4-12 閃き
あっという間に一週間の半分が過ぎた。
カウンセリングは最初、五人で順番に鬼の存在を知った時の事を語り、それについて九条が一人一人に何をどう思うか、どう感じたかを質問する形式のものだった。
一人二人と続く内に、九条の質問が恣意的に鬼への怒りに向くように誘導されている事には簡単に気が付いた。
それは真言の怒りは自分の無力さに向けられたものであって、鬼と言うなら幽鬼ザガンという具体的に憎む相手が居るので鬼全体へ憎しみを向けさせようとするカウンセリングとは感覚のズレがあったせいだろう。
このカウンセリングは、もしかしたら洗脳と呼ばれるものなのかも知れないが、下手な正義感でこの場から排除されたら望む力を手に入れる事が出来なくなる。
真言は面倒を避ける為、九条の望む答えを返すように心がけた。
九条もその事に気づいて居る様子だったが、それを問題視することはなく、寧ろ積極的に真言に質問を投げかけ、話を望む方向へと誘導するのに使って来た。
結果的に真言は由紀の計画に力を貸す事になってしまったが、一方的に借りを作るよりマシと思って気にしない事にした。
全員でのカウンセリングが進むと、次に個別でのカウンセリングが始まった。これは、最初に言っていた通り、各自の望みを明確にする為のものだった。
初めから明確な目標を持ってここに来たと思っていた真言だったが、九条のカウンセリングを受ける内に、自分が複数の望みを持ち、その時々でそれらの重さが変わっている事に気が付いた。
親友を助けたいという想い、ザガンを許さないという想い、真一の助けになりたいという想い。
どれもが強く願う事だが、九条に言わせるとそれぞれの望みは強くとも、ベクトルが違うそうだ。
これまで第一修練場を使用して越境者となった者たちの傾向を見れば、親友を助けるなら癒しの力が、敵を倒すには攻撃の力が、誰かの助けになりたいのならサポートの力が身につく事が多いそうだ。
つまり、真言はそれぞれの全く別の力を求めているという事だ。
これでは想いがいくら強くても、反発しあい力を得ることは出来ない。
一度抱いた望みは、想いが強ければ強いほど消すことは難しい。
であれば、それら全てを叶え得る力の形を明確にイメージし、その力を得た自分と成る事を強く望み、第一修練場に挑むこととなった。
そんな事が出来るなら誰もが思った通りの力を手に入れられるのでは、と真言は九条に言ったところ、実際、櫻澤一族は幼い頃からイメージを固め望む力を手に入していると返ってきた。
だから、各家の者たちは役目にあった力を手にしているのだと言う。
ただ、それは幼い頃からの刷り込みがあってこその話で、真言達のように短期でそれをするのは難しいそうだ。
だから、各自が現在強く抱く想いを軸にイメージを固める為のカウンセリングをしているのだとか。
そういうわけで真言は現在、過去の越境者達の力についての資料を読んで、自分の望みを叶えられ、且つ、それを身につけた自身をイメージ出来る力を探している最中だった。
「う〜ん」
真言はコーヒーサーバーがあり、与えられた部屋より大きな机のある談話室で、九条に渡された資料をテーブルに広げ、唸り声を上げる。
資料を漁り始めて二日目になるが、なかなか望む力は見つからない。
準備期間が終わるまで後二日しかない。
タイムリミットは近い。
それまでに準備が整っていなければ、皆に嘘を吐いてまでここに来た目的を果たす事が出来なくなる。
真言は焦燥感に捕らわれ、闇雲に資料を掻きまわし続ける。
九条が言っていた通り、櫻澤一族各家の者の力は特色がはっきりしていた。
里の警備防衛を担当する御剣家系は武器での戦闘、捕縛など対人戦で役に立ちそうな力が多い。
討伐班を統率する結城家系は前衛、後衛、支援、防御の分担が家ではっきり決まっており安定はしていたが親と同じ力を継承している印象がある。
事務方の武部家、九重家は越境者と成る者が少ないようだが、決まって諜報や隠密に特化した力を得ていた。
精鋭部隊を統率する立華家は大火力で派手なものが多かったが、単独では使い所が限定されるものばかりだ。
このように、力の継承は安定していても汎用性の低い櫻澤一族の力では真言の望みを全て叶える事は難しい。
次に参考にしたのは櫻澤一族に合流した野良の越境者達だ。
彼らの能力は多彩で、真言は期待しつつ、資料をめくった。
しかし、それらの力の源泉は家族の仇討ちであったり、強烈な死の恐怖からの逃避であったりと、真言の望みからはかけ離れたものばかりだった。
九条からのアドバイスで、その力なら自分の望みを叶えるという確信と自分がその力を振るうイメージが描けるものを選ぶといいと言われていたが、元が何を望んで得た力なのか考えると、それらの力が自分の身につくとはとても思えなかった。
野良の越境者の資料をめくりつつ、真言が思うのは真一の事だ。
致命傷でも驚異的な速度で回復し、以前より強靭な肉体へと作り変える力。
「先輩は何を望んで力を得たのかなぁ」
「先輩ってだ〜れ?」
ぼんやりと物思いに耽りつつ漏らした独り言対する問いに、真言は驚いた。
「え?」
我に帰るといつの間にか、向かいの席に桐子が座っていた。
「桐子さん……いつの間に」
「いつの間にと言えば、真言ちゃんがうんうん唸ってる間に、かな。何をそんなに悩んでるの?」
「実は―――」
真言は桐子にカウンセリングの結果と、現在抱えている課題について話した。
「そっか、力を得た自分をイメージかぁー。それは難しいね」
「はい……」
困ったように笑う桐子に、真言は肩を落とす。
「越境者の力ってさ、私らからしたら魔法か超能力みたいなものじゃない? 子供の頃はそういった力を手に入れた自分を夢想したりしたけど、この歳になってもそれを無邪気に信じてる人なんていないもんね」
確かに、男の子であれば特撮ヒーローやアニメの主人公になりきってゴッコ遊びをするし、女の子は魔法少女の変身ステッキを親にねだったりするものだ。
大人になってもそれが好きな人は居るが、それは作品として好きなのであって、自分がそのヒーローやヒロインと同じになれると本気で信じている者は居ないだろう。
「桐子さんは修練場へ挑む準備は順調なんですか?」
「私?」
「はい」
カウンセリングは完全に個別対応に移っており、他の人たちがどのような状況にあるのかは本人に聞く以外、知る方法が無い。
自分はこんな状況だが、他の人たちはどうなのか、真言は気になった。
「私は順調、かな? 九条さんも私が力を得るならそれだろうって言ってたし」
「それ?」
「うん、これ」
桐子は握った右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、空中を左右から切って見せる。
「?」
「あれ? 解んない? ヤットウ―――剣術だよ」
「剣道?」
「剣術、ね。って言っても、居合の師範が教えてくれたなんちゃってだけどね」
真言は剣道、剣術、居合の違いが解らなかったが、つまりは刀を使った武道だろうと理解する事にした。
「じゃあ、桐子さんは刀を使う力を得る可能性が高いんですね」
「うん、私は子供の頃からやってたし、戦う自分をイメージしたらそうなるよね」
武道をやっていた者が鬼と戦う自分をイメージした場合、そうなるのは当然の事だろう。
「私らはさ、そうやって相手と打ち合う事を日常的にイメージして生活して来たから、相手が人じゃ無くても自然とその技が出ちゃうんだよね。だけど、そうじゃない人はイメージし辛いよね。参考にならなくてごめんね」
「いえ、そんな……」
確かに参考にはならなかったが、桐子が謝る事でも無いだろう。
「真言ちゃんの望みを叶える力、ねぇ……」
桐子はテーブルに散らばった歴代越境者の力が記された資料をペラペラと捲る。
「はぁ~、本当に色々あるんだね~」
「はい、でも、どれもピンと来なくて……」
「う~ん、でも、別にこの中から選ぶ必要は無いんじゃない?」
「はい?」
桐子は資料を捲りながら続ける。
「この資料って参考にしろって九条さんから渡されたんでしょ? だったら別にこの中からそのまま選ばなくても、良いんじゃないかな。気に入った力の良いトコ取りしてりとかして、私の考えた最強の力! とか?」
桐子は冗談のつもりだったが、真言は目から鱗が落ちる思いだった。
チームに入り、越境者であるメンバーの皆と過ごす間に、真言の中で越境者は特別なヒーローやヒロインでは無くなり、現実の人間になっていた。
だが、真言がチームに入りたいと思った最初の頃はそうではなかった。
フィクションのような出会い。
現実とは思えない敵を世間の目に触れぬところで倒す同年代の少年少女。正に中高生を対象にした漫画や小説の設定通りだ。
力は無くとも、そんな人たちの仲間になりたいと思った。
そして、いつかは自分も―――
有り得ないと理性では否定しても、心の奥底でそう期待する事は止められなかった。
自分が力を得たらどうなるだろうか、そう妄想してベッドに入ったのは一度や二度では無い。
それが、チームで過ごし、越境者という存在が身近になり、やがて現実になってしまっていた。
九条から渡された資料に載っている力は超常の力ではあっても、地味なものが多かった。
筋力増強、発火能力、遠視等々。
フィクションでよく見る力だが、その威力は主人公にはなり得ない程度。
越境者が身近なものになっていた真言は彼らの力が万能無敵なものでない事を知っていた。
だから、それをそのまま受け入れていた。
だが、真言は知っている。
規格外と言われる歴代最強の越境者の力を。
あれは文句なしに主人公級だ。
規格外であっても、前例があるのだ。
真言がカレンと同等の力を得る可能性だってゼロでは無い。
むしろ、欲張りな真言の望みを叶えるなら、主人公級の力が必要なのだ。
万能無敵の魔法の力。
そんな力の具体的なイメージに真言は心当たりがあった。
それは真言が幼い頃に親しみ、京子から借りた漫画で再びハマった世界。
「お~い、真言ちゃん?」
「はっ!?」
閃きに呆然としていた真言は我に返り、目の前で手をひらひらさせる桐子に焦点を合わせる。
「桐子さん!」
「はいっ!」
ボーっとしていたかと思えば、突然大声で名を呼んでくる真言に驚き、桐子も大声で返事をする。
「私、分ったかもしれません! 桐子さんのおかげです。ありがとうございます!」
「ええ? うん、どういたしまして?」
「じゃあ、私、やる事が出来たので、行きますね!」
真言は一方的に別れを告げ、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、談話室を飛び出していった。
「え、えぇ~?」
テーブルに散らばった資料と一緒に置き去りにされた桐子は真言の去った扉を眺める事しか出来なかった。




