4-3 買い出し
高校一年生の夏休みと聞いて、何を思い浮かべるかは人によってまちまちだろう。
しかし、自分のような夏休みを想像する者はほぼ居ないだろうと真一は思った。
実際、去年までの自分は実戦経験を積むために近県を飛び回り、学校に通っている時より忙しい夏休みなど想像していなかった。
普通に友達と遠出を計画したり、ひょっとしたらいい感じになった女友達を夏祭りに誘ったりなんてするのかも、なんて事を想像していたと思う。
カレンのような美少女と毎日顔を合わせて、一緒に遠出をしているのだから、一部は叶っているのかもしれないけれど。
夏休みに入ってもうすぐ二週間が経つ。
その間、ずっと外泊していたわけではなく、帰れる場合は部屋に帰っていたし、遠征の無い日もあった。
ただ、高校の長期休みに出る課題は中学の頃とは比べ物にならないくらい多かった為、その空いた時間のほとんどは課題に取り組む時間に当てなければならなかった。
真一は自分でもかつて無いほどに真面目に課題に取り組んでいたと思う。
しかし、先日、ホームであったカレンとの会話の中で、既にカレンが課題を終えている事を知った。
遠征に行っている時間は真一と同じ。つまり、課題に当てられる時間も真一と同じ。
カレンは既に課題を全て終えており、真一は頑張っていたが半分以上残っている。
このペースで行けば課題を終わらせる事は可能だが、夏休みが遠征と課題をこなす為だけで終わってしまう。
別に遊び倒したいとは思わないが、それはあまりに寂しすぎる。
そう思ったのは真一だけではなかったようで、御幸の提案で本日、ホームに集まってみんなで夏休みの課題をやっつける事になった。
ホームのリビング。
メンバーが集まれば、いつも会話の絶えないその空間にはカリカリとシャーペンがノートの上を走る音だけが響いている。
既に課題を全て終えているカレンはフローリングに茣蓙を敷き、ロボと一緒にお昼寝タイムだ。
「……すみません、御幸さん。ここなんですけど……」
みんなの集中を乱さないように、真一は御幸に小声で解らない問題について質問する。
「ん? ちょっと待ってね……。うん、ここはこうして……ほら、解けたわよ」
「あ、ホントだ。ありがとうございます」
御幸はカレンに負けない程、成績が良いので、一年生の問題などスラスラと解いてみせる。
このように解らない問題について、すぐに訊ける環境で取り組んでいる為、課題は一気に進む。
このままいけば、今日中に殆ど終えることが出来そうなペースだ。
「もうすぐお昼になるし、そろそろキリを付けましょうか」
御幸の提案で、みんな課題から顔を上げ、体を伸ばしたりして、集中を解く。
「すみません、御幸さん。何回も質問して……」
「気にしないで良いわ。カレンみたいに全部じゃないけれど、私も課題は殆ど終わっているから」
真一は何度も質問して手を止めさせた事を謝るが、御幸は笑顔でそう答えた。
「御幸さんのおかげで、私も旅行前に課題が終わりそうです。ありがとうございます」
真言も成績は良いが、難しい問題の幾つかを御幸に質問していた。
ちなみに、真言は来週頭から長期旅行に出る為、ホームに来るのは今日までになるそうだ。
「ちよっと、飲み物が無いじゃない」
みんなが課題に取る組んでいた間、ずっと昼寝をしていたカレンが起きて来て、文句を言う。
机の上にあった三本のペットボトルは全て空になっていた。
「あ、そう言えば、ジュースはこれで最後でした」
「何ですって?」
真言の言葉にカレンは眉根を寄せる。
梓の方針か、ホームではあまりジュースは出されない。
基本的に紅茶かコーヒー。夏になって麦茶が追加された程度で、ジュース類の買い置きは無い。
「麦茶ならすぐに出せますよ?」
真言が席を立ちながらカレンにそう言うが、カレンは首を横に振った。
「今は炭酸の気分で麦茶の気分じゃ無いのよ」
「知りませんよ。そんな事……」
カレンの我儘に真言は呆れて、相手にしないことにしたようだ。
「はい、どうぞ。お昼の用意も出来るってお姉ちゃんが言ってましたから、もう少し待ってくださいね」
真言はカレン以外の全員の前に、氷の入ったグラスを置き、麦茶を注いでいく。
「ちょっと」
「何ですか?」
「アタシの分は?」
「麦茶の気分じゃ無いって言ってたじゃないですか」
「だからって、アタシの分だけ用意しないってのは、どういう事よ! アンタ、喧嘩売ってんの?」
いつものようにギャーギャーとやり合う二人を横目に、真一は席を立つ。
「俺、コンビニ行って来ますよ」
「え? もうお昼が出来るわよ?」
「さっと行って、さっと帰って来るんで、大丈夫です。もし、間に合わなかったら、先に食べててください」
「そんな! 先輩、お昼が済んだら私が行きますから、いいですよ」
お使いを買って出た真一に、カレンとやり合っていた真言が慌てて止める。
「いいよ、いいよ。いつも真言ちゃんが買い出しじゃ可哀想でしょ。それに、少し体を動かしたいしさ」
「先輩……」
真一はずっと机に向かっていたため、固まってしまった肩や腰を解して見せながら、そう言う。
そんな自分を気遣う言葉に、真言は嬉しそうに頬を染める。
「皆さん、何か欲しいものあります? ついでに買って来ますよ」
「じゃあ、甘い物買って来てよ。新商品のプリンかゼリーでいいわ」
真一の申し出にカレンが即答する。
「カレン……」
「何よ」
「貴女の我儘から始まった話なんだから、貴女も行きなさい」
「はぁ?」
◇◇◇
「ったく、何でアタシがお遣いなんて行かなきゃなんないのよ」
夏の日差しに照らされ、焼けたアスファルトの上をぶつくさと文句を言うカレンと並び、真一は近くのコンビニに向かっている。
結局あの後、御幸の言葉に反論したカレンだったが、全員から同じように言われ、渋々真一と共に買い出しに出る事になった。
その際、ロボを連れて行こうとしたが、暑い外に出る事を嫌がってついて来なかったのも不機嫌に拍車をかけているようだ。
「コンビニなんてすぐそこだろ? そうぶつくさ言うなよ」
「すぐそこだから、二人で行く必要なんて無いでしょうが!」
「お前、この量を俺一人で買って来させるつもりかよ」
お遣いが二人に増えた為、皆、遠慮なく欲しいものを挙げた結果、買い出しはかなりの量になっており、飲み物を複数本買う事を考えれば、一人で持ち帰るのは遠慮したい所だ。
「アンタ、鍛えてるんだから、それくらい持てるでしょ?」
「可能か不可能かの話じゃなくて、ヤだって言ってんの」
「自分から買い出しをかって出たんでしょ?そんくらいやんなさいよ!」
「二人だからこの量になったんだろうが! 俺一人だったら、皆、こんなに頼んだりしねぇよ!」
二人は言い合いながらも歩みを止めない。
カレンとの付き合いも二ヶ月になり、ここ最近はほぼずっと一緒に居る為、こんな言い合いも一種のコミュニケーションとして成立するようになっていた。
そうこうするうちに、目的地であるコンビニが見えて来た。
「ったく、ギャーギャー言ってないで、さっさと買って帰るわよ」
「お前なぁ」
カレンは一方的に言い合いを打ち切り、冷房の効いた店内に駆け込む。
「真一?」
カレンに続いて店内に入った真一は、突然、名を呼ばれて足を止める。
「皐月?」
真一に声をかけてきたのは、真一と入れ違いでコンビニから出ようとしていた同年代に見える少女だった。
男としては平均的な身長の真一と変わらない背丈は、女性としては高い部類に入るだろう。
ショートカットの髪と、ショートパンツに丈の短いノースリーブシャツと活動的な装い、それと程よく焼けた肌が少女に活動的な印象を持たせる。
「やっぱ真一だ! あんたねぇ! 夏休みになったってのに、ウチに顔出さないってどういう事よ! うるさく言わないけど、お父さんだってあんたの事いつも心配してるんだからね! 大体、こっちに越して来てから、ウチに来たのって何回? 引っ越しが終わって挨拶に来た時の一回きりでしょ! 葬儀の手配から、転入、引っ越しの手配まで、全部お父さんに世話になっておきながら、それってどうなのよ! それに―――」
「皐月、ストップ! ちょっと待て、こんなとこで大声出すな」
真一は怒涛の勢いで説教を始めた少女を押し留める。
「中々顔を出せなかったのは悪かったよ。おじさんにも謝っといてくれ」
「はぁ? あんたが自分で謝りに来なさいよ」
「行くよ、行く。近いうちに必ず行くから、取り敢えず、元気にやってるってお前からおじさんに伝えといてくれよ」
「本当でしょうね?」
下から睨めつけるように真一を胡乱気に見る。
「ああ、勿論」
暫く真一の目を覗き込んだ後、少女は腰に手を当て身を起こし、諦めたようにため息を吐いた。
「ハァ〜、まあ、いいわ」
一応、納得してもらえたようで、真一はほっと息を吐いた。
そんな真一の様子に、少女は釘をさす。
「でも、近いうちに来なかったら、あんたの部屋に押しかけるから、覚悟しておきなさいよ」
「肝に命じます」
別に部屋に来られて困る事は無いが、さっきの調子でエンドレスの説教を受ける事になるのは避けたい。
「じゃあ、俺はこれで」
買い出しのメモは真一が持っている。
早く行かないと、カレンは自分の買い物だけ済ませて帰りかねない。
炎天下、一人で大荷物を抱えて帰るのは避けたい。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
しかし、立ち去ろうとする真一を少女が呼び止めた。
「え? 買い物だけど?」
「折角会ったんだから、近況ぐらい聞かせなさいよ。コンビニの買い物くらい付き合ってあげるから」
「いや、買い出しに来てるからそんなに時間ないし、連れがいるから」
「ちょっと、アンタがメモ持ってんだから、さっさと来なさいよ。お昼に間に合わなくなるでしょうが」
真一が少女の誘いを断ろうとしていたところ、待ちきれなくなったカレンが自分の買いたいものを入れたカゴを持ってやって来た。
「悪い。知り合いに会って、少し話してた。じゃあ、そういう訳で、話はまた今度な」
真一は手短に断って、カレンの方へと向かおうとした。
しかし―――
「ぐぅえっ!」
少女が真一の後襟を捉まえた為、首が締まり、汚い悲鳴をあげるハメになった。
「おま、何て事、す、んだ……」
振り返ってあまりの行為に抗議しかけた真一だったが、少女の様子にその言葉は尻すぼみになってしまう。
「ちょっと、この女、誰なのよ」
少女は真一を見ず、カレンに視線を固定して問いかける。
その目は据わっており、真一はなぜか冷や汗が頬を伝うのを感じるのだった。




