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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第四章 成長
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4-13 相手が悪い

 昔は眠らない街と言ったら東京だったそうだが、現代はそう表現される街は全国にいくつも存在する。

 夜空の星々を駆逐(くちく)し尽くす街の明かり。唯一残った月でさえ、四角く切り取られた空の一角で、(きら)びやかなネオンの光に存在感を希薄(きはく)にする。


 まだ(よい)の口、大通りは喧騒で満ち溢れ、彼らにとってはこれからが本番と言った風だ。


 そんな街の中心にほど近い繁華街。

 酔って騒がしいサラリーマンの一団や、派手な服装をした夜の蝶が行き交うそこを、派手な髪色をした若者の集団が我が物顔で闊歩していた。

 道幅一杯に広がって歩く一団に、人々は迷惑そうな視線をやりつつも道を譲る。


 皆、彼らがどう言った集団が理解しているのだ。

 もし知らなかったとしても、周囲の空気や彼らの容貌から進んで突っかかるような真似はしないだろう。


 しかし、何にでも例外はあるもので、彼らの前で道を譲らない者が現れた。


 道の真ん中で堂々と腕組をして仁王立ちする相手に、若者の集団は面食らって立ち止まるが、こんな大通りで立ち塞がれたまま放置しては舐められる。

 彼らは独自の理論でそんな結論に達してしまった。


「邪魔だ! 退け!」

「道の真ん中につったってんじやねぇよ!」

「さっさと退け、コラ!」


 相手を威圧することに慣れた若者の達の怒号に、関わり合いになりたくない者は足を早め、野次馬根性の強い者は距離を取りつつ、見物の構えを取る。


「聞こえねぇのか!」

「うっさいわね! 聞こえてるわよ!」

「っ!」


 若者達も見物人達も息を飲み、立ち去ろうとしていた者達は足を止める。


 大人数のガラの悪い若者に凄まれていた、たった一人の小柄な少女。脅しつけられてすぐに排除されるか、ひどい目に合わされると思っていたところ、若者達の恫喝(どうかつ)にハッキリと反論してみせたのだ。

 誰もが驚くだろう。


 しかし、少女と正面から相対する若者達が息を飲んだのは、それだけが理由ではない。


 黒で統一されたガーリーなパンクルッルファッションは夜の街ではよく見かけるものだが、目深に被った帽子で隠されていた顔は人並外れていた。


 染めていると思ったアッシュブロンドの髪はネオンの光を受けて複雑に輝く灰色の瞳と抜けるように白い肌によって天然物だと分かる。そして、クウォーターである事により、日本人にも受け入れやすい容貌(ようぼう)に落ち着いた顔は、ちょっと見ないくらいに整っていた。


 若者達はカレンの美貌に完全に飲まれていた。


「バカみたいに怒鳴り散らしてんじゃないわよ! 大体、退けって何よ。何人も道に広がって、邪魔なのはアンタ達の方よ! アンタ達が退きなさいよ!」


 しかし、彼らはいくら美少女だからといって、こんな口をきかれて黙っていられるような輩ではない。


「ざっけんなよ!」

(さら)うぞ、テメェ!」


 若者達は一斉に攻撃的な言葉をカレンに投げつけ、内何人かは実際に行動に出ようとする。


「調子に乗りすぎだ。テメェ」

「ちょっとツラ貸せや」


 一人がカレンの腕に手を伸ばし、一人がカレンの頭を叩こうとする。


 野次馬の中から、多くの女性が悲鳴のような声を上げかけたが、結果は誰の予想も(くつがえ)す。


「ぐっ」

「げぇっ」


 腕を取ろうとした一人はその場でくるりと宙を舞い、背中から地面に落下する。

 カレンの頭を叩こうとした方はもっと悲惨で、腹にカレンの拳を受け、地面に吐瀉物をまき散らしたあげく、そこに顔からダイブする羽目になった。


 一瞬の事だったが、それがカレンの仕業である事は誰もがわかった。

 ただ、予想外過ぎてそれに反応出来る者は誰一人として居なかったのだ。


「いきなり手を出して来るなんて、話が早くて助かるわ。アンタらみたいな馬鹿相手に聞き取りなんてまどろっこしい事してらんないから、手っ取り早く痛い目に遇わせて、聞き出す事にするわ」


 カレンは勝手な事を言って、地面に倒れる二人を放置して、若者の集団へとスタスタ近づいて行く。


「なっ、テメェ! 何しやがん、ぐわっ!」

「俺らが誰か、知らねぇのか? 俺ら、ぎゃっ!」

「オ、オイ、こ、かはっ!」


 脅しつけに行った二人が一瞬でやられ、ポカンとしていた所に距離を詰められた若者たちが慌てている間に、カレンは端から順に流れるような動作で腹や太もも等、後遺症の残りにくい箇所に打撃を加え、彼らを次々と無力化していく。

 彼らは意味のある言葉を言い終わる事さえ許されず、セリフの途中で地を這う事になる。


「ま、待て、お前! 何のつもりだよ!」


 最後の一人になり、ようやく意味のあるセリフを言い切る事が出来、それを聞いたカレンが攻撃の手を止める。


「はあ? アンタらが先に手を出しといて、何のつもりもないでしょうが! バッカじゃないの? アンタら、相手から反撃されないとでも思ってたわけ?」

「ぐっ」


 全くその通りだった。


 先に手を出したのは若者達の方であったし、彼らは相手からの反撃など無いと決めつけて行動していた。

 実際、彼らが脅しつけて反撃出来た者などカレンが初めてだ。


「ちょうどいいからアンタに聞く事にするわ」


 カレンは図星を突かれて顔を赤くする若者に構わず、一方的に話を進める。


「アンタら、えっと、タンニン? とかいうののメンバーでしょ?」

「タイタンだ!」


 流石に自分の所属するチーム名を渋み成分と間違えられては黙っていられなかったようで、若者は大声で突っ込みを入れる。


 コントのようなやり取りに、野次馬から小さく笑いが漏れる。


「どっちだっていいのよ! タンニンだろうが、テアニンだろうが、アタシには関係ないのよ! で、どうなのよ?」

「くっ、だったら、何だってんだよ」


 どっちだっていいも何も、どっちも間違っているのだが、カレンの凄みが若者に再度の突っ込みを許さなかった。


「アンタらのたまり場って何処よ?」

「……知ってどうすんだよ?」

「質問してんのはこっちなんだけど? アンタ、拷問とかされたいタイプ?」


 質問の次が尋問を通り越して拷問とは……。


 普通の女子が言っても大げさな言い方としか取られないセリフだが、堂々とした啖呵(たんか)を切り、往来で複数の男性を瞬殺してみせたカレンが言うと冗談には聞こえない。


 若者は顔を青くして、首を振る。


「だったら、さっさと答えなさいよ」

「……行っても、誰も居ないぞ」


 だが、最後のプライドか、仲間への義理かは知らないが、若者はズレた答えを返して来る。


「はあ?」

「今日は集合かかってんだ。俺らもそこに向かう途中だったんだよ」

「集合? アンタら何するつもりよ?」

「決まってんだろ? 目障りな(ブルー)(ブラッド)の連中を潰してやんだよ」


 何が決まっているのか、カレンには全く解らなかったが、事態が面倒な事になってる事は理解した。


「ちょっと待ってなさい。……もしもし? タンニンだったっけ? そこの連中捕まえて、溜まり場聞き出そうと―――うっさいわね! そんな悠長な事してらんないのよ! それより、何か面倒そうな事になってるわよ」


 若者を放って、カレンは取り出したスマホで誰かと会話を始めてしまった。

 放って置かれた若者も、野次馬もその展開に呆気に取られる。


 しかし、すぐにこれを好機と見たのか、若者はカレンに背を向け、一気に逃走を図る。

 地に伏した仲間を置き去りに、自分だけが助かろうとする浅ましい行動だ。


 だが、そんな事をカレンが許すはずも無い。

 若者は自由への一歩を踏み出した瞬間、横を向き通話を続けたままのカレンに軸足の足首を思いっきり蹴り飛ばされ、空中で半回転して腹這いの状態で地面に落ちる。


「ぐぇっ!」


 地面に落ちた若者の背中をカレンが厚底の編み上げブーツで踏みつけ、無駄な抵抗を封じる。


「ん? ああ、アタシの用が済んでないのに逃げようとした馬鹿がいたから地面に転がしただけよ。それより、こっちはどうすればいいのよ? ……ん、……ん、……わかった。アンタもしくじんじゃないわよ」


 カレンは通話を終え、スマホをしまうと、若者を踏みつけている足に体重をかける。


「ぐえぇっ」


 カレンの体重では大した重しにもならないはずだが、合気(あいき)の類だろうか、若者はジタバタするものの、そこから抜け出す事が出来ずにいる。


「ちょっと、アンタ」

「ぐぅぅ」

「さっきの話、詳しく聞かせなさいよ」


 カレンは逃走を諦めて(うめ)くだけの若者に、世間話に誘うように気軽に声をかける。

 ただし、その絵面は完全に肉体的言語による尋問でしかなかった。




◇◇◇




「ったく、やっぱりあいつ無茶してやがった……」


 真一(しんいち)はカレンとの通話を終え、スマホをしまいながらぼやく。


「仕方ありませんよ。何せ、立華(たちばな)カレンですから」


 真一を慰めるように言うのは、二十代前半の女性。


 細身のパンツスーツに身を包み、肩口で切り揃えられた髪が化粧で整えられた美人でも不美人でも無い顔を縁取る、オフィス街なら何処にでも居そうな特徴らしい特徴の無い女性だ。

 彼女は田中(たなか)道子(みちこ)。現在、真一とカレンが遠征でお世話になっている班の班員だ。


 二人から少し離れた場所でスマホで通話中の、こちらも特徴らしい特徴の無いスーツ姿の男性。彼も班員で、小林(こばやし)正人(まさと)という。


「何ですか、それ」


 近藤の理由になっていない理由に真一は突っ込みを入れる。


「知らないんですか? 一族の常識ですよ。立華カレンは歩く非常識だって」

「それ、本人の前では言わない方がいいですよ」

「当たり前じゃないですか! こんな仕事してますけど、私だって命は惜しいんですからね」


 それも酷い言いようだが、実際に軽口が元で普通なら重傷で入院する羽目になるだろう程の痛い目に遭わされた真一は、乾いた笑いしか出て来ない。


「お待たせしました」


 そうこうしている内に、通話を終えた小林が二人の元に駆け寄って来た。


「カレンには、そのままタイタンの連中が集合している場所に行くように言いましたけど、本当によかったんですか?」


 真一が心配しているのは、カレンの安否ではなく、カレンが力技で全てを薙ぎ払いかねない事だった。


「はい、ウチの班長もそっちに向かうそうですから、私達は私達で当初の予定通り動きましょう」

「はい」

「了解」


 小林の言葉に真一と近藤が頷く。


 現在、真一とカレンが遠征に来ているのは隣県の県庁所在地。

 栄えた街の繁華街に(たむろ)する二つの不良集団のメンバーばかりを襲う鬼を追い、夜の街を駆けまわっている所なのだ。

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