眷属鬼の痕跡かどうかも解らないから……」


 鬼は意外なほど身近に潜んでいる。


 この苦行のような捜索に加わってから、こういったぬか喜びを何度繰り返したか思い出し、女性は過剰な期待をしないように自らを戒める。


「何にしても、取りあえずは報告して……」


 女性はスマホを取り出すと、痕跡を発見した事と追跡を開始する旨を本部の指令所と現地の拠点へ報告する。


「じゃあ、行きますか」


 鬼の痕跡を追って歩き出す。


 これが標的の痕跡かどうかは解らない。

 だが、例えそうでなくとも何の手掛かりも無く歩くより、痕跡を辿っている方が気持ち的に何倍もマシだ。


 期待してはいけない。

 何度裏切られた事か。


「……これが標的の痕跡だったらいいなぁ~」


 しかし、本音はやっぱりこれである。

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