4-14 事の起こり
隣県の県庁所在地の中心にほど近い繁華街。
夜には人で溢れるそこは、昼でもそれなりに賑わいを見せている。
流石に女性がお酌をしてくれる類の店はシャッターが下りているが、オシャレ目のバーやラーメン屋等、昼は昼でランチ営業をしている店舗も少なくなく、近くのオフィス街で働く人々や外回りの営業マンなどが腹を満たす為にやって来ている。
しかし、それは表通りの話で、一歩裏通りに入れば古臭い店構えの居酒屋や何の店か一目では解らない店名看板だけを掲げた店が並び、それらは準備中やcloseの表示を店先に掛けている。
日の光が奥まで届かず、薄暗い上にじめっとした空気の流れるそこを、黒系のパンクルックファッションの少女と、小ざっぱりとした服装の若年の男女が並んで歩いていた。
場の空気にそぐわない二人組は、この街へ遠征でやって来たカレンと真一だ。
カレンは薄暗い路地を迷いなくずんずんと進んでいくが、真一は時折足を緩め、スマホに表示された地図を確認しつつ、進む。
「もうすぐ見えて来る筈なんだけど、ビルなんてあるか?」
地図に表示された目的地に印はこのブロックの奥についているのだが、出発前に御幸から渡された資料にあった、この地区を担当する討伐班の拠点住所はビルの二階になっていたはずだ。
古臭い建物が並ぶこの奥に、ビルが建っているとは思えない。
「住所はこの先になってんでしょ? だったら行ってみれば分るわよ」
取りあえず行動に出るカレンらしい答えだが、一理ある。
大人しく真一は普段縁の無い空気に包まれた路地裏を、カレンと並んで進むことにした。
そして、すぐに地図に表示された目的地の光点と現在位置を示す光点が交差する。
「これが、ビル?」
「三階建てでもビルって言うのか?」
胡乱気な目で薄汚れた三階建てのRC建築を眺めるカレンと、純粋な疑問を口にする真一。
しかし、資料の住所はここで間違いなく、二階の窓ガラスには武部探偵事務所となっている。
「まあ、入ってみれば分るだろ」
「そうね」
真一とカレンは昼なお薄暗い階段を昇り、探偵事務所の看板を掲げる、見るからに建て付けの悪そうな扉をノックした。
「はーい、開いてますよー」
「いや、開いてますじゃ無くて、お客様をお迎えしてくださいよ」
「えー」
「もう! いいです。私が行きますから」
部屋の中のやり取りは丸聞こえだ。
「お待たせしました」
「客じゃないわよ」
扉が開き、セーラー服姿の少女が満面の笑みで出迎えてくれるが、カレンは素っ気なくそう言う。
「遠征の連絡は入ってるでしょ? ここの班長は?」
「え? あっ! はい、班長は―――」
「えー! 遠征って事は、あなたが立華カレン?」
「ちょっ、田中さん!」
少女の後ろから平凡な顔立ちの女性が顔を覗かせ、カレンをじろじろと物珍し気に眺める。
「何よ?」
「はーっ、噂通りの美少女ですねー。これが歴代最強の越境者ですかー」
不機嫌そうにするカレンに構わず、田中は視線を上下させ、はー、ほーと感嘆の声を漏らす。
「もう! ……すみません、ウチの班員が失礼しました。取りあえず、中にどうぞ」
少女はそんな田中を押しのけ、場所を空けるとカレンと真一を中に招く。
「フン!」
カレンは鼻を一つ鳴らし、ずかずかと中に入る。
真一がそれに続くと、少女の案内でパーテーションで区切られただけの応接スペースに通された。
「こちらで少々お待ちください」
服装からまだ学生で、カレンや真一と歳も変わらないと解るのに、少女はスーツ姿の本田よりずっと事務員として有能そうだ。
「所長! 立華さんがいらっしゃいましたよ! 起きて下さい」
「ん? ああ~っふ」
パーテーション越しに、奥の机から欠伸のような声が聞こえ、伸びをするシルエットが見える。
「ああ、立華さんね。今夜の事?」
「そうですよ。ほら、しゃんとして下さい」
「はいはい、っと」
少女に追い立てられ、のたのたと擬音が聞こえてきそうな緩慢な動作で所長と呼ばれる男性が現れる。
よれよれのワイシャツに緩めたネクタイ、ぼさぼさのくせ毛に手を突っ込んでかき回す仕草は寝起きのそれで、目じりの涙は欠伸の名残だろう。
ダメおやじの見本のような恰好をした細身の中年男性、話の流れから彼がこの地区を担当する討伐班の班長なのだろう。
「お待たせしました。僕がこの地区を担当する討伐班の班長、武部正親です」
「立華カレンよ」
「高坂真一です」
「はい、よろしく。―――田中さん、お茶~」
正親の注文に、少女に追い払われ、事務机に着きつつ興味津々でこちらを窺っていた田中が嫌そうな顔をする。
「もう準備しました! 田中さん、お茶はいいので今夜の討伐に関する資料の用意をお願いします」
お盆に人数分のお茶を乗せて現れた少女に、田中は一瞬顔を輝かせたが、新たな用命に肩を落として席を立つ。
随分とアットホームな雰囲気に、探偵事務所としても討伐班としてもその能力を疑いたくなり、真一は頬をひくつかせる。
「どうもすみません……」
真一達の前に持ってきたお茶を並べつつ、少女が頬を若干赤くしつつ謝罪する。
「私は武部雪緒といいます。一応、班長である武部の娘になります」
「雪緒、一応ってお前ねぇ……」
正親は情けない顔をするが、雪緒はそれに取り合わない。
「ウチの班は、父と私、探偵事務所の所員兼班員の田中道子さん、小林正人さんの四人体勢です。お二人に参加していただく討伐案件ですが―――」
雪緒がそこまで話を進めた所で、田中がファイルを一つ持ってきた。
「ありがとうございます。―――田中さんは仕事に戻ってください」
雪緒は田中からファイルを受け取ると、そのまま隣に座り、話に参加しようとする田中を追い払う。
「こちらの案件になります」
カレンと真一に見えるようにファイルを開いて机に置くと、雪緒は概要を語り始める。
「実は今回の件が発覚するきっかけになったのは、ウチに持ち込まれた依頼からなんです」
約二週間程前、武部探偵事務所に一人の少女が依頼人としてやって来た。
少女は所謂不良少女で、夜な夜な繁華街を徘徊し、その日限りの仲間とバカ騒ぎに興じていたそうだ。ただ、そんな刹那的な出会いであっても、気の合う友人の一人や二人は出来るもので、よく遊ぶようになった少女が居たそうなのだが、その少女と一週間も連絡が取れなくなったので、探して欲しいと言うのだ。
夜の街に集まる若者がある日突然現れなくなる。
そんな事はよくある話で、お金を払ってまで探偵に依頼する事とは思えない。
更生したのかもしれないし、享楽的な生活に飽きたのかもしれない。それに、もし事件であるならそれは探偵では無く警察の領分だろう。
そう思い、率直になぜ探偵に頼ろうと思ったのか尋ねた所、少女は若干口ごもりながら、現在の繁華街の不良事情を語り出した。
現在、繁華街で勢いのある集団は二つ。タイタンと呼ばれるプロレスラーのような巨漢が仕切るチーム・タイタン、坂本という男がリーダーで、幾つものイベントを仕切るブルー・ブラッド。
タイタンの構成員がB・Bの仕切るイベントで大きな騒ぎを起こしてから、この二つの集団は犬猿の中だそうで、顔を合わせれば乱闘騒ぎを繰り返し、今では流血沙汰も日常茶飯事らしい。
そんな二つの集団に行方不明の少女がどう関わって来るのかと言えば、何の事は無い、痴情の縺れというやつだ。
守秘義務に則り、依頼人をA子、行方不明の友人をB子とするが、B子は初めタイタンに所属する男と付き合っていたそうだが、彼氏には内緒でB・Bの主催するイベントによく参加していたそうだ。そして、そこで知り合った主催者側の男と関係を持ってしまった。
B・Bの男と繋がっているB子はイベントで特別待遇がされ、B子と男の繋がりは一度では済まなくなってしまった。
そんな関係がいつまでもバレないはずも無く、浮気のバレたB子は彼氏からは殴られ、彼氏の存在を知らなかった上、タイタンとの火種を増やす羽目になったB・Bの男からも酷く責められたそうだ。
A子はB子の自業自得とは言え、そんな状態のB子を放って置く事が出来ず、一旦身を隠す為に自らの部屋に匿う事にしたのだが、B子は『今から行く』というメールを最後に連絡が取れなくなってしまったとの事だ。
勿論、最初A子は警察に相談したそうなのだが、B子とは夜の街で遊ぶだけの関係で、家や家族の事は一切知らない。知っているのは名前と携帯の番号だけ。相談記録は残ったが、これではまともに相手にして貰えない。
警察は頼りにならない。だから、A子は探偵に頼る事にしたのだった。
行方不明者の捜索。
確かに探偵の領分ではある。
範囲も近場で済む為、正親はこの依頼を引き受けたのだが、調査の過程でおかしな事が発覚する。
行方不明者はB子だけではなかったのだ。
タイタン、B・Bのメンバーやその近辺で少なくない数の行方不明者が確認された。
中にはB子のようにトラブルを抱え、高跳びしたと思われている者も居たが、特に理由の見当たらない者が大半だった。
だが、やはりそこは夜の街だけで繋がる仲間であり、突然姿を見なくなるなど当たり前にある話で、全てを繋げて考えるような者は居らず、誰もその事を気にも留めていなかった。
しかし、二つの集団を合わせて調査した正親達からすれば、明らかに異常な事態だった。
そして、調査を続けた結果、真夜を展開した痕跡を発見するに至り、今回の討伐計画となったわけだ。
容疑者は二つの集団、それぞれのトップ。
末端の構成員が行方不明者を繋げて考えられないのは解るが、トップに立ち、全体を把握する立場にあるリーダーが異常な行方不明者の数に疑問を持たないはずが無い。
今夜、二つの集団のトップに接触、鬼の気配の有無を確認し、可能であればそのまま討伐に移行する。
「―――と、いうわけで、私達は二手に分かれて行動しますので、お二人にはそれぞれのサポートをお願いします」
「サポート?」
「はい、調査は私たちの領分ですので、お二人には戦闘面での頭数になっていただければ結構です」
つまり、真一達は居るだけで良い、という事だ。
随分と失礼な物言いだが、そこには、大きな街を任されている班の矜持が見えた。
まあ、真一達から頭を下げて実戦経験を積ませて貰っているわけで、真一の同行者がカレンという規格外だから、これまで戦力を当てにされて来たが、これが本来の形なのかもしれない。
真一はそう自分を納得させる。
ちらりとカレンの様子を窺えば、カレンも特に不満はないようだ。
「それでいいわ。で、アタシらの配置は?」
「はい、立華さんには班長と私についてタイタンの方を、高坂さんには田中さんと小林さんと一緒にB・Bの方をお願いします」
雪緒からの要請に、カレンは眉根を寄せた。
「戦力バランスはそれでいいの?」
班長である正親とカレンが同じ配置で、平班員二人と実戦経験の浅い真一を組ませる事にカレンが難色を示す。
「タイタンの方は結構武闘派と言いますか、現世での戦闘も予想されますから……」
雪緒は申し訳なさそうに真一を見る。
つまり、現世でもそれなりに戦闘を熟せないとマズイという事で、真一はその点頼りないという判断だ。
「フン、じゃあ、しょうがないわね」
カレンにもそう言われてい、真一は苦笑いで頬を掻く。
まあ、組手で一度もカレンに勝てていないのだから、真一には何も言えないだろう。
そんなわけで、その日の夜、二手に分かれた真一達はそれぞれの集団のリーダーを探して不良達の溜まり場を転々とする事となったのだった。
今回の話で書き貯めが尽きました。
四章の終わりまでは毎日投稿を継続したいと思っていますが、二日に一話の投稿になってしまうかもしれません。




