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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第四章 成長
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4-19 二つの決着

 胸に突き込まれる剣。

 それは正確に真一(しんいち)の心臓に狙いを定められていた。


 鬼はこの戦闘で、真一の越境者(えっきょうしゃ)としての力をほぼ正確に見抜いていた。

 獣か食らい付き、何度もその身から肉を剥ぎ取った感覚があったにも関わらず、真一にダメージが蓄積している様子が見られない。

 打撃なら規格外のタフネスとでも思っただろうが、欠損した部位はそんな事でどうにかなるものではない。

 ならば、回復しかあり得ないだろう。


 だが、その回復力はどれ程の物だろう?


 大抵の生物にとって心臓は()くべからざる重要な器官だ。

 それを刺し貫かれても無事でいられるだろうか?


 もし、無事であれば次は首を飛ばしてみよう。

 それでも無事なら、四肢を切り飛ばした後に、端から細切れにでもしてやろう。


 ともあれ、先ずは心臓からだ。


 鬼はそう考え、真一の心臓へ正確に剣を突き込んだ。


 蒼い月の輝きを反射し輝く軌跡が、その先にある心臓目掛けてまっすぐに伸びる。


「ぐぅっ」


 真一の口から苦悶(くもん)の声が漏れた。


 肉を貫き、硬い骨を引っ掻く感覚までも鮮明に手に伝わり、鬼は小さく口を緩める。


「うがあっ!」


 しかし、真一は獣のように吠え、前進を続けた。

 前に出した左手を伸ばし、鬼の首へと掴みかかろうとする。


 それに対して鬼は咄嗟に剣を引き、距離を取ろうとする。


 しかし―――


「なっ!」


 剣はビクとも動かない。


 左手よりも先に真一の右手が、剣を握る鬼の右手へと到達し、その手を剣の柄ごと握り込む。


 手を捉えられるより前から剣は動かなかった。

 その理由を鬼は捉えられた右手を、正確には己の右手を掴む真一の右手を見て理解した。


 心臓を貫いたと思った剣は、真一の右掌から入り、前腕の中程から一度外に出て、再び真一の二の腕へと潜っていた。


 剣に貫かれたまま、無理に動かした為、傷口はぐちゃぐちゃに乱れ、その痛みはどれ程のものか想像するのも恐ろしい。


 しかし、真一はその痛みに耐え、鬼の右手ごと剣を封じてみせた。

 そして、伸ばされた左手は、鬼の首を掴み、そのまま全体重をかけて、伸し掛るようにして鬼を地面に押し倒した。


「ぐっ、くぅぅっ……」


 真一は転倒の衝撃が傷に響いたのか、額に脂汗を滲ませながら、苦悶の呻きを漏らす。


「ようやく、捕まえた、ぞ?」


 しかし、痛みに呻きながらも、その口元は明らかに喜悦(きえつ)に歪んでいる。

 覚悟を決めて据わった目、己の血飛沫で汚れた頬を歪ませ笑み。

 その凄惨(せいさん)な迫力に、鬼は背筋がゾッとした。


 これではどちらが鬼か分からない。


「な、舐めるな!小僧が!」


 一瞬、真一の迫力に呑まれかけた鬼は、己を鼓舞(こぶ)するように叫ぶと、真一の腕を貫いている剣に力を込める。


 捻るようにして、傷口を広げて剣を引き抜こうとするが、やはり剣はビクとも動かない。


「何?!」


 柄ごと手を握り込まれているのが原因ではない。

 大柄という事もない真一の手は体格に見合ったもので、特に大きいわけではないのだから、柄ごと手を捕まえていては大した力も込められない。

 実際、剣に捻りを加えようと動かしただけで簡単に手は外れた。


 問題は既に再生が始まっている傷口と削るようにして噛み込んでしまった骨だ。


 剣に貫かれた体は、その鋭さに対抗する為に組織を織り上げており、骨は元より龍二の打撃や関節技に耐える程頑丈だった。

 そんなものにガッチリと刀身のほとんどを握り込まれている上、肩が地に着いており、力が十分に発揮出来ない状態では動かすことはまず無理だろう。


「ならば!」


 頭を振り、喉を掴む真一の左手を振りほどくと、地に着いた背を強引に持ち上げ、口を大きく開く。

 獣のようでプライドに障るが、こうなっては仕方がない。


 鬼らしく人ではあり得ない長さに成長した犬歯剥き、真一の喉笛へと食らいつこうと首を伸ばす。


「だから、どうした!」


 至近距離での噛みつきに、真一は怯みもしない。


 獣の戦い方では真一を脅かす事は不可能だ。

 何故なら、真一は日常的に黒狼相手に模擬戦を繰り返しており、噛みつきになど慣れっこだなのだ。


 そしてそれは、その対処法も体に染み込むように体得しているという事も意味している。


 真一は振り解かれた左手を、大きく開いた鬼の口へと突き込んだ。


「ほがっ?!」


 思いがけない対処法に鬼は目を白黒させた。


 しかし、噛みつこうとしたところに相手が手を突っ込んできたのだ。

 狙いは違うが、そのまま噛み砕いてしまえばいい。


 鬼はありったけの力を込め、真一の左手を噛み砕こうと思ったが、酷い嘔吐感が込み上げ、顎に力が入らない。


「?!」


 真一は鬼の口にただ手を差し入れたのではない。

 貫手の形で喉の奥まで突き入れたのだ。


 鍛えようのない喉の奥を突かれ、鬼はジタバタと暴れるが、それは最早理性的な反撃では無く、本能と反射による行動でしかなく、そんなものは真一によって簡単に抑え込まれてしまう。


 完全なマウントを取った真一は、鬼の口から左手を引き抜き、右手を串刺しにしたままの剣の柄に手をかける。


「くうぅぅっ!」


 痛みをこらえ、一気に引き抜いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 右腕の傷口は早くも再生が始まっている。

 痛みはあるが、動かすのに支障は無い。


 本当なら再生が完全に済んでから行動したかったが、下敷きにした鬼がいつまでも大人しくしているはずもない。

 真一は引き抜いた剣を逆手に構える。


「ま、待―――」


 真一に抑え込まれた鬼は何か言いかけるが、真一はそれに構わず、その眉間に剣を突き入れた。


 鬼の産み出した剣は切れ味鋭く、その持ち主の頭部を簡単に貫き、アスファルトにその切っ先を埋める。


 真一はそのままの姿勢で鬼の瞳から光が失われる様を眺め、完全にその(ともしび)が消え失せたことを確認すると、ゆっくりと詰めていた息を吐き、鬼の頭部を貫いたままの剣にもたれ掛かる。

 数秒そのままの姿勢を維持した後、今度は脱力するままに、倒れ込むように地に身を投げ、ごろりと仰向けになる。


 鬼の死骸と並んで寝転がると、真一はぽつりと呟く。


「もっと、葛藤するものかと思った……」


 鬼は人に理不尽な死を(もたら)す天敵で、それを殺す事は善悪以前に、被捕食側の人と言う種にとって当然の事だ。

 それを理解し、納得した上で、人と同じ姿をした()()を殺す事を逡巡(しゅんじゅん)したり、葛藤があるかと思っていた。


 しかし、実際は一切の迷いなく、手を下していた。


 変な話だが、真一は自分が躊躇い無く鬼に止めを刺し、その事に後悔も罪悪感も抱いていない事に安心していた。


 フィクションではこういう場合、登場人物が人と同じ姿の敵を討つ事に悩み、葛藤するものだが、真一は自分がそういった状態になり、鬼と戦えなくなる事を恐れていた。

 人として間違っているのかもしれないが、それが真一の偽らざる本音だった。


 何はともあれ、真一は自らの役割を(まっと)うした。

 その達成感を抱き、薄汚れた路地裏の地面に寝転がり、四角く切り取られた空に浮かぶ、蒼い月を眺めていると、真一の視界にぬっと黒い獣が割り込んで来た。


「うおっ!―――って、カレンの黒狼?」


 てっきり鬼が生きていて、屍鬼の獣が襲って来たのかと思って飛び起きた真一だったが、それが獣とは比べものにならない程に立派な体躯と毛並みを備える黒狼である事に気が付き、脱力する。


「お前、ご主人様はどうしたんだ?」


 真一が黒狼の首筋に触れて問うと、黒狼は真一の上着の袖を噛み、引っ張る。


「ついて来いって事か?」


 真一の言葉に黒狼は人のように頷いた。


 本当はもう少し休んでいたかったが、黒狼はカレンの意思で行動しているはずで、カレンが来いと言うのなら、真一はその指示に従わなければならない。

 勿論、傷自体はもうとっくに回復しており、動くのに支障は無い。


「うっし、案内頼むぞ」


 勢いを付けて立ち上がった真一に、黒狼は一声吠えて答えると、先導するように駆けだした。




◇◇◇




 (きら)びやかな装飾や、ふかふかのボックスシート、バーカウンターのスツールが並び、華やかなクラブのホールだった場所は見る影も無く、崩壊寸前の廃墟のようなありさまだ。


 カウンター側では変異したタイタンとカレンが暴れまわり、入り口側では坂本の放つ蛇の群れが正親(まさちか)の放つ苦無(くない)が爆散させている。


「おっさん、ちまちまとしつこいんだよ。さっさと退場しちゃってよ」


 坂本(さかもと)屍鬼(しき)は本物の蛇と変わらない程度の大きさしか無く、それほど強力とは言えないものだが、その物量は圧倒的で、正親がいくら爆散させてもきりがない。


「これでも班長なんでね。娘が戻るまでの時間稼ぎくらいはさせて貰うよ」


 ただ、正親も長年討伐班の班長として前線に立ち続けた人物だ。

 能力的に相性が悪くとも、絶妙な立ち回りで、決定的に不利な状況にはなっていない。


 ただ、そうは言っても、面で攻めて来る相手に、点の攻撃手段しかない元親ではどうしても戦線を維持する事が出来ない。

 正親は徐々にクラブの入り口側へと押しやられ、遂に狭い入り口の通路へと押し込まれてしまった。


「後が無いんじゃないの?」


 狭い通路の床と言わず、壁と言わず、坂本の屍鬼である蛇がびっしりと隙間なく埋め尽くす。


 相手が密集しているので、確実に攻撃は当たるが、それに倍する敵が押し寄せる。


「くっ」


 流石の正親も、状況の悪さに顔を歪ませる。

 しかし、カレンや安否の確認出来ていない小林を置いて撤退する事は出来ない。


 必死に打開策を探る正親を、余裕の表情で眺める坂本。


「さあ、ここらで終幕じゃ、ぶっ!」


 余裕の表情をした坂本が、横合いから飛んできた氷塊に吹き飛ばされ、正親の視界から消えた。


雪緒(ゆきお)!」


 間に合った。

 正親は氷塊を放った娘の名を呼んだ。


「お父さん! 待ってて、『凍れ』!」


 雪緒が命じ、床に手を着くと、そこから通路の中程までの壁床天井が蛇の群れごと凍り付く。


「『砕けろ』!」


 そして、腕を一振りすれば、その氷は内に閉じ込めたモノと共に粉々に砕け散り、露になって消え失せた。


「お父さん! 無事?」

「何とかねー」


 正親は床にへたり込みたいのを(こら)え、愛娘に向かって手を振った。


「遅くなってごめん。田中(たなか)さんを外に避難させた後、裏口から侵入して、小林(こばやし)さんを探してたの」

「それで、小林君は?」

「うん、無事……とは言えないけど、まだ生きてる。田中さんと一緒に現世に戻したから、たぶん間に合うはず」

「そうか、よかった」


 正親は心底ほっとした顔で、班員の無事を喜んだ。


 だが、状況はゆっくり喜んでいられるものでは無い。


「いきなりぶっ放すなんて、ひどいじゃん?」


 軽い口調とは裏腹に、額に青筋を立てた坂本が、吹き飛ばされて突っ込んだボックスシートの間から身を起こす。


 後少しで手こずりつつも追い詰めた正親を仕留められるという所で邪魔が入ったのだ。

 その怒りは大きいだろう。


「他の二人は逃がしたみたいだけど、アンタ等はここで死んで貰うかんな!」


 坂本の言葉に応えるように、その影から無数の蛇が這い出て来る。


「お父さん、ここは私が」

「任せた」


 正親はそう言うと、雪緒から大きく距離を取る。


「何、何? 今度はお嬢ちゃんが相手なわけ? 一旦逃げ出したのに、俺ちゃんの相手になるの?」


 安っぽい挑発だが、年若い雪緒にはある程度通じたようで、眉尻がキリリと持ち上がる。


「……『凍れ』」


 雪緒が命じ、床に手を着く。

 着いた手から扇状に冷気が走り、それを追うようにビキビキと音を立てて床とそこに置かれている物全てが凍り付いて行く。


 勿論、それは床を這う蛇も同じ事だ。


「はぁ? 何それ!」


 氷塊に吹き飛ばされており、入り口の通路に居た蛇の末路を見ていない坂本が驚きの声を上げる。


「『凍れ』」


 重ねて命じる。


「『凍れ』『凍れ』『凍れ』」


 命じれば命じただけ、冷気は高まり、凍える範囲も広がって行く。


「ちょ、ちょ、何してくれてんの?」


 新たに生み出した蛇は残らず氷漬けにされ、自らの足元まで迫る冷気に、坂本は焦って後ずさる。


「待った、待った」

「待つか! 『凍れ』!」


 そして、背を向けて逃げようとする坂本の言葉を切って捨て、雪緒は全力で命じた。


「ちょ、ま、えぇ~~?」


 冷気に飲み込まれ、情けない声を上げた坂本は、半泣きの表情のまま、生きた氷像へと姿を変えた。


「私が田中さん達を逃がしてお父さんが残ったのは、私の力が敵味方の区別なく氷漬けにしてしまうからで、逃げたわけじゃありません。あなた程度の鬼なら私一人で瞬殺ですから。―――『砕けろ』!」


 雪緒は不機嫌そうに、先ほどの坂本の挑発に対する反論をしてから、最後の命を下した。


 粉々に砕け散った坂本の残骸を腕を組んで見下ろしつつ、雪緒は鼻を鳴らす。


「フン! 武部(たけべ)班を舐めないでください」

「おお~っ!」


 離れていた正親が雪緒に歓声と拍手を送ると、雪緒は少し顔を赤くする。


「ところで、その腕組んで鼻を鳴らすのって、立華(たちばな)さんの真似?」

「……」


雪緒は無言だが、耳まで赤くなっては返事をしているのと変わらない。


「やっぱ雪緒はミーハーなとこあるよなぁ」

「~~~っ!!!」

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