守沢梓(1) 日常
今回は番外編になります。
今日は梓、明日は真言の話になります。
私、守沢梓の朝は日の昇る前から始まります。
自室として与えられているホームの一室で、私は布団から身を起こすと、目覚まし時計のアラーム設定をOFFにした。
いつもこの瞬間、私は小さな達成感を感じます。
設定時間前に私が起きてしまう為、目覚まし時計は未だに一度も本来の機能を果たした事がありません。
これはもしもの時の保険で用意しているだけ、生活リズムが出来上がっていれば、決まった時間に自然と目が覚めるものです。
「今日も、私の勝ちです」
道具は使うもので、それに支配される事はありえません。
あなたに頼らずとも、私は定時に目を覚ます事が出来るのです。
私は目覚まし時計を定位置に戻すと、カーテンを開き、薄暗い室内で布団を畳む。
寝間着を脱ぎ、本家でも着ていた制服に袖を通す。
身支度を整え終える頃には空が薄っすらと白んで来ています。
私は物音に気を遣いつつ、ベランダへと向かう。
朝一番の仕事は広いベランダに作った家庭菜園の世話と、朝の収穫です。
種類によって与える水の量などに気を付けつつ、野菜の状態を見る。
「トマトとピーマンは順調ですね。なすは少し育ちが悪いようですが、様子を見ましょう」
夏の入り口に入り、家庭菜園は収穫時期のピークが近い。
もう少ししたら、皆さんにも収穫を手伝って貰いましょう。
家庭菜園の世話を終え、収穫した野菜をキッチンに運ぶと壁の時計を確認すると、ちょうどいい時間になっています。
「ただいま~」
玄関から元気のいい挨拶が聞こえて来ました。
「お帰りなさい。はい、どうぞ」
「ありがと」
カレンさんは私が差し出したスポーツドリンクの注がれたグラスを受け取ると、一息で飲み干します。
「シャワー借りるわね」
「はい、どうぞ」
カレンさんは私にグラスを返すとホームの浴室へと向かった。
彼女は毎朝、基礎トレーニングとしてロボと一緒に走っている。
どこまで行っているかは知りませんが、戦闘でもそうそう汗を掻かないカレンさんがいつも汗みずくになっているので、かなりの距離を走っているのでしょう。
私はキッチンに戻り、朝食の準備に取り掛かります。
朝食は一日の活力の元、手抜きは許されません。
取れたての新鮮な野菜を使い、パン派の御幸様とご飯派のカレンさんのどちらにも対応可能なきゅうりとささみの梅サラダ、スクランブルエッグや焼き魚等、お二人の好みに合わせてそれぞれの朝食を用意していきます。
以前はレパートリーが和食に偏っていた私ですが、真言さんのおかげで最近は洋食のレシピも増えてきて、御幸様にも好評を頂いています。
「梓さん、おはよう」
「おはようございます。すぐに朝食の用意が出来ますでの、座ってお待ちください」
「はーい」
もう食卓に並べるだけ、という段階でまだ眠そうな御幸様が起きて、ワゴンで朝食を運ぶ頃にはシャワーを終えたカレンさんもダイニングテーブルに着いていました。
「「「いただきます」」」
いつものように三人揃って手を合わせ、朝食をいただきます。
私の朝食ですか?
私はカレンさんと同じで、ごはん派です。
「梓さん、今日はいいアジをたくさん仕入れたから安いよ!」
「梓さん、魚より肉だよ! お嬢様は洋食が好みだって言ってでしょ? だったら肉料理だよ」
「お前! お嬢様を引き合いに出すのは卑怯だろ!」
御幸様とカレンさんを学校に送り出した後、お洗濯、お掃除等の家事を済ませ、午後は駅前から少し離れた商店街に買い物に来ています。
商店街に入ってすぐ、魚屋さんと肉屋さんの息子さん方が駆け寄って来て、私に商品アピールを始めました。
ここの商店街は駅前から少し距離があるのですが、地域の方たちは駅前のデパートやスーパーではなく、日用品の多くをこの商店街で買っており、シャッターの閉まっている店舗は一店もありません。
近くに歴史ある神社があり、そこの夏祭りはそれなりに有名で、氏子の方々はその祭りの為に一年を使うと誇らしげに言う程、思い入れが強く、地域の結束が強いのがその理由でしょう。
「梓さん、新作のパンを考えてて、試しに焼いたのが幾つかあるんだけど、食べてみて感想をくれませんか? ああ、勿論お代は結構ですから」
「パン屋、無料、おまけの類は禁止だってこの間、話し合っただろう!」
「これはお得意様の意見を参考にするための先行投資ですから」
「屁理屈だ!」
「梓さん以外にも常連居るだろ!」
お二人の売り込みに、パン屋の息子さんが加わって、より賑やかになりました。
私が買い物に来ると、いつも魚屋さん、肉屋さん、パン屋さんの息子さん達三人が色々サービスをして下さいます。
ただ、私が近所のスーパーでは無く、この商店街を利用している理由は別にあります。
「すみません。お魚やお肉は悪くなってしまうので、帰りに見させて貰いますね」
私は言い争っている三人に頭を下げ、その場を去る。
商売熱心な跡取りがいるので、三人の親である店主さん方も安心でしょう。
「てめぇー、店ほッぽり出して何してやがる!」
「制服のまま外に出るなって、何時も言ってるだろうが! バカ息子!」
「君ねぇ、それは私の試作品でしょ? 女性にアピールしたいなら、せめて自分の作ったものでやんなさい」
「「「げっ」」」
後ろから店主さん方に勝手に店を離れた事をどやされている声が聞こえてきますが、きっと息子さん達の熱心さに感心しながらも厳しく指導されているのでしょう。
同じように後進を育てる責任がある私には、その気持ちがよく解ります。
私は途中で手土産の和菓子を購入し、目的の店を目指します。
「ごめんください」
私の目的地、商売の内容に見合わない飾り気のない看板を掲げる服飾店。
挨拶をしながらその店舗に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ―――って梓ちゃんか。いらっしゃい」
丈夫そうなエプロンと腕カバーをしたほっそりとした五十代の女性が奥から顔を出し、来店者が私だと知ると笑顔を見せてくれる。
彼女はこの服飾店の店主で、旦那さんは隣で金物屋を営んでいる。
「これ、少し早いですけど宮野屋さんの水まんじゅうです。お茶請けにどうぞ」
「もう! そんなのいいって何時も言ってるでしょ! でも、ありがとね」
女将さんは私から包みを受け取りと、苦笑しつつ、お礼を言ってくれた。
「みんなー! 梓ちゃんが水まんじゅう差し入れに持って来てくれたから、一息入れましょ~」
「は~い」
女将さんがそう奥に声をかけると、複数の女性の返事と歓声が返って来た。
「上がって行くでしょ?」
「はい」
私は女将さんに続いて奥へと進む。
店舗の奥は作業場になっており、複数のミシンが並び、部屋の一角には広々とした小上がりがあり、和裁の道具が並んでいる。
その作業場の一角にある休憩スペースで五人の女性がお茶の用意をしていた。
「ほら、宮野屋さんの水まんじゅうだよ」
「わー、もうそんな時期なんですね」
「そりゃそうよ。祭り衣装も追い込みに入ってるでしょ?」
小上がりに広がっている生地や縫いかけの衣装は、近所の神社で行われる夏祭りの山車引きやお囃子の衣装だろう。
それらの衣装は二年毎に新調される習わしだそうで、その仕立てを一手に引き受ける女将さんは地域では一目置かれる存在なのです。
姦しいそこに女将さんと私も加わり、水まんじゅうをお茶請けに世間話に花を咲かせる。
「宮野屋さんの水まんじゅうは一子さんの好物だから、明日残念がるわねぇ」
「人数分用意してありますから、一子さんには明日、お渡しください」
「もう! 梓ちゃんは気配り屋さんなんだから!」
「そりゃあ、三馬鹿息子も上がった熱が下がらないはずだわ」
三馬鹿息子とは、魚屋さん、肉屋さん、パン屋さんの息子さん達の事です。
「? 皆さん、お元気そうでしたが、ご病気だったんですか?」
皆さんには先ほど会ったばかりで、そんな様子は無かったと思うのですが……。
「あっはっはっ、病気も病気、不治の病だよ」
「こりゃ、脈無しだー」
「?」
皆さん、大笑いされてますが、私は首を傾げます。
あんなにお元気そうでしたのに、不治の病ですか……。
少し情報収集が必要かもしれません。
今日中に御幸様に相談してみましょう。
私は今日のように、定期的に女将さんの所を訪れます。
それは、情報収集が目的なのです。
女将さんは祭りの衣装を、旦那さんは山車の装飾金具を一手に引き受ける職人で、夫婦揃って地域の顔役をされており、そういった方の元には情報が自然と集まるものです。
特に、女将さんの店では主婦の方を多くパート社員として雇って居る為、より広域でディープな情報が集まる為、私の情報源としては重要な場所となっています。
私は他にも複数の情報源を確保しており、今のようにして午後はそれらの維持に当てているのです。
因みに、明日は運動公園でやっているサッカークラブのお手伝いを予定しています。
三十分ほど雑談に興じつつ情報収集に努めた後、皆さんが休憩を終えるタイミングで私は女将さんの所をお暇し、予定通り商店街で買い物をしてホームに戻ります。
買い物の際、魚屋さん、肉屋さん、パン屋さんにも顔を出したのですが、店先に息子さん達は居られませんでした。
やはり、不治の病の所為でしょうか?
夕食後、いつものお茶の時間にそれについて報告したのですが、私の話を熱心に聞いてくれたのは真言さんだけで、カレンさんには大笑いされ、御幸様、龍二さん、高坂さんには呆れ混じりに苦笑を頂くだけでした。
ただ、話を聞いてくれた真言さんにしても、終始目を輝かせて楽しそうにしていて、とても新たな鬼の出現を懸念している様子はありませんでした。
私は何か間違っていたのでしょうか?




