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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第四章 成長
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4-8 被害者

 海水浴客で賑わう砂浜。

 夏のレジャーの定番で、友達同士や家族連れ、恋人たちで溢れるそこが今、鬼の脅威にさらされている。

 目の前の平和な光景は薄皮一枚のもので、その裏には理不尽な死を振りまく鬼が次の犠牲者を物色している最中かと思うと、真一(しんいち)の目は険しくなる。


 今回の作戦で真一が任されたのは海水浴場の一番端で、砂浜というより磯と言った方がいいような、砂よりゴツゴツした岩が多い場所だ。

 当然、人もほとんど居ない。


 つまり、鬼の出現予想としては確率の一番低い場所に配置されたのだ。


 真一は越境者(えっきょうしゃ)としては新人であり、実戦経験も少ない為、この配置は当然の事で、それを不満に感じる事は無い。

 真一の役目は真夜(しんや)の展開を感知したらすぐに現場に向かい、鬼の逃走を防ぐ事だ。


 直接の戦闘は無いかもしれないが、前回は同じような配置でまんまと鬼を取り逃がしている。

 前線に配置されなかったからと言って、気を抜く事は出来ない。


 それに、人が全くいないわけでは無いのだ。

 可能性は低くとも、真一の担当場所に鬼が現れるという事も有り得るので、初めから居ないものと考えてもいられない。


 真一は配置に着く前に見た、(みなと)の熱意に溢れた目を思い出す。

 彼女は自らの役目に誇りを持っているのだろう。


 真一だって、鬼に関わって二度も死にかけたのに、戦う事を選んだのだ。

 単純なヒーロー願望で安易に決めたわけでは無い。


 次の被害者なんて絶対に出させない。


 真一は真剣な目で周囲に視線を配りつつ、小さな鬼の気配でも感じられるように集中を高めた。




 どれくらいそうしていただろう。

 動き回らなくとも、気を張った状態で長時間いるのは疲れるものだ。


 広い範囲が見渡せるよう、少し高くなった岩の上に立ったまま、熱中症対策で被っていたストローハットを上げて額や顔の汗をタオルで拭った後、温くなったスポーツドリンクを一口飲む。


 周囲はまだ明るいが、もうすぐ夕方に入りそうな時間帯だ。

 砂浜を見れば少し人が減って来ているように見える。


「今日は空振りだったのかな?」


 被害者が出なかったのなら、良い事なのだが、待ち構える身としては早く決着を付けたいと思ってしまうのも仕方がない。

 真一は一人呟いて、砂浜から磯の方へと視線を移す。


「ん?」


 真一の立つ岩から見下ろす形になる、海面に近い岩場に青いワンピースを着て日傘を差した女性が立っていた。

 さっきまでは居なかったはずなので、真一が汗を拭ったりしている間に来たのだろう。


 少し前までは磯靴を履いた親子連れが何組か居たが、今は彼女一人だけだ。


 他に誰も居ない磯で、一人海を見つめる女性。


(まさか身投げなんてしないよな……)


 なぜか変な想像をしてしまい、真一は首を振る。

 女性が一人で海を眺めていたからと言って、それでそんな想像をするのは失礼というものだ。


 しかし、特に散策をする様子も無く、じっと海を見つめ続ける女性を見て、真一は胸が(ざわ)めくのを感じる。

 担当範囲を広く見ようとしても、どうしても女性の挙動が気になってしまい、意識がそちらに引っ張られてしまう。


 真一がちらちらと女性を気にしていると、堤防の方から海水浴客と思しき男性グループの騒がしい声が聞こえて来た。


「あ~あ、今日も空振りかよ」

「そう言うなって、ペンションに戻って一杯やろうぜ」

「男ばっかじゃ盛り上がんねぇよ」


 どうやらナンパ目的で海に来たのは良いが、空振りに終わった一団のようだ。


「おっ、あんなとこに女が居るぜ」

「ん? どこよ?」

「あそこあそこ。一人だし、声かけてみねぇ?」

「え~? また空振りだろ? もう戻ろうぜ」

「ワンチャンあるかもだろ? これで最後だからさ」

「ったく、わかったよ」


 どうやら真一が気にしていた女性に声をかけるようだ。

 チャラい連中なので、真一が心配していたのとは別の危険があるかもしれないが、あまり強引な事をしようとしたなら止めに入ればいいだろう。


 真一はそう思い、傍観する事に決めた。


「お姉さん、一人?」

「何してんの?」

「暇なら俺らと行かねぇ?」


 三人で一人の女性に声をかけるようではナンパが成功するはずも無い。

 声の掛け方も欲望むき出しで、あれで上手くいくのは相手も相当遊んでいる場合だけだろう。


「おっ、お姉さん美人だね」

「マジですげぇ美人」

「うおーっ! テンション上がって来た~!」


 真一の位置からは女性の顔は見えなかったが、相当に美人だったようで、男たちは大盛り上がりで、ナンパにも熱が入る。


「絶対、楽しいからさ」

「そうそう、変なとことか行かねぇし」

「ほら、人が多い店なら安心っしょ」


 全く安心できそうも無い必死さを見せる男たちに、真一はナンパの失敗を確信した。


「お姉さん行きたいとこあんの?」

「どこどこ? 俺ら車あるし、遠くても連れてったげるよ」

「え? 車はいらねぇの? 近場?」


 女性の声は真一の所まで届かなかったが、意外な事に女性は誘いに了承したようだ。


 真一は意外に思いその後の展開が気になったが、無理矢理では無く、両者合意の上なら真一の出る幕は無い。

 真一はその女性とナンパ男達から意識を離し、砂浜へと注意を戻す。


 しかし―――


「えっ?」


 真一が磯側に背を向けた次の瞬間、背後から濃密な鬼の気配が溢れ出す。

 慌てて振り返った真一が見たのは、誰も居なくなった岩場だった。


 そして、周囲に広がる不安を掻きたてるような気配。


「鬼の気配の混じった空気……。真夜、だ」


 驚きで反応が遅れたが、真一はすぐに気を取り直して、真夜へ潜る。


 真一の役目は足止め。

 逃がさず、(ねば)っていればカレンや源蔵(げんぞう)の班が応援に駆けつけてくれる。


 可能性が低いと思っていた直接戦闘に、真一は緊張しつつ、立っていた岩を飛び降り、蒼い月に照らされた磯を駆ける。


「な、何だよこれ……」

「夜? って、さっきまで太陽出てたじゃん!」

「何? 何?」


 混乱しておたおたするナンパ男たちの前で、日傘を差した女性が悠然と微笑んでいる。


「あんたら、逃げろ!」

「え?」

「誰だよ、お前」

「てか、逃げろって―――」

「いいから、さっさと行けよ! そいつは危険なんだよ!」


 現場に駆け付けた真一は、ナンパ男達に逃げるように言うが、混乱した男たちの反応は鈍い。


「ふふふっ、貴方を招いた覚えは無いのだけど、どなたかしら?」


 一人冷静な女性―――いや、鬼が微笑みを浮かべ、真一に問いかける。


 鬼は男たちが言うように整った顔立ちの二十代の女性に見える。

 しかし、この状況で落ち着き払った態度、何より、濃密な気配がその正体を間違いなく物語っている。


「悪いけど、気の利いたセリフは用意してないんだ。兎に角、あんたの邪魔をさせて貰う、よ」


 言いつつ、真一は鬼に向かって突っ込む。


 離れていては真一に出来る事は無い。

 兎に角、接近しなくては始まらない。


「近づかないで頂戴」


 鬼が手を一振りすると、海から鞭のように海水が伸び、真一を打ち据える。


「ぐっ!」

「「「えぇえぇ~!?」」」


 真一は身を(ちぢ)め、顔の前で両腕をクロスさせて耐える。


 目の前で起こった常識外の出来事に、ナンパ男たちは口をあんぐり開けて驚きの声を上げる。


「あん、たら、さっさと、逃げろ、って」


 真一は鬼の攻撃に耐えつつ、(ほう)ける男たちに再度、逃げるように促す。


「見りゃ、わかるだろ? ここ、は、危険なん、だよ!」


 血こそ出ていないものの、海水の鞭に打ち据えられる真一の服はボロボロで、その攻撃が半端な威力で無い事は見れば解るはずだ。

 何より、理解出来ない状況に顔面蒼白の男たちは、真一の言葉にがくがくと頷くと、へっぴり腰で転げるように駆け出した。


「あら? そっちから誘っておきながら、逃げるなんて失礼な人達ね」


 真一を打ち据えつつ、鬼はナンパ男達へと手を伸ばす。


「そんな人達は、こうよ」


 鬼の言葉と同時に、海から三つの水球が放たれる。

 直径二メートル以上あるそれは、コントロール抜群で、逃げる男達一人一人に命中する。


「がぼっ」

「ごほっ」

「ぶっばばっ」


 水球は男たちに当たると、その体を内部に取り込み、球状を維持してその場に留まった。


 水球の中に取り込まれた男たちは大暴れするが、水面が破れる事は無く、肺に残った空気を無駄に消費するだけに終わった。


「止めろ!」


 陸に居ながらにして溺れる目に遇う男たちを見て、真一は語気を荒く鬼を怒鳴りつける。


「なぜ?」


 しかし、鬼は本当に不思議そうに問い返す。


「死んじまうだろ!」

「死んではいけないの?」

「当たり前だ!」

「でも、貴方達は死ぬ直前でなければだらだらした精神活動しかしていないじゃない。そんなエネルギーの浪費を続けるだけなら、私がここで一気に絞ってあげたって問題無いんじゃないかしら?」

「勝手な事を!」


 鬼は真一と会話している間も、海水の鞭を止める事は無く、真一はその場に釘付けにされたままだ。


 水球に捕らわれた男たちの動きはどんどん弱々しくなり、苦し気に喉を押さえ、助けを求めるように水中で腕を伸ばす。


 それを見て、真一の心に怒りが燃え立った。


 鬼の振りまく理不尽な死を拒絶する。

 そう思って戦いに身を投じる事を決めた。


 自らの死を感じたのは三度。

 しかし、誰かの死を予感させる場面を見るのはこれが初めてだ。


 真言を救おうと思った時は、直接的に危険が及ぶ前に逃がす事が出来た。

 遠征で遭った鬼は逃走中か、被害者から引き離された状態でしか見ていない。


 真一の失敗が誰かの命を失わせる。

 頭では解っているつもりだったが、その場面を目の前にして、本当は全く解っていなかった事を思い知らされた。


(俺は、これを否定する為に戦う事を選んだんだ)


「だったら―――」


 真一は両腕で海水の鞭をガードしながら、腰を落とす。


「ここでやらなきゃ意味ないだろ!」


 鞭に打たれながらも鬼へと駆ける。


 しかし―――


「あら、怖い」


 足を止めて受けてていた時と違い、踏ん張りの聞かない状態で横から打たれた結果、真一は呆気無く転倒する。


「がっ」


 転がった真一を鎌首をもたげる蛇のように海水の鞭が上から見下ろす。


「はい、ご苦労様。でも、ここまでにしてね」


 その先端が無数に割れたかと思うと、線のように細いそれらが一気に真一の体へと降り注ぎ、全身を刺し貫く。


「がああぁあぁぁ!」


 針のように細いが、とんでもない数のそれらは全て真一の体に叩きこまれ、全身から血飛沫が飛ぶ。


「ふふっ、はい、お終い」


 そんな真一を見て、鬼は日傘をくるりと手の中で回し、微笑んだ。

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