夕凪真言(1) 近くて遠い思い出
明日から本編に戻ります。
私、夕凪真言には好きな人がいます。
中学三年生にもなれば、好きな人くらい居て当たり前と言えば当たり前なんですけど、私はこれまで好きな男の子が出来た事がありませんでした。
私の周りでも彼氏が居る子は何人も居るし、恋をしている子はもっとたくさん居ます。
小学校の頃から友達が集まれば、恋の話は必ずと言っていい程、話題になったけど、私には恋する気持ちというのがわかりませんでした。
だから、誰かがA君のどこそこがカッコいいと言えば、そこを意識して見るようにしたりもしましたが、やっぱり、ピンとは来ませんでした。
自分だけ恋をした事が無いのがおかしい事のようで、悩みました。
だけど、思い切って恕ちゃんと京子ちゃんに相談したら、恕ちゃんからは自分も恋をした事が無いから大丈夫と言われ、京子ちゃんは恋愛漫画をいくつか貸してくれました。
恕ちゃんも同じという事で私は安心して、京子ちゃんから借りた漫画を読んでその魅力に夢中になりました。
相変わらず自分自身の恋は相変わらずさっぱりでしたけど、漫画のような恋に対する憧れは出てきて、私もいつかこんな恋をしてみたいと素直に思えたのです。
ただ、現実には漫画のようなハプニングも運命的な出会いもありません。
漫画のような恋に憧れる私には現実の恋は遠いもののままでした。
そんなこんなで私は現実の恋を知らないまま、中学三年生になってしまい、このままいけば、何も変わらないまま高校生になり、大学に行って、社会人になる。そう思っていました。
でも、私は出会ってしまいました。
特殊な力を持って、人ならざる者と戦う人たちと、私の事を身を呈して守ってくれた人と、出会ってしまったのです。
「遂に真言にも春が来たか」
「春が来たって…」
「こういう場合、そう言うだろ?」
「言うけど、中学生らしくは無いわね」
私は御幸さんに頭を下げてチームに入れて貰った次の日、日曜という事で集まった幼馴染二人に好きな人が出来た事を報告した。
周りの子たちと違って、恋心を理解出来ない事を相談した二人には報告しなくてはいけないと思ったし、何より、私自身がこの気持ちの高ぶりを誰かに聞いて欲しかったから。
「それで、どんな人なの? 私達も知ってる人?」
京子ちゃんは普段クールに振舞っているけど、私の悩みに恋愛漫画を貸すくらい恋愛話が好きで、そういった話になると食いつきがいい。
「えっと、二人は知らない人……。豊高の一年生で、五月に豊野市に引っ越して来た人だから、こっちでは知り合いも親戚の人くらいなんだって」
「へぇー、年上か。うん、真言は意外としっかりしてるから、同い年や年下よりそっちの方がいいかもな」
「そうね。でも、そんな人と何処で知り合ったの? 引っ越して来て知り合いもほとんど居ないなら、誰かの紹介という事でも無いんでしょ?」
「うん、実は金曜日に怖い人に絡まれてる所を助けて貰って、それで……」
「おお!」
「キャー!」
王道の展開に二人のテンションが一気に上がった。
言ってる私も恥ずかしいくらいベッタベタな展開だけど、危ない所を助けて貰ったのは本当なので、作り話でも演技無しで気持ちがこもる。
鬼や真夜の事は二人には話せないから、事前に設定を考えて来ているので、少し説明っぽい話になちゃったけど、高坂さんとの出会いから、チームに入る所までスラスラと話せた。
「そっかそっか。ちゃんと接点も作って来るとは、恋愛初心者のくせにやるな!」
「貴方は何様よ。自分も恋なんてした事ないくせに」
「それは京子も一緒だろ?」
「わ、私は恋くらいしたことあるわよ!」
「えっ! 京子ちゃん好きな人居るの?」
そんな話、聞いた事が無い!
「い、居るわよ……」
「だ、誰?」
「……そ、それは……」
「真言、聞いてやるな。京子の好きな相手は二次元にしか居ないんだ」
「え?」
恕ちゃんが首を振りながら私の肩を叩く。
京子ちゃんの顔を見ると、どうやら恕ちゃんの言っている事は本当みたいで、耳まで真っ赤にして、私達から顔を背けていた。
「わ、私の事はどうでもいいのよ! 今は真言の話でしょ!」
京子ちゃんは真っ赤な顔のまま大声を出す。
ここで更に追及すると、暫く機嫌が戻らなくなってしまう。
「そうだな。で、真言は告白するのか?」
「ううん。私からは告白しないつもり」
私と恕ちゃんは幼馴染の勘でその事を察して、話を戻す事にした。
「な、何で?」
私の言葉に京子ちゃんは驚き、身を乗り出して理由を聞いて来る。
「うーん、今告白しても上手くいかないと思うし、出来れば高坂さんに私を好きになって貰って、付き合いたいの」
「えぇー? そんな上手くいくか?」
「ええ、学校も違うのだし、そんなのんびりしてていいの?」
「うん、基本的に料理サークルで毎日会えるし、私、志望校を豊高に変えたから、頑張れば来年から一緒の学校に通えるし、たぶん大丈夫だよ」
「え? 志望校変えたのか?」
恕ちゃんが目を真ん丸にして聞き返してきた。
京子ちゃんもびっくりしている。
「うん」
あっさり答えた私に、二人は脱力して、ため息を吐く。
「恋は盲目、ね」
「だな」
二人は目を見合わせて苦笑いしている。
「だって、私、こんな風に誰かを好きになった事なかったし、高坂さんと絶対に恋人同士になりたいの。だから、高校を変えるくらい平気だよ。豊高だって進学率は悪くないし、家からは豊高の方が近いから、そんなに悪い選択じゃないんじゃないかな?」
これでも一応、考えて決めた事だから、そこまで悪い選択だとは私は思っていない。
「うん、まあ、悪くないと思うぞ。高校でその後の全てが決まるわけじゃないしな」
「そうね。通学時間が短くなればそれだけ自由に使える時間も増えるのだし、悪くはないわね」
二人共そう言ってくれた。
「でも、学校の事はいいとして、一年間は別の学校に通うわけだろ? 大丈夫なのか?」
「そうね。その人が別の人を好きになる可能性だってあるのだし、やっぱり贅沢言わずにある程度距離が縮んだら告白した方がいいんじゃなの?」
「一応、それについては作戦があるんだけど―――」
私は二人に高坂さんに意識して貰う為に考えた作戦を聞いてもらった。
「真言……」
「貴方って人は……」
二人は私の話を聞き終えると、微妙な表情で私を見てくる。
何かマズイ事を言ったかな?
「恋愛に関しては腹黒かったんだな」
「ええ、驚いたわ」
「どういう事!?」
あんまりな言葉に私は二人に食って掛かる。
「だって、なぁ」
「ええ」
「だから、何?」
苦笑し合う二人だが、私が促すと発言の理由を話し出した。
「考えているアピールが全部あざといのよ」
「それにあれだろ? 校門の前で待つのって、豊高でその人がちょっかいかけられないように牽制の意味もあるんだろ?」
「それに、毎日校門で待ってる彼女が居る、なんて噂が流れたら、たとえ付き合っていなくても他の女子にちょっかいかけたら大顰蹙確定。その人も下手に動けなくなるわね」
「そこまでやっといて、自分から告白する気が無いって言うし」
「腹黒いと言われても仕方ないんじゃないかしら?」
二人の言葉に私はぐうの音も出なかった。
確かに、そう言われると『腹黒』と言われても仕方ないかもしれない。
「まあ、そこまで好きで、誰にも渡したくないっていうなら、応援はするさ」
「そうね。恋は戦争、と言うものね。誰かを貶めたりしないなら、私も応援するわ」
「恕ちゃん……、京子ちゃん……」
落ち込みかけていた私に、二人は優しく声をかけてくれる。
二人のおかげで私の作戦が周りからはどう見えるか理解出来た。そうでなければ私はやり過ぎてしまっていたかもしれない。
私は二人に感謝した。
「「まあ、腹黒いのは本当だけど」」
「台無しだよ!」
私たちは顔を見合わせ、笑いあうのだった。
◇◇◇
私は西日の差す病室で、ベッドに横たわる恕ちゃんの顔を見つめて、幼馴染三人で笑い合った日の事を思い出していた。
ほんの一ヶ月程前の事なのに、随分と前の事だったように感じる。
「恕ちゃん、来週から少し会いに来れなくなるけど、私、絶対諦めないから。待っててね」
私は少し頬の膨らみが薄れた恕ちゃんに伝える。
病室のスライドドアが開く音に、私は振り返る。
「真言ちゃん、お待たせ」
そこには恕ちゃんのお母さんが立っていた。
私は恕ちゃんをこんな目にあわせたザガンから逃げてから、毎週、恕ちゃんのお母さんについてお見舞いに来させて貰っている。
「おばさん、来週から少し来れなくなっちゃうけど、戻って来たらまたお願いします」
「真言ちゃん、無理してない?」
「無理、ですか?」
おばさんの言葉に私は首を傾げた。
無理をお願いしているのは私の方だと思うんだけど……。
「夏休みなんだし、受験生でしょ? 嬉しいけど、恕の為に真言ちゃんが無理してるようなら、そんな事はこの子は喜ばないと思うの」
「そんな! 私は無理なんてしてませんよ」
私は慌てておばさんの勘違いを否定する。
だって、私が恕ちゃんに会いに来るのは、あの日の悔しさと決意を忘れない為でもあり、私には必要な事だと思っているから。
「私、恕ちゃんが起きた時に、笑って会いたいんです。だから、私に出来る事は全部やります。でも、それは無理してるわけじゃ無くて……」
私は自分の思いを何とか伝えようとするけど、うまく言葉に出来ない。
大体、鬼とかチームの話を省いて私の事情を説明する事は難しい。
「そう? だったら、いいんだけど……。じゃあ、戻ったらまた会いに来てやってね」
「はい!」
必死に思いを伝える言葉を探す私に苦笑するおばさんの言葉に、私は元気よく返事をする。
来週になれば約束の日が来る。
私は無力な自分を変える為に力を手に入れに行く。
簡単な事では無いのは解っているし、怖い思いもするかもしれない。
でも、親友を助ける事も出来ず、好きな人に庇われて逃げる事しか出来なかった自分を変えると、私は決めたんだ。
だから、次にここに来る時は、胸を張って来られるように、私は櫻澤本家へ行ってくる。




