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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第四章 成長
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4-6 修羅場

 豊野(とよの)市の駅前から離れているものの、皐月(さつき)が行こうとしていたファミレスより駅に違い場所にあるバー。

 夜はネオン看板が輝く其処は、あまり知られていないようだが昼間の短時間、ランチを提供しているそうだ。


 由紀(ゆき)真一(しんいち)達に他県から真言(まこと)に会いに来たと話していたが、地元育ちの真言や皐月ですら知らない店を何故か知っていた。


 由紀の突然の誘いに戸惑い、断ろうとした真一だったが、フリーズしてしまった皐月を抱えたまま、強引に話を進める由紀に逆らう事ができず、店まで連れてこられてしまった。


「で、あなたと真一の関係は何?」

「昨日、カレンさんに言い返されて言葉遣いに気をつけてるみたいですけど、そう言った話はお互いに自己紹介してからじゃないですか?」


 そして、何故かオシャレなランチを挟んで、皐月と真言が睨み合っていた。


「私は夕凪(ゆうなぎ)真言と言います」

「私は高坂(こうさか)皐月。真一の従姉妹で同い年よ」

「先輩には危ない所を助けてもらって以来、仲良くさせて貰ってます」

「仲良く?」

「はい、仲良く」


 二人はお互いに微笑み合っているが、目が笑っていない。


 状況について行けない真一は、砂糖も入れていないコーヒーを意味もなくスプーンで掻き回す。


「真一さんは夏休みはどう過ごされているんですか?」

「え?」


 お互いの連れが険悪な雰囲気なのにも関わらず、由紀がにこやかに真一へと世間話を振ってくる。


「えっと、部活仲間と色々な所に行ってます。近場ばかりですけど」


 無視するのも悪いと思い、簡単に返事をするが、チームの活動についてはあまり突っ込んで欲しくなかった。

 本当の事を話すわけにはいかないし、文化人類研究会は活動実態の無い部活だ。

 詳しく話せばボロが出る。


「そうなんですか。 お忙しいんですね」

「ちょっと! 部活でって、立華(たちばな)カレンも一緒なわけ?」


 由紀と話していると、突然皐月が話に割って入って来た。


「え? ああ、そりゃあ一緒の部活だからな」

「他には?」

「は?」

「他は誰と一緒なの? 噂の先輩も一緒なわけ? まさか、この中学生も?」

「お、おい……」


 詰め寄って来る皐月の迫力に押されて、真一は身を仰け反らせる。


「ちょっと! 中学生って何ですか! 自己紹介したんですから、名前で呼んでください! 本当にカレンさんの言ってた通り、失礼な人ですね」


 真言が皐月の物言いに文句を言うが、皐月の耳には入っていない。


「昨日は立華カレンと一緒に居たし、中学生とも親しげで、これで噂の先輩まで居たら、噂は本当って事に……」

「おい、さっきから何なんだよ。噂の先輩って」


 カレン、真言、噂の先輩。


『噂の』


 それらのキーワードを並べて、真一は皐月が言っている噂が何なのか察しがついた。


「おま、噂ってまさか!」

「あんたが三叉してるって噂よ!」

「やっぱりか!」


 真一の予想は見事に的中した。


 そこからは皐月を何とか(なだ)め、真言と二人で事情を説明し、何とか理解して貰えた頃にはランチタイムは終わりかけになってしまった。


「すみません、由紀さん。せっかく誘って頂いたのに、落ち着いて話も出来なくて」

「いえ、大丈夫ですよ。生で修羅場が見れる機会なんて早々ありませんから、私も楽しませてもらいました」

「え?」

「冗談ですよ。ふふふふふっ」


 真一は由紀とほとんど話す事が出来なかったが、結構いい性格をしているのかもしれないと思い、顔が引きつった。


「真言ちゃん、あんたとは今度ゆっくり話がしたいわ」

「望む所です」


 噂話についての誤解を解くまでは、噂の原因を作った真言は気不味そうな顔をしていたが、調子を取り戻して皐月と不敵に笑い合っている。


「では、私たちはこの辺で失礼します」

「じゃあ、先輩。(しばら)く会えませんけど、メールしますから、ちゃんと返事くださいね」


 真言と由紀はそう言って駅の方に向かって去って行った。


「何だったんだか……」


 結局、ランチを一緒したが大した話も出来ず、去って行く真言と由紀を見送り、真一は疲れた声でそう呟いた。


「疲れてるとこ悪いけど、あたしの話は始まっても無いからね。まだ付き合ってもらうから」

「わかってるよ」


 真一はため息を吐きたいのを(こら)え、大人しく皐月に頷いてみせた。




 真一と皐月は元々行く予定だったファミレスに入り、ドリンクバーだけを注文した。


「で、噂の真相には納得したけど、あんたそんな噂流れてて、マトモな学校生活出来てんの?」

「マトモかどうかは知らないけど、イジメみたいな事にはなってないし、カレンや部活の先輩も居るからそこまで大変じゃ無いよ。カレンや先輩の友達は噂の真相も解ってくれてるしな」

「だったら良いんだけど……」


 皐月はまだ納得しきれていない表情だ。


「ところで、一人暮らしはどう? 慣れた?」


 ただ、あまり突っ込んで聞いても悪いと思ったのか、皐月は話題を変える。


「まあ、もう二ヶ月になるし、一人で居るのには慣れたよ。家事はまだまだだけどな」

「そっか、ご飯はちゃんと食べてるの?」

「何だよ、その質問。従姉妹って言うより親戚のおばちゃんみたいだぞ」

「失礼な!  で、どうなのよ?」

「食ってるよ。朝は時間がないから、パン焼いたり納豆とか簡単に済ませてるけど、昼は弁当だし、夜はちゃんとしたもの食ってるよ」


 気安いやり取りに気が緩んでいたのか、真一は正直に答えてしまう。

 皐月はすぐに真一の言葉の矛盾に気がついた。


「朝、時間が無いのに昼は弁当?」

「あっ」


 真一は自分の失言に気がつき、口を押さえる。


「コンビニ弁当って事?」

「そ、そうそう!」


 皐月の出した助け舟に何も考えずに飛びつくが―――


「違うでしょ?」

「……はい」


 目を怖くした皐月の言葉に、すぐさま白旗を上げた。


「部活の先輩―――」

「に作って貰ってる?」

「違うって!」


 邪推(じゃすい)する皐月の言葉を真一は断ち切る。


「先輩の家は―――名家っていうか、大きな家で、お手伝いさん? っていうか、世話役みたいな人が居て、俺が昼飯にコンビニのパンばっかり食ってるの知って、お弁当を用意してくれるようになったんだよ」

「へぇ~」


 皐月は半眼でやる気の無い相槌(あいづち)を打つ。


勿論(もちろん)、初めは悪いって断ったけど、二人分が三人分になっても手間は変わらないって言うし、食費は大目に払ってるって」

「ふ~ん……で、その人って女の人でしょ?」

「あ、ああ」

「幾つ?」

「さあ? でも、多分二十代前半じゃないかな?」

「はぁ~……」


 皐月は盛大なため息を吐いた。

 そして―――


「増えてんじゃん!」


 テーブルに勢いよく手をつき、周囲が振り返る程の大声で叫ぶ。


「増えてんじゃんか !立華カレン、先輩、中学生の次は年上のお手伝いさん? あんたいつからギャルゲーの主人公になったのよ!」

「なってねぇよ! 全員、そんな関係じゃ無いから!」

「はっ! どうだか?」


 皐月は真言の様子から、真一の言う事を信用しなかった。

 カレンはよく解らなかったが、少なくとも真言は完全に自分を敵認定して喧嘩を売って来ていたので、確実に真一に気があると皐月は思っている。


「兎に角、落ち着けって」


 周囲から向けられる好奇の視線と、ひそひそと聞こえてくる『修羅場』という単語が気になり真一は皐月に落ち着くように言う。


「ふん!」


 皐月もそれらに気付いていたが、今はそれより苛立ちが勝り、恥じて大人しくなるような事は無かった。

 不機嫌そうに息を吐き、真一から視線を外す。


「変な噂が流れてるから、お前がそういった方向に考えちゃうのも解るけど、噂の真相についてはさっき納得してただろ? 皆、親切にしてくれたり、助けてくれた人たちなんだ。あの噂だって、迷惑かけて本当に申し訳なく思ってくらいなんだから、お前まで皆をそんな目で見ないでくれよ」


 顔は向けず、目だけで真一の様子を見れば、本当に苦しそうな表情をしており、そこに嘘は感じられなかった。


 皐月は唇を尖らせて目を閉じ、少し考えた後、盛大なため息を吐くと、真一に向き直る。


「……解ったわよ」


 ()ねたように言う皐月に、真一はホッと息を吐く。


「よかった」

「でも、最後に確認させて」

「何?」

「その、三人? 四人? の人たちの誰かと付き合ってるってわけじゃ無いのよね? あと、二人っきりで部屋に上げたりとかしてないわよね? ―――い、一応、あの部屋はお父さんの名義で借りてるんだから、あんまり変な事に使われると困るのよ」


 皐月は言い訳のように正論を付け足して聞く。


「無い、無い! んな関係じゃ無いって! それに、部屋には男の知り合いすら入れた事無いよ!」


 真一はとんでもない質問に、顔を赤くして必死に否定する。


「そ、そうなんだ……よかった」


 真一の必死な様子に皐月の不安は溶け、ごく自然に笑みが漏れた。


「ったく、変な事言うなよ。妙な汗掻いたわ」


 真一はシャツの首元をパタパタさせる。


「ふふふっ、ごめんごめん、噂が噂だったから、一応、ね」

「俺、飲み物取って来るわ。お前も何か要る?」

「あ、じゃあ、ウーロン茶お願い」

「了解」


 真一が二人分の飲み物を持って来て、空気がリセットされた後は、ごく普通にお互いの近況を話したりと穏やかなものだった。


 ただ、真一がほぼ毎日、真言と(あずさ)の作った夕飯をホームで食べていると知ったとしたら、こんな穏やかな空気は有り得なかっただろう。

 皐月がその事実を知った時、ひと悶着(もんちゃく)あるのは確実だが、この時の真一はそんな事は想像もしないのだった。




◇◇◇




 豊野市の中心から少し離れた場所に建つ、市内で最も大きなホテルの最上階。

 一応、寝室の他に一部屋あり、階下の部屋よりグレードは高いが、由紀から見ればみすぼらしく見える調度品しかないその部屋で、由紀は世話役兼護衛として同行した女性の()れたコーヒーを飲みつつ、資料に目を通している。


 由紀の手にある資料の頭には真一の学生証の写真と同じものがクリップで留めて有り、内容は真一のプロフィールや越境者になってからの行動に関するものだった。


「今のところ、目立った活躍は無いようですね」

「はい」


 プロフィールから始まり、最近の遠征に関する報告まで続く資料に目を通し終え、由紀は女性に確認する。


「実際にお会いになっていかがでしたか?」

「ごく普通の男子学生にしか見えなかったわ。少々体を鍛えているのは解ったのだけど、何かスポーツをしていると言われれば納得する範囲でしかなかったわね。あのカレンさんが教育係になるような何かがあるようにはとても見えなかったわ」

「夕凪真言からその辺りの話は聞かれなかったのですか?」

「ええ、あの子、私の誘いに乗りながら、まだ完全に信用はしてくれてないみたい。御姉様の班、特に問題の高坂真一の話になると露骨に警戒するのよ」


 由紀は資料をテーブルに投げ、(てのひら)を上に向けて見せる。


「まあ、夏休みの間は遠征に出続けるそうだから、いずれ情報も集まるでしょう。あまりしつこくして真言さんの不信感が強くなるのは避けたいわ」

「では、これまで通りの調査を続行という事で」

「ええ、それで大丈夫よ」


 話が(まと)まると、女性は空になったカップを下げ、新しいコーヒーを淹れなおす。


「さあ、来週からは忙しくなりますよ」

「はい」

「御姉様も実戦に出たりと色々されているみたいですけど、ようやく同じ舞台に立てたのですから、私もより一層励むとしましょう」


 由紀は新しく用意されたコーヒーを一口含み、口を湿らすと薄っすらと笑う。


「まずは駒を揃えなくてはね」

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