3-22 当主の器
立華カレンの査問会に始まって、御剣恭也による決闘騒ぎ、櫻澤由紀の慣例無視の宣言と越境者としての力の公表。
櫻澤一族の中心人物達は、決闘終了後、本部の四階にある会議室に集まっていた。
そこは通常の会議室とは違い、机や椅子も上等な品が揃えられており、里の重大事を話し合う為に使われる特別な場所だ。
重厚な会議机に据えられた椅子は六脚のみで、本家当主と五分家の者以外の参加を想定していない造りになっていた。
「ここ二週間の間に、様々な事が起こったが、今、我々が最初に話し合わなければならない事は、由紀様の力についての情報をどう扱うか、という事だと思うが、如何だろう?」
五分家当主の中で、最年長の武部がここでも議長役を務めるようで、他の出席者に意見を求めた。
部屋に集まった面々は決闘を見届けた後、その足でこの会議室に集まっている。
誰もが軽い虚脱状態になっており、反応は鈍い。
「確かに、由紀様の目的については話し合うべきだとは思いますが、情報の扱いについては話し合うまでもないでしょう」
「どういう事かね?」
武部は九重の意見に、その意味を問う。
「由紀様がどうやって各家の若者を取り込んで、あれほどの派閥を作り上げたか、それを考えれば解る話ですよ。―――一虎君、由紀様の派閥内ではその力は公然の秘密、といったところでは無いのかな?」
「はい、由紀様が皆様の前で明かすまでは外部に漏らさないようにしてきましたが、ほぼ全員がそれを知っています」
「と、いう事ですよ。今更話し合うまでも無く、情報は既に広まっています。私達は誤りの無い情報を発信するだけでいいのですよ」
九重は肩を竦める。
「そうか。まあ、秘密にする必要も無い情報だから、それは良いのだが、由紀様の目的についてはどうすべきか……。初代様と同じ力を持ち、若い世代に強く支持される由紀様が当主の座を望んでいるとなれば、里が割れかねん。実際、五分家の一部は既に由紀様についているようだしな」
武部は一虎と御剣を見てため息を吐く。
別に武部も御幸を強烈に当主に推しているわけでは無い、ただ、慣例に則って女系長子が継ぐのが当然と思っているだけだ。
だから、慣例破りをしようとする由紀達に対しては、里に無用の混乱をもたらしかねない事に怒りを感じてはいても、敵視には至らない。
「物見台でも言いましたが、私は個人として由紀様を支持しているだけで、結城の家が由紀様を次期当主に推しているわけではありません」
「わ、我が家だってそうです! 息子たちは立華と対立しているだけで、御幸様を廃そう等とはしておりませんぞ!」
一虎は建前を、御剣は潔白を主張する。
「二家共、当主がどう考えているかは別にして、次期当主が由紀様についているのであれば、同じ事でしょう」
「ですから、恭也は―――」
「それに!」
九重は御剣の言葉を叩き切り、続ける。
「由紀様の派閥には多くの若者が家の区別無く参加しています。うちも、武部さんの所もです。例外は立華家くらいのものでしょうか? ―――それだけの者が由紀様が当主となる事を望んでいるのです。我々が例え意見を一致させ、御幸様を当主に据えたとして、その後はどうなりますか? 逆に由紀様を当主とした場合、例外を許した事実はその後どう影響するでしょう? 当主交代の度にこのような騒動が起こりかねない。我々が話し合うべきは、その事ではないでしょうか?」
九重の言葉に、誰もが口を閉ざした。
自分たちの話し合いが、櫻澤一族のその後に大きく影響する事を誰もが自覚し、事の重大性に軽々しく発言する事を躊躇わせた。
「皆さん、先ほどの決闘を見て、どう思いましたか?」
沈黙の支配する会議室に、明乃の凛とした声が響く。
しかし、その問いかけの意味を量りかね、答えを返す者は居ない。
「一虎さん」
「はい」
「由紀はあの決闘で、自らの当主としての器を示すと言いましたが、それは示されたでしょうか?」
「……幽鬼を隷属させ、幽界に住む鬼に打撃を加える事が可能であり、由紀様が掲げる理想が絵空事で無い事は示せたかと思います」
一虎は少し考え、慎重に答えを返した。
「他の皆さんはどうですか?」
再度の問いかけに、武部から順に躊躇いながらもそれぞれの考えを述べ始めた。
「私は戦闘の事は解りませんが、現代の当主に必要なのは戦闘力では無いと思っています。決闘でその資格を示すというのが、そもそも間違いかと」
「私も武部さんと同意見です。それに、そもそも幽界に住む鬼に一定の打撃を与えられたからといって、由紀様の言うように鬼が現世にやって来ないようになるとは思えません。人間同士の戦争もそうですが、仮に由紀様の案を採った場合、相手の報復行動を誘発する結果になるだけではないかと思います」
武部と九重は事務方を預かる家の当主らしく、組織の長としての資質を示していない為、問題外だと言う。
「わ、私は由紀様の理想や力がどうあれ、慣例は破るべきでは無いかと……。鬼との戦いの歴史は長い、それを終わらせようとする由紀様の心意気はご立派だと思いますが、とても一代で片付く問題とは思えない。であれば、慣例破りはその後の一族にとって良い結果は残さないかと」
御剣もカレンが絡まなければ立派に五分家の当主として冷静な判断を下せるようで、由紀の目的は立派だと認めながら、その実現性は薄いとし、由紀が当主となった場合の影響に懸念を示す。
「私は、当主ではないので一族全体の事を論じる資格はありません。ですので、一現場指揮官としての意見を述べさせていただきます。―――そもそも、由紀様は未だに力の制御が甘いように思われます。幽鬼を従えては見せましたが、たった一体であり、それもカレン様にあっさり敗れております。勿論、決闘のルールに縛られての事ですが、それはカレン様も同じ事。その力の伸び代に期待はしますが、由紀様の仰る『鬼の駆逐』が由紀様御一人の力頼りで成せる程簡単なものでない事は現場を知る者であれば、誰もが知っています。ですので、今回の決闘を見た場合、現場の者で由紀様を支持する者は居ないでしょう」
精鋭部隊総隊長である長船の意見は、由紀の力に対して厳しいもので、由紀の理想は絵空事であるとはっきり断じた。
それは同じく現場を知る一虎の意見を真っ向から否定するものであった。
そして、会議に参加している面々は長船の意見の方を支持するように頷いている。
一虎はそれを見て、唇を噛みしめた。
場の空気から結論が出たかと思われたが、明乃の問いは続く。
「では、御幸についてはどうでしょう?」
「え?」
それは誰も予期していなかった問いだった。
「御幸は櫻澤を率いるに足る器があると思いますか?」
明乃の視線を受け、戸惑いながらも再び武部から順に自らの意見を述べる。
「御幸様はまだお若く、情に流され易い部分が見られます。命のかかった現場では非情の判断も下せているようですが、国との交渉事は命は取られませんが、綺麗事だけではやっていけません。現時点では、そういった場でも非情の判断が下せるかは疑問が残ります」
「武部さんは現場では非情の判断を下せていると仰りましたが、それは命に係わる場合に限っての事です。御幸様は金銭で解決できる場合はその判断が随分と甘いように感じます。勿論、命は金銭では買い戻せません。ですから、今のような小規模な範囲での事をとやかく言うつもりはありませんが、当主となればもっと広い範囲での収支を考えなければいけません。その時になって、赤字経営ばかりされては一族は早々に経営難となるでしょう」
武部と九重の意見は共に御幸の甘さを指摘するもので、否定的な意見となっていた。
「私は御幸様が一部の者に甘すぎるのが問題だと思っております。特に誰とは言いませんが、部下に勝手を許し過ぎている! 慣例や仕来り、序列を無視した行いを簡単に許し過ぎています。そんな事では里の秩序は守れません! 当主となられるのであれば、そういった点は、改めていただかなければ!」
誰とは言わなかったが、その場の全員が誰の事を言っているのか解っていた。
ただ、感情的になっているものの、その意見には一応の理があり、全く的外れという訳でも無い。
御幸が里の慣例や仕来りを軽視している事は一族の中心に近い者ほど感じ、不満に思っている事だったからだ。
「御幸様の人命優先という理想は素晴らしいとは思いますが、理想は理想。もし御幸様が当主となり、現場にそれを求める事となった場合、討伐班の損耗率が上がる事は必至。御幸様の班は立華君、私の弟である龍二、守沢家の梓さんと班としては規格外の戦力が揃っています。それと同じ感覚で通常の班にも理想を求められては、現場からの反発は相当なものとなるでしょう」
御幸は自らの理想を他者に押し付けた事も、それをチームのリーダーとしての指示に乗せた事も一度として無く、一虎の意見は一方的な想像でされたものだったが、現場での御幸を知らない者には十分な説得力があった。
「やはり私には判断のしようの無い事ですが、現場指揮官として見た場合、御幸様は落第です。御幸様の班はその編成が偏っており、現場に出られる機会が少ない事が原因でしょうが、今回の決闘だけを見ても、現場で不測の事態に直面した際、判断に迷っている様子が何度も見られました。カレン様という圧倒的な戦力があり、他の班員も実戦経験豊富な為、なんとかなっているのでしょうが、御幸様はもっと前線で経験を積むか、後方での指揮に専念された方が良いかと」
長船は当主としての器ではなく、あくまで指揮官としての評価を述べるに止めた。
出席者全員の意見を聞き、明乃は深く頷いた。
「つまり、由紀も御幸も、当主としては不適格である、という事ですね」
明乃の出した結論に、その場の全員が驚いた。
確かに、全員の意見を聞けばそうなってしまうかもしれないが、では、次期当主は誰が務めるというのだ。
だが、続く言葉を聞いて、息を吐く。
「勿論、現時点での話です。二人共まだ若い。それに完璧を求めては誰も当主になどなれませんし、皆さんが居る意味も無い。ここで結論を出すのは時期尚早というものではありませんか?」
つまり、結論は二人の今後を見てからでも遅くない、という事だ。
一虎はそれを聞いて、喜びに震えた。
これは、櫻澤家現当主が由紀に次期当主の目がある事を公式に認めた言質になる。
他家の当主、当主代行の意見を聞いて、旗色の悪さに青ざめる思いだったが、これで次に繋がった。
だが、まだ御幸と同じ土俵に立てただけだ。
ここで油断してはいけない。
一虎は緩みそうになる表情を引き締め、まだ続く会議に集中した。




