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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第四章 成長
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4-17 捨ててこそ

遅くなりましたが、本日更新分です。

今から明日の更新分の執筆に入ります。

 蒼い月の照らす路地裏。

 月の光より(なお)青く冴えわたる光が、宙を幾重にも切り、その度に赤い飛沫が舞い散り、周囲を染め上げて行く。


「お前はちょこまかと逃げ回るだけが取り柄か?」


 鬼の放つ剣戟を(かわ)真一(しんいち)。その不意を突くように、足元まで伸びていた鬼の影から獣が飛び出し、下から右の太もも目掛けて食らいつく。


 痛みを(こら)え、獣の脳天に右の拳打を打ち込んで地に叩き落とすと、すぐにその喉を足で踏み抜いて片づける。

 その動きに(よど)みは無く、一連の対処は流れるように滑らかだ。


「ぐっ!」


 不意打ちを速攻で片づけた真一だったが、意識が()れた所を鬼が見逃すはずも無く、幾筋もの刺突がひらめく。

 何とか身を捩って急所を避けるものの、真一の体に幾つもの刺し傷が新たに刻まれた。


「これも躱すのか。本当にちょこまかと往生際の悪い」

「か、簡単にやられて(たま)るかよ」


 言い返しはするが、最初の頃と比べると、その言葉は随分と弱気なものになってしまっている。


 剣道三倍段は漫画のネタとしても、単純に武器を持った相手に素手で挑むのは分が悪い。

 まして、相手は素人が鉄パイプを持っている程度の話では無く、元より人を超越した鬼という存在が殺傷能力の高い武器を持っているのだ。真一自身も越境者として力と体を鍛えていても、その差は容易に埋まるものでは無い。


 足止めに(てっ)していればどうにかなると考えていたが、援軍が間に合う保証は無い。

 そもそも、当初の作戦には無い事態なのだ。

 カレン達が真一のメールを見て、ここに来るまでにどれだけ持ちこたえればいいかも分らない。


 そして、真一が慣れない対空戦に慣れていったように、鬼も真一の力量を見切りつつある。

 このまま防戦一方ではじり貧だ。


「どうやらお前は小さな傷では(ひる)みもしないようだが、それだけだな」


 鬼は剣に付着した血を長い舌で舐めとり、にやりと笑う。


稀人(まれびと)どもは妙な力を使うと聞いていたから、必要以上に警戒していたようだ。ここらで決めさせて貰う」


 鬼が剣を構え直すと、その影からそれまでに無いほどの獣が溢れ出し、真一と鬼を取り囲む。

 観衆のように二人を取り囲む獣たちは、歓声の代わりに低い唸り声を上げる。


「これでちょこまかと逃げられんぞ」

「くっ」


 プレッシャーにじりりと後退しかかると、すぐに背後から獣に吠えかかられ、それ以上の後退は許されない。


 (せば)められた行動範囲では、いつまでも鬼の剣戟を避け続ける事は出来ないだろう。


 真一は覚悟を決める。


「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ……」


 真一はホームの屋上でカレンと立ち会った際に龍二から送られたアドバイスを思い出し、小さく呟く。


(俺の力の特性は超回復力。肉を切らせて骨を断つような戦いが本領だ。……痛みを、恐れるな!)


 真一は腹に力を込めると、鬼に向かって正面に構え、左手を前に突き出し、右手を胸の前に置く独特な姿勢を取る。


「何だ? 構えを変えて、奥の手でも出すのか?」

「……」


 (あざけ)るような口調で、鬼が挑発してくるが、集中力を高めた真一は相手にしない。


 鋭く吸い、腹に貯めた空気をゆっくりと吐く。


「……ちっ」


 反応を返さない真一に、鬼はあからさまに苛立った様子で舌打ちをする。


「まあいい、所詮は悪あがきの類―――っ」


 鬼のセリフの途中、真一は息を吐き切ったタイミングで、右足で地を蹴り、飛び出す様に鬼へと肉薄する。

 真っすぐに飛び出した真一に鬼は面食らうが、それも一瞬の事、馬鹿正直に真っすぐ突進してくる真一の心臓目掛けて突きを繰り出す。


「捨て身ならどうにかなると思ったか! 馬鹿めっ!」


 全くその通りだったが、真一の目に動揺は無い。


 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。

 自らの命を捨てる覚悟があってこそ、窮地(きゅうち)を脱し、目的を達する事が出来るのだ。


 鬼の剣が真一の胸へと吸い込まれるように突き込まれた。




◇◇◇




 繁華街の半分近くを包み込むようにして展開された真夜。

 そこに潜り、鬼の気配を頼りにその中心地に飛び込んだカレン達が最初に感じたのは、噎せ返るような血の匂い。

 血だまりに倒れ伏した人影の正体を見て、雪緒が悲鳴のような声を上げる。


「田中さん!」


 (ブルー)(ブラッド)の経営するクラブに突入した三人は、ホールの真ん中の床に、壊れて打ち捨てられた人形のように倒れる本田を発見した。


 雪緒(ゆきお)は慌てて田中に駆け寄り、正親(まさちか)は周囲を警戒しつつ、その後を追う。


「田中さん、しっかりして! 小林さんは? 何があったんですか?」

「あ……、雪緒ちゃん……班ちょーも」


 雪緒に抱き起された田中は薄っすらと目を開け、乱れて顔に落ちかかる前髪の間から雪緒と正親を認めると、締まりの無い笑顔を見せる。


「やられ、ちゃいました……。小林君は、まだ、上です」

「上?」


 田中の言葉に雪緒は視線を上げる。


「あれの事でしょ」


 一人田中に駆け寄らず、ホールの入り口に立ったままのカレンが、壁からせり出す様にして伸び、カウンターの天井と一体になった一角を指さした。


 全面プライバシーガラス張りで、ホールを見下ろすようなそこは、事前調査によれば坂本がいつも居るというVIPルームのはずだ。

 雪緒がカレンの指を辿り、そこを見れば、鏡のようなガラスが一カ所破れており、そこから二つの人影がホールを見下ろしていた。


 よく見るまでも無く、人影の片方は見覚えのある人物だ。


 趣味の悪い白のスーツに、どこで売っているのか着ている者の趣味を疑いたくなるような派手な柄シャツをだらしなく着崩して、プリン頭の長髪を掻き上げながら、にやにや笑いを浮かべているのはB・Bのリーダーである坂本だ。

 だが、その隣に居るのは誰だ?


 坂本の情報を事前に知っていなければ、坂本が極端に背が低いのかと思ってしまう程の身長差。百七十の後半ある坂本の頭がその男の胸ほどなので、軽く二メートルを超えている。

 そして、それだけの長身でありながら重厚な鎧武者を思わせる肉厚な体。本職のプロレスラーが横に並んでも圧倒するであろう体躯は、一人の人物を想像させる。


「まさか、あれがタイタン……?」


 敵対しているはずの不良集団のリーダーが並んで立っており、その上、ここは真夜の中。

 つまり―――


「坂本も、タイタンも、鬼だったんスよ……。しかも、タイタンは―――」


 田中の言葉を聞くまでも無く、雪緒もそれを感じている。


 独特のプレッシャー。

 それは、産まれた世界の違いを実感するには十分な違和感を伴って伝わって来る。


「―――幽鬼だったんス」


 まるで田中の言葉を待っていたように、タイタンは凶暴に笑い、それまで齧っていた骨付き肉のようなものを、ホールから見上げる雪緒たちの目の前へ放り投げた。


「ひっ!」


 雪緒はその正体に気付くと、小さく悲鳴を上げた。


 べしゃりと音を立てて転がったそれは、人の腕。

 タイタンは骨付き肉のように、引きちぎった人の腕をしゃぶっていたわけだ。


 田中は五体満足だ。

 という事は、この腕の持ち主は小林だろうか。


 知り合いの腕が鬼に喰われて、本人の安否は不明。

 その事態に雪緒の胃は悲鳴を上げ、今にもすっぱいものがせり上がって来そうだった。


「おうおう、またぞろぞろと集まっちゃって、どったのよ。今夜は~」


 そんな雪緒の様子に頓着(とんちゃく)する事無く、坂本はわざとらしく軽薄な口調でそう言うと、目の上に手で(ひさし)を作って身を乗り出し、ホールをぐるりと眺める。


「今夜は大事な収穫際だってのに、トラブっちゃって、俺ちゃん大ピンチじゃーん?」

「収穫祭……?」


 口元を押さえた雪緒はその言葉に不穏なものを感じた。


 タイタンとB・Bの周囲で頻発する行方不明事件。B・Bに襲撃をかけると集まったタイタンのメンバー。敵対している筈の両チームのリーダーが肩を並べており、そのどちらもが鬼だった。

 雪緒の頭に不吉な想像が膨らむ。


「あれ? 気になっちゃう? そりゃ、なっちゃうよねー」


 からかうような口調と、大げさな身振りで坂本が(あお)る。


「じゃあ、教えてあげよう! パンパカパーン! 今夜、B・Bのイベントに襲撃をかける為に集まったタイタンのメンバーと、イベントを仕切ってるB・Bのメンバーは全員残らず、俺ちゃん達のご飯になってもらいまっす!」


 それは雪緒が想像した最悪の答えそのものだった。

 しかし、どうやって?

 まさか、坂本とタイタン以外にも複数の鬼がこの繁華街に集まっているのだろうか?


「うーん、どうやってって顔してるねー。でも、それは企業秘密だよん。君、学生でしょ? 社会に出るとね、何でも教えて貰えるわけじゃないのよ」

「馬鹿にして!」


 軽薄な調子の鬼に社会人の心得を説かれ、雪緒は不快感も忘れ、怒りに顔を赤くする。


「いい加減にしろ」

「ほえ?」


 低く、大きくも無いが、不思議と場を圧する力がある声が響き、坂本は口を閉じた。


「何時まで遊んでいるつもりだ。計画が失敗に終われば、俺の立場に響く。さっさと終わらせろ」

「はいはーい、よっと」


 坂本は破れたガラスの穴から、躊躇いも無くホールへと降り立った。


「てな訳で、俺ちゃんとこのボスが急かすから、登場早々悪いけど、皆さんには退場してもらいまーす」


 坂本のセリフが終わるか終わらないかのタイミングで、その影から無数の蛇が溢れ出す。


「俺ちゃんの可愛い蛇達がお相手するよん」


 絨毯のように床を黒く染める蛇の群れが、波が岸に押し寄せるように、田中を抱き起す雪緒と傍に立つ正親へと殺到する。


 雪緒は動けない田中を抱えたまま、それでも押し寄せる蛇に向かって戦闘態勢に入り、正親も懐に手を入れ、迎撃の構えを取る。


「きゃっ」

「うおっう!」


 両者が激突する直前、唐突に黒い颶風(ぐふう)がホールを駆け巡る。

 地は揺れ、縦横無尽にホールを駆け巡るそれに翻弄(ほんろう)されるのを雪緒と正親は身を低くして耐えた。

 

 やがて、吹き荒れた黒い嵐は収まり、雪緒達と坂本の間に立っていたのは、腕を組んで胸を反らすカレンとその脇に控えるロボと五匹の黒狼。


「ぐだぐだと何か言ってたけど、この近くには鬼はコイツら二匹と、路地裏に一匹だけしか居ないわ。路地裏の方は真一がやり合ってる所だし、目の前のコイツらを片づければ全部解決よ」

「えぇっ? ほ、本当ですか?」


 いざ戦闘と気を張っていた雪緒は、急展開に目を白黒させて聞き返す。


「ええ、この子達に確認させたから絶対よ」


 雪緒の問いにさらりと答え、カレンは黒狼達の頭を撫でる。


「そう簡単にいくと思ってんの? 俺ちゃんはともかく、ボスは生粋の鬼だよ?」

「簡単よ」


 カレンは何の気負いも無く言い放つ。


 カレンは黒狼を通じて真一の戦いを見ていた。

 たった一人、援護も無しに眷属鬼に立ち向かい、互角に戦っていた。


 越境者になった時から、ついこの間まで気持ちばかりで実力の伴わないひよっ子だった真一が、カレンと龍二が教えた型を元に、組手と実戦で組み上げた戦闘スタイルを用い、眷属鬼と渡り合っていた。


 海では傷つきながらも引かない心意気を見せて貰った。


 真一は日々、確実に成長している。

 柄では無いと思いながらも、カレンはその手応えに喜びを感じていた。


 だから、こんな下らない連中はさっさと片づけて、自らの目で真一の戦いぶりを見て、褒めてやりたくなった。


「アタシを誰だと思ってんの? 立華カレンよ。幽鬼一匹で相手になるわけないでしょ!」


 カレンは絶好調で啖呵を切ると、胸を反らして不敵に笑うのだった。

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