武部雪緒(1) 私の進路
私の名前は武部雪緒。
櫻澤一族五分家の一角を担う武部家傍流の娘、と言うのが私の立場。
五分家は当主の兄弟姉妹の家のみに直系と同じ姓を名乗る事が許される。
だから、武部の当主が代替わりした際には、私は武部で無くなるらしい。
今時、古臭い風習だとは思うけど、それで一族が纏まっている以上、私一人がどうこう言ってどうにかなるものでもないし、特に不都合があるわけでも無いから、言うつもりも無い。
ただ、時々、世間の常識とのギャップに戸惑うだけ。
普段から里で生活している人達は違和感がないのかも知れないけれど、私のように親の任地が里から離れていれば、そういった里の決まりに触れる機会は少ない。
だから、世間一般の常識の方に判断基準を置きがちになり、どうしてもそう感じてしまう。
古臭いと言えば、私が今年参加した成人の儀もそうだ。
一族の子供が十五歳になる年の一月末に行われるこの儀式は古臭いだけでなく、私達、櫻澤の人間が世間一般の人たちと違う事を決定的に自覚させられるものだった。
里だけでなく、全国に散って活動する一族の十五になる子供が一堂に集められると聞いていたから、相当な人数が集まると思っていたけど、集まったのは五、六十人程で、想像よりずっと少なかった。
ただ、全員が用意された白装束に身を包んでおり、何かの宗教儀式に挑む様な異様な光景ではあった。
ああ、一応成人の『儀』なのだから、宗教的な側面もあるのか。
ともかく、集められた私達は初めて見る本家の御当主から祝いの言葉を頂き、五分家の当主からは幼い頃から耳にタコの出来る程聞いた櫻澤としての心得の焼き直しを頂いた。
ここまでであればただの古臭い風習で終わりなのだけど、そこから先が特別だった。
集められた五、六十人の内、越境者となる事を望んだ四十人くらいがバラバラに、里の第一修練場へと潜るのだけど、天然の洞窟そのままのそこは真夜と同じ空間が常時展開されていて、現世では起こり得ない事が起こる場所だった。
自分が世間一般の人たちとは違う一団に属している事は自覚していたし、鬼や真夜の存在を疑ってもいなかった。でも、知識として知っている事と体験する事の違いは大きくて、私はそこでそれまでの常識を打ち砕かれる事となった。
第一修練場は自分の願望と向き合う場所。
それは聞いていた通りだったけど、私の想像も出来ない場所だった。
父の班に所属する越境者である田中さんや小林さんに事前情報を貰おうとしたけど、二人が言葉を濁して詳細を語らなかった意味が解った。
あそこは、自分ですら自覚していない心の底の底まで曝け出される場所で、それは人に話したくは無いし、出来るなら自分でも知りたくなかった。
昔はこれを含めて成人の儀であり、この儀式を乗り越えなければ成人と認められなかったそうだ。
確かに、私もこの儀式を乗り越える前と後で自分が変わった自覚がある。
それは越境者かそうで無いかの違いではなく、自分を知っているか知らないかの違いだと思う。
兎に角、私は儀式を無事に終え、越境者となったわけだけど、ここで私は父のいい加減さを思い知る事となる。
通常、成人の儀で第一修練場に潜る事を望む子供には、年単位で親か親が越境者で無い場合は里に入り本部の越境者に教育係となって貰い、成人の儀を恙無く執り行えるように準備するのだそうだ。
「何で、そんな大事な事を黙っていたんですか! 私だけですよ、準備も無しに成人の儀に挑んだ者は!」
私は怒りに震えながら父に詰め寄ったが、父はしれっとした様子で、事も無げに次のような事を言った。
「いや〜、お前は立華のご令嬢に憧れているようだったから、武部の教育はやめた方がいいと思ったんだ」
何だ、それは。
立華カレンに憧れているのは否定しないわよ。
でも、立華の教育係に付いて貰えるように取り計らってくれるなら感謝もするけど、教育を放棄するなんて馬鹿な結論にどうやったら辿り着くのか……。
私は頭を抱えてしまった。
……過ぎた事はまあ、いいわ。
私の越境者としての力は対象を選べない代わりに、範囲内の全てを凍てつかせる、強力なものだった。
―――全く父のおかげでは無いけれど。
成人の儀の後、一ヶ月の里での訓練で開花した私の力は、多くの人の目に留まったが、強力な力を得た私を武部家が放っておくはずも無く、傍流とはいえ武部の家と直接的に繋がりのある私を露骨に引き抜きにかかるような輩は居なかった。
私は父の部隊で一人前になるまで教育を受け、その後は武部家のお抱え越境者となるのだろう。
五分家の直系に近い私のような者には他家の人達みたいに一人前になったからといって所属を変える自由は無い。
勿論、明確に禁止されているわけではないけれど、そんな事をすればどうしても家と家のシコリを生んでしまう。だから、もし私が希望しても受け入れてくれる家は無いのだ。
こういう言い方をすると、とても不遇な立場にいるように聞こえてしまうが、実際の所、私はそれに不満は無い。
そもそも、私はこれまで本部や里と関係して来なかったので、一族内での政治的な事には興味が無い。
きっとそれは私に限った話では無く、現場で活動する越境者は皆そうだと思う。
どこの家に所属していようと、越境者のやる事は一つ。
鬼の討伐だ。
やる事は同じで、待遇も変わりないのであれば、慣れ親しんだ人達のいる家から離れる必要性を誰も感じないと思う。
それに、この場ではその不自由な立場のおかげで、変に勧誘めいた事をされずに済んで助かっているくらいだ。
そこで私に声を掛けて来た武部家以外の人は一人だけ、現在は本家預かりになっている精鋭部隊の小隊長にあたる方だけだった。
立華家の精鋭部隊はその名の通り、家の柵を越えた櫻澤一族の最高戦力が集められた対幽鬼専門の討伐部隊で、全国各地に拠点を築いて活動する結城家が統括する討伐部隊とは違い、一カ所に留まる事は無いと聞いていたので、まさかその隊員に会えるとは思っていなかった。
その小隊長さんは父の知り合いだそうで、私が娘と知ってわざわざ様子を見に来てくれたそうだ。
父から私が立華カレンに憧れている事を聞いていたそうで、立華カレンのエピソードや精鋭部隊について教えて貰えた。
これに関しては素直に父に感謝だ。
「二、三年お父さんの部隊で経験を積んだ後、その気があるなら精鋭部隊の入隊試験を受けるといい」
小隊長さんは素敵な話を聞かせてくれただけでなく、訓練を見た後にそう言ってくれた。
これを言葉そのままに受け取る程、私も馬鹿では無いけれど、見込みはあると思って貰えたのは本当のようなので『将来に期待』くらいには思ってもいいだろう。
将来がほぼ決まっており、それを特に不満に思っていなかった私だけど、これにはクラっときた。
精鋭部隊は家の柵なら囚われず、様々な出自の者が集まった実力主義の部隊であり、本人が望み、試験をパスすれば私のような立場の者でも軋轢無く家の柵を完全にでは無いけど、断つ事ができる。
何故、精鋭部隊がそれほど特殊な立場かと言えば、彼らは一族の最高戦力を集めた必殺の剣として創設されたからで、その編成に異を唱えるという事は一族の方針に逆らう事に他ならないからだ。
それに加えて、立華の家は現本家当主の双子の妹が二代前の当主であった事、現在は当主不在で本家預かりになっている事で余計に特別な立場となっているのだ。
この状況がいつまで続くかは分からないが、立華家次期当主の立華カレンは現在高校一年生。
おそらく、私が経験を積む二、三年の内に変わることはないと思う。
だから、私は部隊長のリップサービスかも知れない発言に、結構本気で未来図を描いてしまった。
今の私の立場に、本当に不満は無いけれど、いずれ憧れの立華カレンが率いる事となる精鋭部隊に席を置く事は非常に魅力的な将来像に見えた。
私は、本家での訓練を誰よりも真面目に受けた。
家に戻り、父の部隊での活動にも積極的に取り組んだ。
三年後、私は高校三年生になる。
卒業後の進路が精鋭部隊への入隊と出来るように、私は努力を始めた。
この時、私は予想もしていなかった。
その年の夏、憧れに直接会う事になるなんて。




