4-1 活動予定
キーン コーン カーン コーン
「はい、ペンを置いて。答案用紙を裏返して、後ろから回して~」
試験終了のチャイムが鳴り、教室のそこかしこで悲鳴に似たため息や解放感からくる歓声が響く中、監督教師の声で答案用紙が後ろの席から回されて来る。
高坂真一は無表情にそれを受け取り、自分の答案用紙を重ねると、同じように前の席へと回す。
本日は、豊ヶ原高校の一学期期末テスト最終日。
たった今、その最後のテストが終わった所だ。
七月になって、すぐにテスト週間が始まり、あっという間に本番に入り、そして、終わった。
後はテストの返却を受け、夏休み突入だ。
高校生になって初めての夏休み。
皆、部活の仲間や同級生と予定を組み、楽しみにしている事だろう。
勿論、それはテストの結果次第なのだが、準備万端で本番を迎えた者はそんな心配はしていないし、そうでない者も、今は開放感から結果の事など考えず、素直に燥いでいる。
真一は生まれ育った地元を離れ、五月という中途半端な時期に編入して来た上、同級生の失踪に絡んだ容疑者となり、今は複数の女性を侍らす最低野郎のレッテルを貼られている身だ。
テストの結果がどうあれ、同級生と過ごす楽しい予定は一切ない。
クラスの浮ついた空気から取り残され、真一は一人ため息を吐いた。
そして、翌週。
テストの返却があり、廊下には成績上位者と補習者のリストが貼り出された。
上位者はいいが、補習者まで貼り出して晒し者にするのはどうなのだろう?
そんな事を考えながら、真一は貼り出された紙にある名前を目でなぞる。
当然、成績上位者のでは無く、補習者の方をだ。
「……よかった。補習は無しか……」
真一はほっと息を吐いた。
「編入からこっち、色々あり過ぎて心配してたけど、なんとかなったな……。勉強見て貰っときながら、補習になんてなったら、カレンに何を言われる事か……」
「アタシが何だって?」
応える者の無いはずの独り言に、返事が返って来た事に驚き、真一は慌てて声の方を振り返る。
「アンタ、こんなとこで何してんのよ?」
そこに居たのは、豊ヶ原高校の制服を着た美少女。
サイドテールに纏められたアッシュブランドの髪と、灰色の瞳は彼女に外国の血が入っている事を示し、クウォーターにしては低い身長と、均整の取れたプロポーションで、制服を着ていても高級な人形のように美しい。
人形のようにと言ったが、その瞳に宿る強すぎる意思の光と、全身から漲る活力は生命感に溢れ、それらは彼女が間違いなく生きた人間だと主張する。
「補習が無いか確認してたんだよ」
真一は、その美少女―――立華カレンに答えた。
「フン、あんだけ御幸に面倒見てもらって、補習になんてなってたら笑えないわね」
そう。真一の勉強を見てくれたのはチームのリーダーであり、唯一の常識人である櫻澤御幸であって、カレンでは無い。
「お前の方はどうだったんだよ? って聞くまでも無いか……」
真一は補習者リストと並んで貼り出されている上位者リストの方に視線を向ける。
その上から二番目にカレンの名があった。
「当然よ」
カレンは肩にかかった髪を後ろに払い、あごを逸らす。
「でも、意外だな」
「何がよ?」
「お前って、成績とか気にしなさそうなのに、一応見に来るんだな」
「だって、一つ一つテストの結果を確認するなんて面倒じゃない。総合成績を確認すれば一発だもの」
「そんな理由でここに来る奴はお前だけだろうよ」
真一はカレンの言葉に呆れてしまう。
「ま、何にせよ、補習は無かったし、夏休みの活動に支障は無し。来週からよろしくな」
「フン、精々足を引っ張らないようにしなさい」
真一は友達も無く、夏休みに遊びの予定は一切無い。
だが、チームの活動予定は目一杯入っている。
家族を一度に失い、無気力とは言わないまでも生きる意味を見失っていた真一にとって、鬼のもたらす理不尽な死と戦うチームの活動は生きる目的と言っても過言ではない。
補習も無く、それらに集中できる事を、真一は素直に喜んだ。
◇◇◇
「今日は、食後の訓練はお休みにして、夏休みの予定を話し合いましょう」
放課後、豊野市内にあるマンションのペントハウス、真一達チームのメンバーからホームと呼ばれる場所。
恒例の夕食後に設けられたお茶の時間、リーダーの御幸はそう切り出した。
夏休みの予定と言っても、遊びの予定では無い。
チームの活動予定だ。
「現在、私達の担当地区には幸いな事に鬼の関与が疑われる案件も、他地区からの応援要請も入って無いわ。そこで、以前にも話した通り、各自、長期休みにしか出来ない事をしましょう」
御幸は全員の顔を順に見やる。
「あの……」
その内の一人、短めの黒髪をポニーテールにした大きな目が印象的な少女―――夕凪真言は眉をハの字にして、おずおずと手を挙げる。
「ああ、夕凪さんは長期旅行の予定があるのよね。大丈夫。元々、受験生だから夕凪さんには通常通りの活動にとどめて貰う予定だったから」
「スミマセン……」
「いいのよ、気にしないで」
申し訳なさそうにする真言に、御幸は笑顔で手を振る。
「高坂君は予定が空いてるのよね?」
「はい」
真一は御幸の問いかけに、首を縦に振る。
「じゃあ、高坂君にはカレンと一緒に遠征に行ってもらいます」
「遠征、ですか?」
「そう。応援要請は無いけど、討伐予定のある他の班に頼んで、実戦経験を積む機会を用意したわ。夏休みまでに討伐されてしまう物もあるでしょうけど、沢山用意したから、タイミングの合うものにはどんどん行って貰います。いいかしら?」
「勿論です!」
幽鬼ザガンと遭遇し、敗走した事で、真一は越境者となり訓練を積んでも自分がまだまだ無力なままだったと痛感した。
実戦では、訓練で学んだ事を活かす事も出来ず、真言を連れて真夜を脱出するので精一杯だった。
実戦経験を積めるというなら、願っても無い。
「私も本家で色々あって、実戦不足が身に染みたから、高坂君とは別に遠征に出るつもり。龍二と梓さんには通常活動を維持しつつ、私に付き合ってもらおうと思ってるんだけど、どうかしら?」
御幸に聞かれ、梓はすぐに了承したが、龍二は少しためらいを見せる。
「龍二?」
「いや、何でもない。……了解した」
「? ……じゃあ、お願いね」
龍二の様子を不審に思ったが、御幸はそれ以上問う事はせず、話を進める。
「じゃあ、大枠は決まったわね。―――私と梓さん、龍二は、通常のチームの活動をしつつ、タイミングを見て遠征に出るわ。一応、誰か一人はホームに残るようにローテーションを組むから、そのつもりでね」
「はい」
「ああ」
梓と龍二が返事をし、頷いて見せる。
「カレンと高坂君は、兎に角、遠征。一回でも多く実戦に出て。旅費や経費は気にしないでいいから、どんどん行っちゃってね」
「フン」
「はい!」
カレンはいつものように、鼻を鳴らし、手をひらひらさせ、真一は気合の入った返事を返す。
「夕凪さんは、長期旅行でお休み」
「スミマセン」
「気にしないで、普段の生活も大切にしなくちゃダメよ。鬼の討伐に一生を捧げて、それしか無いなんて、不幸でしかないんだから。緊急事態でもないんだから、大丈夫よ」
「はい……」
御幸の言葉は本心からのものだろうが、真言はそれでも申し訳なさそうな顔を止めない。
それを見て苦笑していた御幸は、空気を変えるように一つ手を打つ。
「以上よ! 何か変更があったら各自、報告してね」
御幸の言葉で、その日の活動は終了となった。




