4-4 従姉妹
「ウチに顔出す時間は無いけど、女と遊ぶ時間はあるってわけね」
少女はキッと真一を睨む。
真一は少女が盛大な勘違いをしている事に気がついた。
「ま、待て、誤解するな。カレンと二人っきりなわけじゃ無い。たまたま、俺たちが代表して買い出しに来ただけで、戻れば一緒に夏休みの課題をやってる人達が居るし、男の先輩だって居る。俺たちはお前が想像してるような関係じゃ無い」
「フーン」
少女は真一の目を覗き込んだ後、カレンへと視線を向け、上から下までジロジロと眺める。
「ん?」
不躾な視線にカレンが眉根を寄せる。
「ま、こんな可愛い子があんたなんか相手にするはずないか」
少女は真一を解放すると、両掌を上に向け、肩をすくめる。
言い方は気に触るが、反論して話が拗れるのも馬鹿らしい。
真一は無理やり笑って、モヤモヤした気持ちを誤魔化した。
「ねえ、この女、誰よ?」
「は?」
話が終りかけていた所に、カレンが会話に入って来た。
「アンタの知り合い?」
「ああ、こいつは」
真一が少女をカレンに紹介しようとする。
「ちょっと」
しかし、それより早く、少女は真一を押しのけてカレンの正面に腕を組んで立ち、その身長差を活かして見下ろすようなポーズを取る。
「この女ってあたしの事よね? 初対面の相手を指すには随分な言い方じゃない」
「はぁ? アンタもアタシの事、この女呼ばわりしてたでしょ。自分は良くても人はダメって、アンタ何様なわけ?」
「ぐっ」
確かに先程、カレンの事を『この女』呼ばわりしてしまっていた為、少女は言葉に詰まる。
「で、結局誰なわけよ?」
カレンは悔しそうに睨む少女から真一に視線を移し、再度問う。
「コイツは俺の従姉妹で高坂皐月。俺がこっちに越して来るのを世話してくれた叔父さんの娘だよ。因みに歳は俺らと一緒。高校は私立だから違うけどな」
「ふーん。で、何で揉めてたわけ?」
「それは―――」
「別に揉めてなんかないわよ! 真一がいい加減だから注意してただけよ!」
自分を他所に話をするカレンに、無視されているように感じた皐月が二人の会話に割って入ってくる。
皐月の言葉ではよく解らなかったようで、カレンが真一に問うような視線を寄越す。
「俺がこっちに来てから、全然叔父さんの所に顔を出さないから、心配させちゃってて、それを注意されたんだよ」
「そりゃ、アンタが悪いわよ」
「え?」
自分の言い分を肯定するカレンに、皐月は驚いた。
「まあな」
真一は頭を掻いてバツの悪い顔をする。
カレンは自分勝手に見られがちだが、決して常識が無い訳では無い。
理解した上で無視する事があるだけだ。
「色々あって慌ただしかったのは解るけど、世話になった人に不義理をすんじゃないわよ」
「反省してるよ。だから、今度ちゃんと顔出すって皐月にも言ってたんだよ」
「じゃあ、いいわ」
喧嘩腰に見えたカレンが自分の味方のような事を言うので、皐月は戸惑い、目を白黒させている。
「で、その話は決着してるわけね?」
「え、ええ……」
カレンに確認され、皐月は釈然としない表情で、頷いた。
「じゃあ、今度はこっちの話よ」
「え?」
「アンタ、アタシが『この女』って言ったのを責めたわよね。自分もアタシを『この女』呼ばわりしながら」
「うっ」
話がそこに戻り、皐月は怯んだ。
さっきまでは相手も喧嘩腰だと思っていたので、上げ足を取られたような気がしたが、今は自分の味方をするような発言をされた後なので、反発し難い。
「今回はお互いさまって事で済ませてあげるけど、今度から気を付けなさいよ。初対面の相手に『この女』呼ばわりなんてすると、相手にも同じようにされるわよ」
「……はい」
皐月は複雑な表情で、しかし愁傷に頷くしかなかった。
「じゃあ、話はこれでお終いよ。―――ほら! さっさと買い出し済ませるわよ! これじゃ完全にお昼に間に合わないじゃない! ったく」
カレンは鼻を鳴らして背を向ける。
「じゃあ、また今度な」
「ちょっと待って!」
カレンに続こうとする真一を皐月が呼び止めた。
「あのさ、お父さんがアンタはまだ立ち直ってないから、あんまり構ってやるなって言うから電話とかメールも控えてたんだけど、こうして友達と出かけられるって事は、電話やメールくらいはしてもいいんだよね?」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
さっきまでの様子と違い、不安そうに言葉を選んで言う皐月に真一は戸惑いつつも頷く。
「立ち直ったかどうか、自分じゃ分らないけど、今は前ほど落ち込んじゃいないつもりだ」
「そっか」
皐月はここでようやく笑顔を見せた。
ふっと漏れたような笑顔は、昔から活発な少女だった皐月を知る真一でも見た事が無い表情で、真一を驚かせる。
「ちょっと、さっさとしなさいって言ってんでしょ! いつまでやってんのよ!」
また待たされたカレンが苛立った声で真一を呼ぶ。
「あ、悪い。もう行くわ」
「うん、メールするから、絶対返事しなさいよ!」
そう言って笑う皐月の笑顔はよく知る表情で、真一はほっとしたように笑い、カレンの方へ急ぐ。
「悪い悪い」
「フン! さっさとするわよ」
カレンとわいわいやりながら棚の向こうに消える真一を見送り、皐月は笑顔を引っ込め、寂しそうな表情をする。
「そっか、今はもう笑えるんだ」
◇◇◇
「―――ってな訳で、こんな遅くなったわけ」
昼食を取りながらカレンがホームで二人の帰りを待っていた面々にコンビニでの出来事を話して聞かせる。
コンビニからの帰りに、中々戻らない二人を心配した御幸からメールがあり、真一の知り合いと会って少し時間を取られた事は伝えたのだが、御幸達は二人が戻るまで昼食を取らずに待っていてくれたので、全員で揃って食卓を囲んでいる。
各自の前に氷水の入った涼やかな硝子製のどんぶりと梓謹製のめん汁が注がれた小鉢が並べられ、ざるには一口大で巻かれたそうめんが山のように盛られており、そこから氷水を潜らせて食べる趣向だ。
盛られたそうめんは薄くごま油が絡められており、こうする事で麺同士がくっ付かない上、水に浸けておかなくても麺が乾かないので、麺が水を吸って伸びる事を防ぐ事が出来る。
二人が遅くなっても一緒に食べられるように、梓が気をきかせてくれたのだ。
「カレン、何で貴女は初対面の人と必ず喧嘩するのよ」
御幸は額を押さえて嘆いた。
「はあ? 今の話を聞いて言う事がそれ? コイツが恩人に不義理をしてたのが悪いんじゃない。大体、アタシがいつも喧嘩してるみたいに言わないでよ」
「みたいに、じゃなくてそう言ったのよ」
「アタシがいつ喧嘩したのよ!」
呆れたように言う御幸にカレンは反発するが、食卓を囲むメンバーの内、カレンと梓以外の全員が手を挙げた。
「俺はいきなり無視すんなって絡まれた」
「私は自己紹介しようとしたら、そんな事はどうでもいいって言われて散々無視された後、うるさいって怒鳴られました」
「私はアンタに仕える気なんて無い、アタシを従えたかったらアタシに勝って見せろって言われたわね」
「俺は不意打ちで飛び蹴りを食らったな」
全員の視線がカレンに集中する。
「フン、昔の話をいつまでも根に持ってんじゃないわよ」
カレンはそんな視線を意に介する事無く、そうめんを啜る。
「いや、俺と真言ちゃんは昔でも無いだろ。つい最近の話だ」
「ウッサイわね! 細かい事、言ってんじゃないわよ!」
カレンは強引に話を打ち切ると、山盛りのそうめんを切り崩しにかかる。
「せ、先輩、その皐月さんっていう方はび、美人なんですか?」
「え? 美人っていうか、元気な奴だよ」
「元気?」
的外れな真一の答えに真言は首を傾げる。
「ああ、高校も水泳のスポーツ推薦で受かってるし、頭ん中は完全に体育会系」
「な、なるほど、で、容姿はどうなんでしょう? スポーツ少女って事は、スタイルとかいいんでしょうか? 先輩的にポイント高いですか? ぶっちゃけ、アリですか?」
何がアリなのか、真一には解らなかったが、皐月の姿を思い浮かべて考える。
「うーん、背は俺くらいあるし、太っても無いからスタイルはいい、のか? 顔立ちは……」
真一は皐月が見せた静かな笑顔を思い出し、答えが止まる。
あの不思議な表情の意味は何だったのだろう?
心配していた親戚が立ち直って嬉しいという表情では無かったように思う。
「か、カレンさん!」
真言はフリーズしてしまった真一から、カレンに相手を変える。
「はぁ? あの女の顔? 知んないわよ、そんな事。普通じゃないの? 普通」
カレンは本当に興味が無いようで、面倒臭そうに手をひらひらさせて答える。
「カレンさんに聞いた私が馬鹿でした。美少女でモデルやっててファッションセンスは有るくせに、こういう事は頼りにならない人だって忘れてました」
「アンタ、最近マジでアタシに喧嘩売ってんでしょ?」
「止めて下さいよ。だから喧嘩っ早いって言われるんですよ」
恒例のカレンと真言のじゃれ合いが始まった所で、真一のスマホがメールの着信を告げる。
チラリと画面を確認すると、今の今まで話題になっていた皐月からだった。
「あっ」
「誰からだったの?」
タイムリーな相手だった為、思わず声を漏らした真一に、御幸が問う。
「いや、さっきまで話してた俺の従姉妹からのメールでした」
「な、なんて送って来たんですか!」
カレンとのじゃれ合いを中断し、勢い込んで聞いて来る真言に若干身をのけ反らせ、真一はメールを確認した。
「えーっと……」
『久しぶりだったけど、元気そうで安心した。お父さんにも元気でやってるみたいだって言っとく。さっきはあんまり話せなかったから、明日、予定が空いてるようだったら会って話せない?』




