結城龍二(1) 一人、東へ
俺―――結城龍二は後悔していた。
俺が言葉足らずだった所為で、チームの後輩である夕凪真言と高坂真一を危険に晒し、真一は大怪我まで負うこととなった。
越境者として驚異的な回復力を持つ真一だから命があったが、別の者であれば命を落としていたに違いない。
その場合、一緒に居た夕凪も同様の末路を辿った事だろう。
二人の命が助かったのは、運が味方し、真一が命がけで逃げに徹したおかげでしか無い。
あいつは訓練を初めてまだ一ヶ月弱だというのに、大した奴だ。
あのカレンが目をかけるのも納得だ。
………
ともかく、二人が助かったのは幸運だったが、俺の過失が帳消しになるはずも無い。
勿論、俺の判断は二人の身を案じてのもので、その結論が間違っていたとは今でも思わない。
ただ、だからこそ、もう少し俺が夕凪の心情を慮った言葉を選んでいたなら、二人の事を理解し、カレンや梓さんのように二人の行動を予測できていたなら、こんな事態にはなっていなかったはずだ。
過ちは償わなければならない。
◇◇◇
期末テストが終わり、夏休みを目前に控えた頃、御幸から夏休み中のチームとしての活動について予定を聞かされた。
俺は御幸、梓さんと共に通常活動を行いつつ、御幸の実戦訓練に付き合うように言われた。
だが、俺にはこの長期休暇を利用してやりたい、いや、やらねばならない事があった。
これは俺の我儘であり、それでチームの活動に穴を開ける事が引っかかり、しばらく悩んだが、やはり自らの気持ちを抑えることが出来なかった。
チームメンバーで集まり、夏休みの課題を全て片付け、身軽になったところで、俺は御幸にその事を相談することにした。
「御幸、この後少しいいか? 相談したい事があるんだが」
「何? 改まって相談なんて」
俺の申し出に御幸は怪訝そうにするが、夕食後に時間を作ってくれた。
「で、どうしたの?」
「実はこの夏休み中の活動について何だが、俺が抜けても問題ないか?」
「えっ? どういう事?」
面食らった顔をする御幸だが、真剣に話を聞く姿勢を取ってくれた。
こいつはいつも、まず相手の言い分を聞く姿勢を忘れない。
こういった事も俺には足りない部分で、いつも見習わなければと思わされる。
「俺はこの長期休みに取り逃がしたザガンを追いたいと思っている。実は、実家には既に相談していて、もし御幸から許可が取れたなら、現在ザガンを追っている討伐班に合流出来るように渡りは付けてある」
「私の許可以外の段取りはもうついてるって事ね」
「ああ」
御幸はため息を吐いた後、苦笑いを見せる。
「それじゃあ、許可しないわけにはいかないじゃない。……いつからそんなに手回しが良くなったの?」
俺は御幸の表情と口調にはっとさせられる。
言われてみればそうだ。
俺は御幸なら俺や夕凪の気持ちを考えて、許可を出さないはずが無いと勝手に思い込んでいた。
むしろ、由紀についた兄貴が実務を取り仕切っている実家の方が、御幸と親しい俺の要請を却下する可能性の方が高いと思い、実現性の無い話を相談しても仕方がないからとそちらの段取りを先に付けてしまった。
だが、事がここまで進んでは御幸が許可を出さない為には相応の理由を付け、便宜を図る用意をしてくれた結城家に詫びねばならなくなる。
これでは断るに断れない状況を整えてから相談を持ってきた。
―――嵌めた、と言われても仕方がない。
「いや、そんなつもりでは無かったんだが……」
俺はその事にここで気が付き、焦った。
「解ってるわよ。貴方がそんなつもりじゃなかったって事くらい」
「あ、ああ、そうか……」
「でも、それは私たちの付き合いが長いからよ。『そんなつもりじゃなかった』なんて、言い訳にもならないんだから」
「……そうだな」
まただ。
俺はいつも同じ失敗を繰り返す。
説明が足らず、誤解を生む。気を回したつもりが、逆に相手に他の選択肢を選べない状況を作る。他にもあるが、それらの原因は共通して『相手の立場でものが考えられない』事だ。
それに気が付いた時には、原因が解っているのだからすぐに直せると思っていた。
しかし、相手の立場に立って考えたつもりでも、人によって物の感じ方が違い、良かれと思って取った行動が裏目に出る事が増えただけだった。
結局、俺には相手の気持ちを読み解く力が決定的に欠落しているのだ。
御幸達、付き合いの長い相手は俺を理解し、その都度今のように注意してくれるが、俺のそれは一向に改善されてこなかった。
夕凪達の事はそれが原因だというのに、責任を取る為の段取りでまた失敗してしまうとは、情けない。
「もう、そんな顔しないでよ。私が意地悪言ったみたいじゃないの」
「いや、……すまん」
御幸は冗談めかして言うが、これは完全に俺の落ち度だ。
「いいわよ。行ってきて」
さらりと言うので、俺は一瞬何のことか分からなかった。
「何よ、ぽかんとして。まさか、私が許可しないとでも思ってたの?」
「い、いや、そんな事はないが」
「皆に予定を話した時に言ったじゃない。何か変更があったら言ってって」
元々、許可が出ると思っていたから先に段取りを付けたのだ。
御幸が許可してくれる事は本当に疑っていなかった。
思考が別の方向を向いていたので、すぐに反応できなかっただけだ。
御幸に妙な誤解をさせてしまったが、そうだ、その話をしていたんだった。
俺は内罰的になっていた思考を切り替え、本題の方へ意識を戻す。
「それで、私が許可したらどうする予定だったの?」
話は今後の具体的な予定に移った。
「眠り病の発症した患者の広がりから、おおよそのザガンの現在位置を割り出し、追っている専任の討伐班に合流する」
「今、どの辺りなの?」
「東京に向かって東へ向かっているそうだ」
ザガンの移動は遅く、東京を真っ直ぐ目指してはいるようだが、その通り道にあたる土地毎に一定量の被害者が出るまで移動していない。
真一の報告にもあったが、奴は狩猟的だった鬼の捕食に畜産的な方向性を持たせようとしているようで、その実践データの蓄積をしているのだろうと本部は分析している。
東京を目指しているのも、最終的には大都市で大々的な実験を画策しているからではないかと考えられている。
夕凪と真一の事が無くとも、自分が取り逃がした鬼がそんな大事件を企んでいるのならば、必ず阻止しなければならない。
「そう。で、何時発つの?」
「お前の許可は貰ったから、後は実家にその事を伝えて、明日、早ければ今日中には向かうつもりだ」
「随分急ぐのね」
「ああ、最新の被害者を追っているが、本部に情報が上がって、現場に届くまでにはどうしようとタイムラグが発生してしまう。だから、現在位置の予測は広い範囲をカバーしなくてはならず、人手はいくらあっても足りないそうだからな」
追う側である俺達はどうしても後手に回らざるを得ず、捜索にも人員が必要だ。
早ければ早いほどいいだろう。
「分ったわ。こっちの事は心配しないでいいから、絶対に仕留めて来てね。……夕凪さん、普通にしているけど、週末は必ず病院に顔を出しているみたいだし、責任を感じてるはずよ。彼女を楽にしてあげて」
「ああ、絶対にいい報告を持って帰る」
「よろしくね」
俺はホームを出ると、自室に戻り、実家に連絡を入れる。
「……もしもし」
家の使用人に取次ぎを頼むと、数分待たされた後、電話口に聞きなれた声が出た。
「兄貴」
「例の件についてだろう? 御幸様から許可はいただけたのか?」
「ああ、問題ない」
「では、早急に現地の討伐班と合流しろ。現在の班の拠点はメールで送っておく」
「頼む」
兄貴らしい必要最低限の情報のやり取りに、俺は少しほっとする。
結城の家は昔から討伐班を統括する家であり、どうしてもその気質は武に偏る。
自分の欠点を家の所為にするつもりは無いが、感情よりも実利を、思いやりより効率を先に考えがちだ。
俺はそういった面を直したいと思っているが、やはりそういった価値観の相手であれば気を遣わずに話せる分、楽に感じてしまう。
「今回の件はいい経験になるだろう。将来、お前は結城家の抱える遊撃部隊を率い、全国を転戦する事になる。一カ所に留まって土地に根を張る討伐班との違いを現場で学んで来い」
兄貴の言う通り、俺の将来は幼い頃からそう決まっている。
その為の準備は物心つく頃には始まっていたが、俺自身はそれを不満に思った事は無い。
ただ、そうなれば、チームを抜けなければならない事だけが残念だ。
「おそらく、お前がその任に着く頃には遊撃部隊は今とは比べものにならない規模になるはずだ。その準備は早い方がいい。……まだそのチームに拘るのか?」
兄貴はやはり俺が御幸の近くに居る事を良しとしていなかったか。
以前は単純に一班員としての経験しか積めない事が理由だったが、由紀を本家当主にと望むようになった今ではその理由が変わっているだろうとは思っていた。
「高校卒業までは好きにさせてくれる約束だ」
「それは分っているが、それで何が変わる? 今の環境がお前の将来に役立つとは思えん」
兄貴の声には確かに俺の将来を憂う感情が見える。
由紀につく事を選んでも、兄貴が俺に敵対的な態度を取る事は無かった。
無理に御幸から引き離す事も、由紀につくように命じる事もだ。
それどころか、俺は兄貴が由紀についている事を、御幸達がカレンの査問会に出席する為に本家に向かう事となった時、御幸から里の状況の一部として聞くまで全く知らなかった。
御幸が本家を苦手に思い、カレンが里全体の空気を嫌うのと違い、俺が実家を悪く思わないのは、こういった所からだろう。
「俺の最後の我儘だ。これだけは譲れない」
人から見ればただのモラトリアムにしか見えないだろうが、俺にとっては大事な事だ。
幼い日、共に災厄を乗り切った仲間が自らの道を歩き出すまでは、傍に居て支えると誓ったのだから。
「……まあ、いい」
兄貴は小さくため息を吐くと、その話題を切り上げた。
俺がこれについては絶対に折れない事を、高校進学の時にさんざんやり合って、理解しているからだろう。
「現地にはお前が行く事は伝えておく。お前は出発を急げ」
「ああ」
「良い報告を待っている。……では、な」
兄貴との通話を終え、俺は事前に用意しておいた荷物を手に取り、部屋を出る。
駅に向かうバスに揺られていると、本部のメールアドレスで現地の討伐班が拠点として使用しているホテルの情報が送られて来た。
今の時間では公共交通機関だけでは到着できそうにないが、行けるところまでは電車で向かい、そこからはタクシーを利用する事にする。
時間は限られている。
俺は自身の過失から生じた諸々の問題に決着をつける為に、東を目指した。




