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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-21 決着と落とし前

 由紀(ゆき)の召喚した炎鬼(えんき)の吐く炎のブレス。

 その熱量は凄まじいが、御幸の障壁を破る程の威力は無い。


 問題なのは、その攻撃範囲だ。


 ロボや黒狼の足なら避けられるかもしれないが、人の足では予備動作を見てからではその範囲を逃れる事は難しいだろう。

 (あずさ)が自ら後方に下がったのは正解だった。


 カレンは一頭の黒狼に跨り機動力を確保し、ロボを中心に五頭の黒狼をその周囲に配置すると、ブレスの切れ目に突撃を仕掛ける構えを取る。


 やがて、ブレスの勢いが弱まり、肌を焼く熱がふっと消えた。


「今よ!」

「ごあぁぁっ!」


 カレンの号令でロボと黒狼が炎鬼に向かって突進する。

 炎鬼もブレスが切れると同時に、自らと同等の巨躯(きょく)を持つロボに向かって気合の咆哮と共に拳を振るう。


「カレン! そのまま!」


 御幸はブレスの切れ目で一旦解除した障壁を、炎鬼の拳の通過点に張り直す。

 ドゴン! と、爆発音に似た轟音を響かせ、炎鬼の拳が障壁とぶつかった。


「があぁっ!?」

「くっ」


 巨体に見合ったパワーを受け止めた反動を障壁を通して受け、御幸が呻く。


 振り抜く前に拳が障壁にぶつかった所為で体勢を崩した炎鬼にロボが飛びかかり、黒狼も炎鬼の手足に牙を突きたてる。

 炎鬼はロボによって背中から地面に押し倒され、その体はあっと言う間にロボの爪や黒狼の牙によって傷だらけにされる。


「退きなさい!」


 一気に勝負が決まるかと思ったが、カレンはロボ達に引くように指示を出した。


 ロボ達が攻撃を止め、退こうとするのとほぼ同時に、炎鬼はまるで駄々っ子のように滅茶苦茶に手足を振り回し、暴れ出した。


「くっ」

「きゃっ!」


 立ったままの御幸と由紀は揺れる地面にふらつき、危うく尻餅をつく所だった。


「ごあぁぁぁあああぁぁぁっ!」


 暴れるのを止め、立ち上がった炎鬼は全身傷だらけの血塗れで、怒りの咆哮(ほうこう)を上げる。

 見た目を壮絶だが、その咆哮は力強く、まだまだ余力を感じさせる。


「やってくれましたね。でも、炎鬼はこれくらいではやられませんよ」


 由紀は大暴れした炎鬼の所為でもうもうと立ち込めた土煙のカーテン越しにカレンと御幸を見据えて言う。


「フン、大体わかったわ」


 カレンは鼻を鳴らしてそう呟くと、由紀を相手にせず、集まって来た黒狼達を見る。

 カレンの指示は間に合ったが、完全に無傷とはいかず、黒狼の内二頭が足を引き摺っていた。


「アンタ達は、戻りなさい。残りは、もう一度行くわよ!」


 カレンは負傷した二頭を影に戻す。


「御幸、突っ込むからアタシに合わせて」

「任せなさい」


 カレンは手短に御幸へ依頼すると、黒狼の背に身を伏せ、先頭に立って駆けだした。

 その後ろに三頭の黒狼が続き、ロボは身を低く構えたまま動かない。


「自ら突っ込んでくるとは、好都合です」


 黒狼に跨り、蛇行したり、大きく円を掻くようにして、的を絞らせないように突進してくるカレンを見て笑う。


 炎鬼は掌を開いた手を振り上げ、黒狼ごとカレンを張り倒そうとするが、それは御幸の障壁に阻まれる。


「またですか!」


 攻撃を防がれた由紀は、大振りの攻撃を止め、細かく連撃を放とうと素早く駆けるカレンに集中した所で、それまで動かなかったロボが吠えた。


「っ!」


 驚いて由紀が注意を反らした瞬間、カレンと黒狼達は炎鬼との距離を一気に詰め、その足に集中的に爪や牙を突きたてる。


「この!」


 由紀は慌てて意識を戻し、炎鬼は地団太を踏むようにして、足元の黒狼を追い払う。


 が、今度はロボが下を向いた炎鬼に体当たりを仕掛ける。


「きゃっ!」


 ロボの体当たりをまともに喰らった炎鬼が再びひっくり返り、地を揺らす。

 そして、無防備な炎鬼にロボと黒狼達が群がる。


「そんなもの!」


 炎鬼はまた大暴れして黒狼達を振り払おうとするが、その前にロボも黒狼もさっと身を(ひるがえ)し、距離を取っている。


 あっさりと解放された炎鬼はすぐに立ち上がるが、その体中に刻まれた傷は一層深くなっており、全身を染める血の量は尋常では無い。


 炎鬼の様子を見て、由紀が悔しそうに表情を歪める。


 カレンと黒狼に気を取られればロボが、ロボを警戒すれば黒狼達が攻撃にうつる。炎鬼の方から責めても、単純な攻撃では御幸の障壁に阻まれて通らない。


 いっそ組み付いてしまおうとロボに突進してみれば、そのスピードに翻弄(ほんろう)されるだけで、まるで相手にならなかった。

 そして、足を止めた所を狙い撃ちされる。


 耐久力があるから持っているだけで、まるで相手になっていない。


 炎鬼が弱い訳では無い。

 由紀が弱いのだ。


 実戦経験がほとんど無い由紀の攻撃は単純で、御幸の裏をかく事は出来ない。(もっと)も、それが無くとも直線的な攻撃ではロボや黒狼を捉える事は出来ないだろう。


 つまり、全くの手詰まりだ。


 結局、炎鬼は最初の大暴れで黒狼を二頭負傷させただけで、後は一方的に(なぶ)られ、地に伏せる事となった。


「フン、切り札って言うわりに力が強いだけで、大した事無かったわね」


 カレンは黒狼から降り、由紀の影へと戻る炎鬼を見て鼻を鳴らす。


「由紀、これで勝負は決まったわね」


 悔しそうに消える炎鬼を見ている由紀に対して、御幸が勝利宣言をやり直す。


「またそれですか?」

「甘いって貴女は言うんでしょうけど、私は止めるつもりは無いの。貴女が鬼の殲滅を諦めないのと同じ事よ」


 由紀は自らの望みと大嫌いな御幸の甘さを同列に扱われ、瞬間的に怒りが沸き、反論しようと口を開きかけるが、それより早く御幸が言葉を続ける。


「でも、貴女も人の事は言えないんじゃないかしら?」

「何を―――」

「だって、貴方さっき本気じゃ無かったでしょ?」

「っ!」


 御幸の指摘に由紀は息を呑む。


「……何を言っているのですか? 私が本気じゃ無かった? そんな訳ないじゃないですか。この決闘前に、私は御祖母(おばあ)様に当主としての資質を見せると宣言したのですから、手加減なんてするわけないじゃないですか」


 由紀は御幸の言葉を否定するが、御幸はゆっくりと首を振る。


「いいえ、貴女は手加減をしていた」

「何を根拠に!」

「だって、炎鬼は最初の攻撃以外でブレスを使わなかったじゃない。あれは私の障壁でしか防げないし、カレンは大きく回避しなくちゃいけなくなる。そうなると、あれ程大胆に突撃を繰り返したりは出来なかったわ。それに、元が幽鬼(ゆうき)なら、あのブレスだけじゃないんでしょ? 炎鬼というくらいだから、もっと炎を自在に操れるんじゃないの?」


 御幸の指摘に由紀の視線が泳ぐ。


「……ですから、まだ制御が完全では―――」

「それも嘘ね。でなければ炎鬼はもっと滅茶苦茶に暴れたり、それこそピンチになったらブレスを乱発していたでしょうね」

「……」


 遂に由紀は黙ってしまう。


「貴女は命にかかわる攻撃を封じて戦った。それは決闘のルールを守る為だったかもしれないけど、目的の為なら『仲間』を殺す事も躊躇(ためら)わないような非道を選ばないでいてくれて、私は嬉しい」


 由紀が何をしてでも当主になろうとした場合、今回の決闘で事故に見せかけて御幸を殺してしまうのが最も確実な方法だ。

 炎鬼の暴走を演出すれば、それが可能だったはずだ。


 なのに、由紀はそうしなかったばかりか、炎鬼の最大の武器であろう炎を封じ、単純な打撃だけで勝負を挑んだ。


 カレンは早い段階でそれを見抜き、自らを(おとり)にする大胆な突撃に移り、それを見て御幸もその事に気が付いた。


 その理由は姉妹の情では無く、由紀の信じる当主像から外れた行為を嫌っただけだったが、理由は何であれ、由紀が目的の為には手段は選ばないという訳では無いという事に変わりは無い。


 元々、由紀はこの決闘に勝ち目があるとは思っていなかった。


 カレンに対抗できる戦力が炎鬼しかおらず、それにしたって操るのは実戦経験の浅い由紀だ。

 制御が完全では無いというのも本当で、炎を使った場合、手加減は出来ない。

 なりふり構わず全力で戦った場合、カレンも本気で由紀を潰しにかかるだろう。そうなれば、勝てない上に力を暴走させたという事で由紀の評価は取り返しのつかない事になってしまう。


 由紀の目的は初代当主と同じ自らの力を一族全体に知らしめ、幽鬼さえ制御可能であり、由紀の言う事が絵空事で無いと示す事だけだ。

 カレンに勝って最強の座を奪う事では無い。


 目的は十分に達成したのだ。

 無理して評判を落とす危険を冒す必要は無いとの判断だったのだから、御幸はそれを都合良く解釈しているに過ぎない。


 由紀は自らの姉の甘さにため息を吐く。


「そう思いたいのであれば、ご自由に。何にせよ、これで私に打つ手は無くなりました。……この決闘、私の負けです」


 由紀は両手を挙げ、敗北宣言をした。


「そう、じゃあ、これで終りね。素直に認めてくれて良かったわ」


 御幸は嬉しそうに笑い、由紀はそっぽを向く。


 しかし、続く御幸の言葉にギョッとした。


「カレンをどう止めようかと思っていたから」

「え?」


 驚いて、振り返った由紀が見たのは、鋭い音で空気を切り裂く拳を振るうカレンの姿だった。


「カレン、勝負は着いたわ。決闘は終わりよ」

「はあ? アタシは、こんな下らない事に付き合わされた礼をまだしてないんだけど?」

「うっ」


 由紀は炎鬼を召喚する前にカレンが言っていた事を思い出し、打たれた胸を押さえて呻く。


「それはもういいでしょ? 決闘は終わり!」

「……フン」


 顔を青くする由紀をちらりと見て、カレンは鼻を鳴らして構えた拳を降ろす。

 それを見て、由紀はほっと息を吐く。


 あんなのをもう一発貰うなんて冗談じゃない。


「え? では、これも不要でしたか?」


 収まった場に、それまで姿を消していた梓が新たな問題を持ち込んだ。


「梓さん、……それ何ですか?」


 御幸は額を押さえ、梓が引き()って来たものを指さす。


「そう言えば、まだ立華(たちばな)の家に唾吐いた馬鹿に落とし前をつけて無かったわね」


 カレンがそれを見て、一度は下ろした拳を再び構える。


「これですか? 今回の決闘を申し込んで来た御剣(みつるぎ)恭也(きょうや)さんです」

「分ってます! 何で持って来ちゃったんですか!」

「いえ、守沢(もりさわ)の家については報復させて頂きましたが、カレンさんの方はまだでしたから、手が空いたのでちょうどいいかと思い、取って来ました」


 装備が足りず、元幽鬼の使鬼相手では戦力にならないと自ら退いた梓は、ただ待つような事はせず、カレンの為に森の中に放置した恭也を回収に向かっていたのだ。


 幽鬼との戦闘が終わり、恭也を引き摺って行けば、決闘は終わりだと御幸が言う。


 では、これはどうしようかと思い聞いたのだが、御幸としては折角綺麗に収まった所に余計な物を持ち込んで、としか思えない。


 しかし、立華家はカレンの逆鱗だ。

 それに触れた恭也が目の前に転がっていては、それを完全に(かば)う事は不可能だ。


「カレン、一発だけよ」


 仕方なく、御幸は譲歩した。


「解ってるわよ。さあ、起きなさい」

「ぐふっ」


 カレンが恭也の腹を踏み、気絶から無理矢理、目覚めさせる。


「うぅ、な、何だ? え? ここは? 立華?」


 縛り上げられた状態で気絶から覚めた恭也は状況を把握できず、混乱する。


「梓さん、ロープ解いてやって」

「はい」


 カレンに頼まれ、梓が恭也を縛り上げているロープを切断する。


「? な、何だ? 決闘はどうなったんだ? 俺は―――」


 周囲をキョロキョロ見回し、状況把握に必死な恭也を誰も相手にしない。

 ただ、御幸だけが気の毒そうに見るだけだ。

 由紀など、仲間として決闘を戦ったにも関わらず、カレンの打撃を見たくないのか、目を逸らしてそちらを見ようともしない。


「さあ、アンタには立華の家に唾吐いた事をたっぷり後悔して貰うわ」

「カレン! 一発だけよ! 一発だけ!」


 右の拳を左の掌に打ちつけるカレンを見て、御幸が注意を重ねる。


 恭也はどうやら自分が殴られる流れになっている事に気付くが、そこはカレン憎しで馬鹿をやる御剣家の者。恭也は言わなくていい事を言う。


「な、何だと! 立華家が何だと言うんだ。そんな名しか残っていないような家の為に、我が家がどれだけ苦汁を舐めさせられたと思って―――」

「あぁ~」


 御幸は恭也の言葉に、天を仰ぐ。


 カレンは恭也に最後まで言わせず、動き出す。


 鋭い踏み込みで右の拳が恭也の腹に突き込まれる。


「ぐふっ」


 恭也は体をくの字に折り、呻く。


 が、倒れる事は許されない。


 右の拳を引きながら、左の掌打(しょうだ)を側頭部に打ち下ろす。下を向いた恭也の額に右膝がさく裂し、強制的に上体を持ち上げる。そのまま飛び上がったカレンの右足が伸び、右の肩に踵落としが入った。


 最初の一撃以外、悲鳴を上げる事さえ許されない連撃が決まり、地面に勢いよく叩き付けられた恭也はピクリとも動かない。


「フン」


 カレンは乱れたアッシュブロンドの髪を掻き上げ、冷たい目で地に這う恭也を見ると、鼻を一つ鳴らす。


「カレン、一発って言ったでしょ」


 無駄だと思いつつ、御幸は一応言っておく。


「フン、コイツが余計な事を言うからよ。それに、ちゃんと死なないように手加減したわよ」


 本来であれば、カレンが放った連撃は、鳩尾(みぞおち)、こめかみ、鼻の下、頭頂の順で人体の急所に攻撃を叩き込む危険なものだが、その全てを急所から外して打っていた。


「それより、これで全部終いなんでしょ? だったら、さっさと引き上げるわよ」

「誰の所為で終わらなかったと思ってるのよ……」

「フン」


 御幸のぼやきを聞き流し、カレンはロボに跨って、さっさと行ってしまう。


「はあ、恭也さんと裕也さんの回収は一虎(かずとら)さんに頼みましょう」

「はい」


 御幸と梓もそれに続き、その場には倒れ伏す恭也とそれを青ざめた顔で見る由紀だけが取り残されたのだった。

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