4-11 集められた者達
真言が櫻澤の里にやって来て二日目。
昨夜、由紀から聞いた今後の予定では、今日から一週間は越境者となる為の準備を行い、翌週には櫻澤一族が成人の儀で使用する第一修練場という所に潜る事になる。
身支度を整えた真言は、和音から渡された予定表を確認する。
予定表では朝六時から八時までに朝食を済ませ、八時半までに食堂と同じフロアにあるホールへ集合となっている。
壁にかかった時計を見れば、時刻は七時になる所だ。
真言は部屋を出て、食堂へ向かった。
朝六時から利用できるだけあって、既に食堂には結構な人数が入っていた。
ざっと見ただけでも二十人は居るだろう。
年齢や性別はバラバラだが、彼らは真言と同じ、鬼と関わり越境者ではないが戦う事を望んだ者達だ。
全国から集められた彼らは、殆どが見ず知らずの他人同士で、今日から越境者に成る為の準備が始まる緊張感からか、人数が居る割に食堂内は静かだった。
微妙な居心地悪さが満ちたそこで、真言はカウンターに出来た列の最後尾に着いた。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
すると、前に並んでいた女性が振り返り、真言に挨拶をしてきた。
真言は挨拶を返しながら、女性を観察する。
年は真言より少し上くらいに見えるが、顔には化粧が施されており、幼く見えるだけでもう少し年上かもしれない。
女性は細い目を更に細めるようにして笑う。
「私は宮下桐子、十九歳。大分から来たの。あなたは?」
年齢には納得したが、大分と言えば九州だ。
全国から人を集めたとは聞いていたが、最初に言葉を交わしたのが随分と遠い所から来た人で、真言は驚いた。
「あ、私は夕凪真言と言います。十五歳です」
「真言ちゃんって呼んでいい? 私の事は桐子でいいから」
「はい、大丈夫です。桐子さん」
自己紹介をしているうちにも列は進み、真言達の番になった。
食事は和食か洋食か選べるようで、真言は和食を、桐子は洋食を選んだ。
「私も朝はご飯の方がいいんだけど、こっちって味噌が赤味噌じゃない? 九州は白味噌だから、馴染めなくってさ〜」
「ああ、白味噌に馴染んでると赤味噌は辛いって言いますもんね」
「そうなのよ〜」
桐子は眉を顰めながら、ちぎったクロワッサンにバターを塗る。
「ところで、真言ちゃんって落ち着いてるよね」
「え? そうですか?」
「うん、だってほら」
桐子はクロワッサンを口に放り込み、小さく他の席を指差す。
そこには二十代から三十代くらいの男性が三名ほど席に着いていたが、それぞれ自分の食事から顔を上げず、周囲とコミュニケーションを取ろうとする様子もない。
別にそのテーブルだけが特別なわけではない。
周囲を見れば、雑談をしているのは真言と桐子くらいで、挨拶などを交わしている様子はあっても、積極的に周囲と関わろうとしている者は居ない。
それに気づいた真言に、桐子はねっとでも言うように首を傾けた。
「皆、自分の事で一杯一杯。死ぬような目にあったり、家族がやられたりして、周りに目をやる余裕なんて無いの」
桐子は黙々と食事を平らげる人達を眺めながら、表情の抜けた顔で、囁くように語る。
「櫻澤の人達に助けてもらって、力が手に入るかもしれないって聞いて来たけど、本当は皆、他に何もやることがないんじゃ無いかな? だから、ここでの活動にも積極性が持てないでいる」
桐子は視線を真言に戻す。
「でも、あなたは違う。心のバランスが崩れてない。心のバランスが崩れてる人は足取りも不安定になるけど、カウンターで私の後ろに並んだあなたはしっかりした足取りだった。だから、私も話してみようと思ったの」
独特の理論過ぎて納得は出来なかったが、桐子の言いたい事は理解した。
「それを言うなら、桐子さんだって落ち着いてると思いますけど?」
「そう? ありがとう。私は父親が自衛官だったの。だから、身内の生き死にには幼い頃から覚悟させられてたから、そのせいかな?」
日本は現在、戦争をしていない。
しかし、災害派遣や支援活動、訓練でも死の危険はつきまとう。
自衛官や警察官の家族には、サラリーマン家庭には無い覚悟を必要とするものだ。
「私は、鬼に襲われた後、助けてくれた人達と一緒に二ヶ月くらい活動してたからだと思います」
「え? 真言ちゃんって既に実戦経験者なの?」
静かな食堂に、桐子の声は思いの外よく通り、そこにいた全員の視線が真言に集まる。
「い、いや、実戦って言っても、私は逃げてただけだし、大した事は」
「いやいや、大した事だって! へえー、そーなんだー」
「ちょ、ちょっと桐子さん」
「ねぇねぇ、詳しく聞かせてよ。鬼ってどんな感じだった? 私、まだ見た事ないんだよね。越境者じゃないと対抗できないって聞いたけど、銃とかは効かないのかな? やっぱ角とか生えてるの?」
その後、真言はテンションの上がった桐子から質問責めにされ、食事に集中出来なかったが上、ホールの集合時間に遅れそうになった。
ホールに集まって何をするかと言うと、予定表には全体説明会と書かれていた。
収容人数が優に二百人は超えそうなホールには舞台側からホールの半分程までパイプ椅子が並べられており、集合時間ギリギリに駆け込んだ真言と桐子は後ろの方の空いている席に座った。
二人が腰を落ち着けるのを待っていたかのようなタイミングで、壇上にスーツ姿の男性が現れ、予定表にある越境者に成る為の準備というものが何か説明された。
戦う力を得る為の準備といえば、真言は真一が普段行なっている基礎訓練や体力作りを思い浮かべていたが、そういったものではないらしい。
越境者の力は精神に依存し、現世と幽界の法則が混じり合う真夜という特殊な場所でこそ真価を発揮するもの。
世界に己の願望を押し付け、魔法のような現象を世界の理として認めさせる力なのだそうだ。
だから、人によって発現する力が異なる。
力を得るためには体ではなく、己の望みを自覚し、それを強固に持つ事が必要になる。
その為の準備とは、カウンセリングだそうだ。
いきなり怪しげなセミナーじみた展開になり、ホールは少し騒ついたが、この主催者は国の中枢とも繋がりのある櫻澤家で、自分達は現実にはあり得ないと思っていた鬼の実存を知った事を思い出したのか、すぐにそれは収まった。
その後、人数が人数であるため、真言たちは六つのグループに分けられ、それぞれカウンセラーが付くこととなった。
ホール内でグループ毎に担当カウンセラーの元に集められる。
真言のグループは桐子の他三人全てが女性で、どうやら単純に参加者の女性を一纏めにしたグループのようだ。
「初めまして、皆さんのカウンセリングを担当させていただきます九条静香です。一週間程ですが、よろしくお願いします」
パイプ椅子を半円に並べて座る真言たちの前で三十代くらいに見える、落ち着いた様子の女性が自己紹介をし、真言たちも端から順にそれに続く。
「近藤町子です。家族で鬼に襲われ、私だけが助かりました。身寄りも無いですし、生きる目的も失いました。後の人生は鬼への復讐に使うつもりです」
「川島南。ツレが鬼にやられた。あいつらをヤッた鬼は私の目の前で死んだけど、こっちは三人、あっちは一匹で勘定が合わねぇ。アタシが帳尻合わせてやるつもりで来た」
「本田友美です。あの、私は鬼に襲われて、危ない所を助けてもらいました。こんな私でも、誰かの役に立てるならって思って……」
町子は三十代半ばの幸薄そうな女性、南は見るからに不良街道まっしぐらといった風、友美は垢抜けない容姿に自信の無さが前面に出た少女だった。
「私は宮下桐子。自衛官だった父親が鬼に殺されたの。お国、国民の為に死んだなら本望だろうけど、鬼なんて人外にただ食われたってんじゃあ、死んでも死に切れないんじゃないかと思って、私がその無念を晴らしてやるつもり」
真言の番が回って来た。
名前となぜ自分が鬼と戦うことをえらんだのか明かす流れが出来上がっていたので、真言もそれに倣う。
「夕凪真言です。親友が鬼のせいで眠り病になりました。彼女と他の被害者を助ける為にその鬼を倒す力を手に入れに来ました」
「眠り病って鬼の仕業だったのかよ」
真言の戦う理由に南が反応する。
「はい。私はその鬼から直接そう聞きました」
「マジかよ……。アタシのツレで眠り病で入院してるやつがいるよ。そっか……アイツも……」
南は下を向いて、何かを堪えるように唇を噛む。
それを見て、真言は胸が痛んだ。
「鬼を許さない理由が一つ増えたな……。アンタのおかげで良い事知れたよ。あんがとな」
自分がもっと慎重に動いていれば、南の友人は被害に遭わなかったかもしれない。
そう思うと礼を言う南の顔を、真言は直視する事が出来なかった。
「ここに集まった皆さんは、それぞれ鬼と戦う理由を持っています。でも、超常の力を持つ鬼と戦うには、ただの人では無理です。だから、皆さんは力を望み、越境者となる事を選んだはずです」
九条はゆっくりと全員の顔を見渡してから、続きを語る。
「越境者の力は第一修練場に潜れば誰でも手に出来るお手軽な力ではありません。世界に自らの願望を認めさせるには、それだけ強固な望みと意思の力が必要になります。意思の力は皆さんが戦いを選んだ理由のが与えてくれるでしょう。私は皆さんの望みを明確にするお手伝いをさせていただきます。皆さん全員が力を手に入れられるよう、精一杯サポートする事をお約束します。―――では、今後のカウンセリングについてですが―――」
九条がカウンセリングの具体的な内容や狙い等を説明するのを聞きながら、真言は同じグループになった四人の女性を見る。
桐子はここに集まっている人間は自分の事で一杯一杯と言っていたが、桐子以外の三人を見るとそれも納得だ。
町子は本人も言っていたように生きる希望を失ているようだし、南は鬼に復讐する事しか考えていないようだ。そういった意味では友美はまだマシだが、本当に自分で戦う事を望んだのか疑いたくなるほどおどおどと余裕が無い。
それはこの三人に限った話では無い。
他のグループの人間を観察するとそれが解る。
町子のような人間は下を、南のような人間は真っすぐ前だけを見ていて、友美のような人間は視線が落ち着かない。
割合で言えば町子タイプと南タイプで半々くらい、友美タイプは数える程度。
彼らは皆、それに縋るか積極的に求めるか、状況に流されるかの違いはあっても、鬼と戦う力といる非現実的なものに目隠しされているように見える。
それはきっと、由紀が誘導した結果なのだと、真言は自分が誘われた時のことを振り返り、考えた。
ただ、それに気がついたからといって、ここを去る気は無い。
由紀の思惑通りだとしても、真言は越境者の力を必要としているのだから。




