4-15 血潮舞う路地裏
「ここ、ですか?」
「そう、ここ」
カレンからタイタンの連中がB・Bに襲撃をかける為に集合しているとの連絡を受けた真一達は、B・Bのリーダーが居ると思われるクラブの前にやって来ていた。
タイタンのリーダーと違い、B・Bのリーダーは普段B・Bが直接経営しているクラブのVIPルームにいるらしい。
ネオンの光の眩しい入り口周りはいかにもといった服装の男女が幾人も屯している。
「あのー、こういう所って年齢確認とかされるんじゃ……」
真一はまだ誕生日が来ていないので十五歳だ。
まあ、十六でもクラブの入店は断られるだろうけれど。
「うん、分かってる。中には俺たちが入るから、君には裏口を見てて貰いたいんだ」
「無理に戦闘する必要はありませんよー。今日は調査ですから、出て来る人間に鬼の気配がするか確認するだけで大丈夫ですからね」
「ああ、そういう事ですか」
真一は戦力としてカウントされていないな、と苦笑いする。
まあ、新人としては当たり前だ。
これまでカレンのスパルタで前線に放り込まれて来たが、こっちの扱いが本当だろう。
しかし、今日は調査が主目的と言っていたが、カレンはそんなつもりは無いだろう。
タイタンの連中を蹴散らしているし、一般人といっても不良集団だ。
カレンが遠慮するとは思えない。
殴り飛ばして、互角に反撃して来たら鬼だ、くらいやりかねない。
ともあれ、真一は自分の役目を全うするだけだ。
一度入り口から離れ、建物を迂回して裏へと周る。
建物の裏は狭い路地になっていて、ゴミを放り込むコンテナや、空の酒瓶が詰められ積み上げられたケースの山などが置いてあり、雑然としていて身を隠すには困らない。
真一は裏口と思われる扉から距離を取り、何が入っていたか分からない木箱の山に身を隠した。
通りの光も届かない路地裏に身を潜め、どれくらい時間が過ぎただろう。
裏口からは何度かスタッフと思われる男性が一人ゴミ出し等で出入りしていたが、彼からは鬼の気配は感じなかった。
そもそも、店の経営者でもあるリーダーがこんな裏口からは出入りするだろうか? VIPルームを使用しているのなら、堂々と表から出入りするのでは無いだろうか?
真一はその事に思い至り、頭を抱えた。
しかし、作戦中に勝手に持ち場を離れるわけにもいかず、真一は著しくやる気を無くしながらも裏口を見張り続けた。
ガチャリ
真一が足元の小石を一箇所に纏めるという不毛な作業に没頭していると、裏口の扉が開き、ガヤガヤと数人の男女が外に出て来た。
これは、と思い目を輝かせかけた真一だったが、その正体に気づくと肩を落とす。
裏口から出て来た男女は一目でスタッフとわかる格好をしており、扉の脇に置かれた灰皿を囲んでタバコの煙を燻らせている。
おそらく、休憩の時間なのだろう。
ガッカリしたが、スタッフの会話にB・Bのリーダーに関する話が出てこないか、真一は耳をそばだてた。
「なぁなぁ、さっきの客どうなった? 俺あの後カウンターだったから知らねぇんだけど」
「さっきの客って、入り口で騒ぎになったアレ?」
「アレは客じゃないでしょ。入店拒否だったし」
「でもさぁ、スーツでクラブに来て何するつもりだったんかね」
スーツ姿で入店拒否とはこれいかに。
レストラン等のドレスコードと同じで、このクラブにはクラブなりのドレスコードがあるという事か。
それにしても、スーツで入店拒否とは聞いたことが無い。
スーツ姿……
(それって本田さんと小林さんの事じゃないか! 何が調査は私達の領分だよ!)
真一は愕然とした。
では、店内に入る事も出来ず、二人は今何をしているのだろう。
「あの人らね。何か女の方が騒ぐから、取り敢えず事務所に連れてかれてたよ。支配人が話するって」
「はぁー、そんなん初めてじゃね?」
「うん、スーツじゃなきゃいいのかって、店先で脱ぎ始めちゃったからさー」
「えぇー!」
(えぇー! 何してんのあの人!)
取り敢えず店内には居るらしいが、そんな騒ぎを起こしたとあっては調査どころでは無いし、顔を覚えられていたら服装を変えても入店出来ないだろう。
真一は再び頭を抱えた。
何にせよ、今晩の作戦はB・Bに関しては失敗だろう。
そうは思ったが、勝手に与えられた持ち場を離れるわけにもいかない。
どうしたものか。
「あ、支配人」
「お疲れ様でーす」
真一が今後の行動について頭を悩ませていると、裏口に屯しているスタッフ達が、建物から出て来た男性に挨拶をしているのが聞こえて来た。
「もう上がりっスか?」
「変な客はもう帰したんですか?」
「ああ、アレは坂本さんが相手してる。俺は別件で人に会う事になったから、今日はもう戻らないぞ」
「うーっす」
「お疲れっしたー」
スタッフ達に見送られて去る二十代後半に見える、上等なスーツを身に纏い、夜なのに色の濃い眼鏡をかけた、堅気に見えない男。
彼の言葉が本当なら、本田と小林は経緯はどうあれB・Bのリーダーである坂本との接触に成功した事になる。
当初の作戦目的が達成されわけだが、真一は喜ぶことが出来なかった。
なぜなら、裏口から出て来た男から、濃厚な鬼の気配が漂ってきているからだ。
目の前に鬼が居る。
B・Bに関係している鬼が、今回の案件に無関係なはずが無い。
だが、ここは現世。
現世で鬼に接触した場合の対処を真一は知らない。
このまま見送る事は出来ないが、問答無用で殴り掛かり、相手が真夜を展開してくれればいいが、そうで無ければどうなるのだろう。自分の方が警察の御厄介になるのではないだろうか?
真一はそんな風に考えて、行動を決めかねる。
櫻澤一族の者ならそんな事は悩まない。
現世で鬼に挑んだ場合、大抵はこちらが越境者と知れば鬼は真夜を展開して対抗しようとするし、もし一般人を装い、被害者を主張しようとするのであれば鬼としての真価を発揮できない現世で叩きのめしてしまえばいい。警察沙汰になったとしても相手は鬼で、自分たちは櫻澤としての使命を全うしたに過ぎず、罪に問われる事は有り得ないからだ。
しかし、真一は最近越境者に成ったばかりの新人であり、幼い頃から櫻澤で教育を受けてきたわけでも無い。
そういった個々の状況判断についてはまだ解らない事の方が多いのだ。
結局、真一はクラブ内で坂本と対峙しているであろう本田と、別行動中のカレンにメールで状況を知らせた上で支配人の後をつける事にした。
支配人は店の裏口を離れた後、表通りへは向かわず、裏路地を奥へ奥へと進む。
人通りの無いそこで相手をつけるのは難しく、かなりの距離を置くしかない。
明らかに様々な店舗の裏ばかりを選んで進む支配人に、真一は尾行を警戒しているのではと感じ、もう少し距離を置こうとする。
「あっ!」
支配人が急に角を曲がり、真一の視界から消える。
真一は慌てて支配人が曲がった角まで駆ける。
「えっ?」
「何か私に用かな?」
ドラマなどでよく見る展開だ。
勢い込んで角を曲がった先には、間抜け面を晒す真一を腕を組んで斜めに見下ろす支配人が立っていた。
「え? あ、いや~……」
真一は誤魔化そうと頭をフル回転させるが、それは空転に終わり、良い言い訳は出て来ない。
「店の裏口からずっとつけて来ていただろう? 何の用だ?」
「くっ」
尾行が最初から気づかれていたと知り、真一は小さく呻く。
坂本が裏道ばかりを通っていたのは、尾行を警戒していたわけでは無く、尾行に気付いていたからだった。
「いい、言わなくても解っている。お前も稀人なのだろう? まさか裏口にも張り付かせているとは予想外だが、どうやらお前一人のようだし、ここで始末させてもらう」
そして、尾行者が一人である事を確認する為でもあったわけだ。
支配人は宣言を実行する為、真夜を展開する。
真一は支配人から感じるプレッシャーが爆発的に増すのと、鬼の濃厚な気配を孕んだ風を感じ、肌が粟立つ。
越境者となってはっきりと解るようになった世界が反転する感覚。
自らの属する世界から切り離される感覚は、真一に自然と戦闘態勢を取らせる。
「私も忙しい身でね。面倒事はさっさと片付けさせて貰うよ」
支配人の目が眼鏡の奥で赤く輝き、蒼い月よって地面に生まれた影が蠢きだす。
「さあ、私の眷属と踊ってもらおうか」
真一は咄嗟に顔前で腕をクロスさせ、それを防ぐ。
「ぐっ!」
焼けるような痛みが腕から伝わり、思わずうめき声をあげる。
目の前には獣臭い息を吐き、真一の腕に喰らい付く獣の顔。
それを認識すると同時に、今度は左足の腿が、脇腹が、右足首が、体のあちこちから激痛が伝わり、真一は声にならない悲鳴をあげる。
「呆気ないものだな」
痛みで力が抜け、地面に倒れた真一を見て、支配人は言い捨て、スーツの襟を正す。
「さて、少々勿体無くもあるが時間も無い事であるし、さっさととどめを刺して行くかな」
支配人の意思を受け、真一に食らいついていた獣たちがその頭を激しく振り、真一の体から肉を剥ぎ取りにかかる。
小さな血飛沫が何度も散り、地面には血溜まりが出来始めている。
支配人はそれをつまらなそうに眺めながら、スーツの胸ポケットからタバコを取り出し、火を点ける。
「ふーっ」
蒼い月が昇る空に向かって煙を吐く。
これを吸い終わる頃には終わっているだろう。
そう考えていた支配人の耳に、真一の肉を貪っていた獣の悲鳴が届き、同時にその個体が消滅した事が喪失感として伝わって来た。
「何だ?」
確かに、一瞬で片が付いた為、支配人は真一の越境者としての力を見ていない。
最後の悪あがきに一体仕留めて逝ったのかと思ったが、そうでは無い。
振り返った支配人が見たのはあり得ない光景。
そして、連続して伝わる喪失感。
「舐めるなよ……」
服はボロボロ、己の血に塗れながらも、真一はしっかりと己の足で立っていた。
「こちとら、毎日カレンの黒狼相手にやり合ったんだ。今更、こんな見すぼらしい犬なんぞ、相手になるかよ」
真一は足元に転がる獣の頭蓋を踏み抜き、不敵に笑ってみせる。
全身は血に塗れ、食い付かれた箇所はまだ骨が見えている所も一箇所や二箇所では無い。
それに、生きながらにして獣に喰われるというのは、本能的な恐怖と、絶望的な喪失感を伴う激痛をもたらし、正気を失わせるのに十分な威力がある。
真一のセリフは完全な強がりだったが、自らの言葉で奮い立ち、戦闘意欲を高める事には役に立った。
鬼が真一の前に居るという事は、クラブで田中達の相手をしている坂本はシロだ。
タイタンの集合場所に行っているカレン達三人も鬼がいなければ、街の不良集団など相手にしないで引き上げるだろう。
そうなれば、全員がここに集まる。
真一の役目はこの遠征で何度もやって来た足止めだ。
しぶとさなら真一の力の右に出る者など居ない。
「さあ、かかって来いよ!」




